第6話 交易艇員はおもちゃも実用的

 無事大物を仕留めた僕達だったが、帰り道は散々だった。まず、さっきの経験からわかっていたことではあるが、二人いるのに戻りの機材が一機しかない。相棒であるはずのイツキは狩りに満足してしまったのか、僕にぷらぷらとぶら下がって遊んでいる。つまり改めて僕一人で2人の重量を抱えて登ることになった。幸い、デッキ側でレンチを巻いてくれたので、登る距離はせいぜい数十メートルだったが。それよりも、その間ずっと甲板で仁王立ちする甲板長に睨まれているのが辛かった。登った途端、案の定二人で仲良く鉄拳制裁と当面のトイレ掃除当番を賜った。その上で吹き晒しの甲板に正座させられ、延々と安全操作についてご高説戴く運びになった。つまり大目玉をくらったのだ。僕は巻き込まれただけなのに、イツキのやつが「リックが切っていいってゆった」だなんて笑顔で言うもんだから共犯にされてしまった。不幸中の幸いは、大物を仕留めたことで浮かれた艇長がスピアガンの損壊について忘れてくれたことだ。無責任に振る舞うイツキが許されるのは豪腹だが、あのままだったら僕も弁償代を天引きされかねない勢いだったので黙っておいた。イツキも「やった、気付いてないぜ」とか言ってるし。シッ、黙れ、聞かれたらどうするんだ。

 そんな僕らをよそに飛空挺は蛟を吊り下げて最寄りの街へ降りていく。弱めるどころが致命傷を与えてしまった結果揚力を急速に失っていた。予想通りに重すぎたようで、主動力を全開にしてようやく降下速度を調整できるといった感じだ。幸い、海の上で獲ったのでいくつかの港町が近くにあるはずだ。こんな大物を持って行くからには、やはり大きなドックがある街が望ましいだろう。だからこそ、艇長の指示に困惑した。

「街中のドックは避けて、郊外に降ろすぞ」

「うへぇ、地べたで解体って効率悪くないですか」

 ジトーの懸念はもっともだ。

 舵は艇長がいるブリッジにあるわけだしそもそも僕らに行き先をどうこうすることはできないが、それでも疑問を抱かずにはいられなかった。

「自前のクレーンを使えばいいだろ。それに、こんだけでかいと解体するのに数日かかる。カネが転がってるようなもんだ。そしたら当然、悪い虫も寄ってくるからな。それこそ解体し終わるまで寝ずの番を置くことになる」

 オーディの説明に合点がいった。

 ははぁなるほど、これだけ大きければ当然目立つ。目立つということはおこぼれに預かろうとする輩も出てくるわけで。当の僕達は解体にかかりっきりなわけで。

「死角の多いドックだとコソコソ盗み放題ってわけだ」

 結論を言うと、オーディは頷いた。

 さらに言うなら本艇はそれなりに武装しているが、街中でぶっぱなすわけにはいかないのでハリボテのようなものだ。もし盗人が夜中に来たら、白兵戦で挑むしかない。その点、郊外の見晴らしの良い場所ならそれなりの規模の盗賊団でもまともにやり合えるくらいの装備がある。

「それにウチにはそういう類の輩を喜んで斬って捨てそうな危ないのがいるしな、いくら罪に問われないとはいえ大事になるとその後の卸にも響く」

 隣に鎮座している件の血濡れの戦乙女に目をやると、分っていないらしく首を傾げていた。僕らは着陸まで足を崩すことを許してもらえなさそうだ。もう脚攣ってるんですけど。

「甲板長、みなさん着陸準備でお忙しいでしょうし僕らも手伝います」

 きりっとそれらしく提案してみるが一蹴された。

「むしろ着陸までやることねぇよ、大人しくしてろ」

 もう脚がびりびりしてどうにかなりそうだ。これ、誰への罰だっけ。隣のイツキは育ちのためか正座は苦にならないらしく、澄まし顔で暇そうにしている。こうしてると、なかなか、いやかなり様になっている。喋ると非常に残念なだけで。

 急に何か思い立ったようで、イツキは甲板長を見上げた。

「なあなあ、刀手入れしていいよな。錆びちまうよ」

 返事も待たず懐刀を、次いで拭い布と和紙、油の小瓶のセットを袴の袖から取り出した。常に持ち歩いてるんだとしたら器用なもんだ。

 服装規程はないとはいえ、ここのみんなは等しく金がないので結局は支給の制服を着ることになる。だが硬い生地だと腕の振りに干渉するらしく、イツキはそれを改造し、下は作業着上は紋付袴という和洋折衷な組み合わせを好んで着ている。

 イツキは著名な武家の娘で、お家の噂は僕の田舎にも届いていた。曰く朝廷に支えていただとか祖先は人神様だとか。イツキは長子ではないらしく、娘であることもあってその名前はここに来るまで聞いたことはなかった。本人曰く、「勝手に結婚させられそうになったから逃げてきた」らしいが、それは多分きっかけで本当は純粋に旅がしたかったんだろう。出自のしがらみで屋敷の内外で窮屈な思いをしていただろうし、使いもしない刀術と花嫁修行を延々と繰り返す日々に嫌気がさしたんだろう事は想像に難くない。いまの天真爛漫で傲岸不遜な立ち居振る舞いは、今までの鬱屈した気持ちが一気に解放された結果なんだろうと思うとどうしてもいろいろと多めに見てしまう所がある。

 そうこうしているうちに大分高度も下がってきたようだ。日差しが暖かく感じられ海面の照り返しが眩しくなってきた。高高度だと風が冷たくて日向ぼっこなんてしてられないが、これくらいの位置はとても心地よい。街が少しずつ鮮明に見えてきて、いよいよ地上に降りてきたという実感が湧いてくる。今回の旅はこの地方で最大の内海、その南側の港町で小休止ということになる。一旦着陸すると一月近く留まるので、どこで卸すかというのは隊員のリフレッシュ具合やその後の航行のモチベーションにかなり影響する。その点では、今回はバカンス気分を味わえそうなので文句はない。これでボーナスが出るなら言うことなしなんだがなぁ。

「オーディさん、街中のドックの方から発光信号来てるけどどう返信する?俺らがでけえのぶらさげてるからかやいのやいの言ってきてるぜ」

 下層デッキから上がってきたジトーが手に発光信号用のライトをぶら下げている。

「どうせ係留代ふっかけようとでけえドックに誘導してるだけだろ、停めねえって返信しとけ」

 オーディは頭を掻きながら答えた。ジトーは慣れた手つきでパシャパシャとライトを点滅させた。彼は体躯に似合わず意外と小器用で、バイタリティの高さに時折驚かされる。

 もう大分街に近くなっており、気をつけないと蛟の尾がどこかの屋根に当たりかねない。そういえば積荷が重すぎて高度を保てないんだった。街から一キロほどの距離の浜辺に着陸することにした。蛟が接地したのちに切り離して、艇を反転させ、正面を街に向けて着陸、係留した。

「誰かこっちきますよ」

 解体用備品の木箱を抱えたマイルズが言った。確かに、馬に乗ってこちらに駆けてくる人影が見える。艇が街を通り過ぎるのを見たのだろう。

「門番だろうな、俺らに敵意が無いことを確認したら野次馬と商人が押し寄せてくるぞ」

 結果的にオーディの予測は当たった。機材を設置し終わって解体を始める頃には、無数の野次馬に囲まれてしまっていた。面白がるだけなら良いが、登ろうとするのやさらには隠れて鱗を剥ぎ取ろうとする輩も出た。皮は素人には刃を立てることすら難しいだろうが、鱗はナイフがあれば比較的簡単に毟り取れる。本来なら安い部位だが、一枚一枚が人の顔より大きい上に銃弾も防げるのでそれなりの価格になるはずだ。軽く嵩張らず、地方を問わず売れる鱗は万国共通の通貨のようなものだ。それを盗もうと思う不届き者が出るのも当然だった。結局は男連中が警備に立ち、解体は女性隊員たち、主にイツキが進める形になった。

 解体はハーネスを使って上から降りながら進めて行く。イツキが頂点に立ち、フラウレットが中間に位置している。地面ではアシマが解体用の刃物をいく種類も並べ、場面に応じてフラウレットに渡す。見習や普段はブリッジにこもってる測量士、狙撃手までも女子は全員引っ張り出され、解体した肉を台車に載せたり拭いたりと忙しなく動き回っている。細かい指示は艇長がデッキから出していた。背骨に沿って直刃を入れ、肋に沿って腹までを真っ直ぐに切り、フックをかけて引っ張って浮いた隙間に柳刃を滑らせて骨から削いでいく。ひとまず貴重な内臓が位置するはずの部位にあたりをつけ、窓を切り開いて重要な部位から切り出す手筈になっていた。

 空獣はできるだけ捨てずに全ての部位を活用する。脂に油、凝固剤や革、塗料や薬など利用できる範囲が広い。肉はもちろん食い、皮に骨、鱗は建材や武具に使う。

 艇長の指示でイツキがまず切り出したのは浮き袋だった。空を飛ぶものは全て何らかの揚力や浮力を必要とする。この浮き袋の外膜はしなやかで良く伸びるので、飛空挺のエンベロープの補強によく使われる。次いで搾油できる器官はひとまず海にどぼんと落とす。あとは肉を細かく分けて行くだけだが、それでも数時間はかかっている。この頃になると野次馬や冷やかしは帰っていたので、男連中も大半が作業に加わっていた。僕も刃物から血糊を拭き取るので手一杯になってしまったアシマの代わりに、方々で刃物を交換したりフックロープや代車を引いて駆けずり回って午後を過ごした。

 解体がおおよそ終わる頃にはもう陽が傾いていたが、僕らの商売はここからが本番だ。一般人が買いに来る少量の肉、皮、脂に油は量り売りでどんどん売っていく。大口はいつも艇長と副長が個別に対応している。希少部位は細かくまとめて別に並べてあり、商会の仲買人が集まり値踏みしていた。僕らのボーナスが出るかどうかの瀬戸際でもあるので、みんな作業しながらもずっと聞き耳を立てている。

「骨がいい値がつくと予想してるんだけど」

 仲買人達がやんややんやと大声で競るのを遠目で見ながら、僕は身の丈よりも長い肋骨を一本持ち上げた。他の材質でここまで軽くすることは不可能だろう。これだけ大きければ船や飛空挺にも使えそうだ。

「艇に使えんのかな」

 イツキは手頃なサイズを探しては振り回している。子供か。いや確かに子供だけどハイティーンだ。

「使えるところは限られるよ。強度はあるけどしなりがないからね」

 なんとアシマも小高く積んだ骨をがさがさと物色している。

「何だなんの遊びだ?手伝うぜ」

 僕はシャドーチャンバラしているイツキを避けてアシマに近寄った。アイツは放っておかないと練習台にされかねない。

「軽いから攻撃力は期待できないけど、包丁やポケットナイフにできないかとおもって」

「あら。私のもお願いしようかしら」

 それまで傍観していたフラウレットが興味を持ったようだ。

「支給のはもう刃こぼれが酷いし、街で探すにもしっくりくるのってなかなか無いのよ。いっそアシマにカスタムしてもらうほうが良いものが出来そう」

「いいよ。フラウのためなら多機能ナイフだって造っちゃうよ」

 アシマは眩しい笑顔で提案したが、

「そういうのの実験台ははリックに譲るわ。私はシンプルなナイフをお願いね。それ以外の機能はほとんど使う機会がなさそうだもの」

 フラウはめんどくさい部分だけこっちに投げてきた。この艇の女性陣はみんなちゃっかりしてると言うか逞しいというか。

「ふられちゃった。じゃ仕方ないからリックに作ったげるよ」

 だがしかしこう見目麗しい女性達に頼られるのはもちろん最高に気持ちが良い。僕は快諾した。

「簡易銃を仕込みたいんだけど、単発とミニマガジン式どっちがいい?単発の方が口径大きく出来るから私はそっちがいいな。あとクロスヘアーつけたいんだけど小さすぎて無駄かな」

「んな危なっかしいもん造るな!」

 ポケットの中で暴発でもしたらどうするんだ。つい大声で突っ込んだら、振り向いたイツキと視線が合ってしまった。しまった。

 残りの競りの成果を待つ間、結局イツキの骨棒術の実験台もといサンドバッグになって過ごした。

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