第5話 交易艇のエースの手綱は重い
「うっひょおおおおおおおおお」
イツキは頓狂な声を上げながらワイヤを滑走していく。さすが武闘派とでもいうべきか、見事な体幹コントロールで両脚をぴたっと付けて前方に向け、お手本のような滑り方をしていた。
僕はというと、格好をつけて飛び降りたは良いものの初動をしくって、頭が下がってしまった。上体を持ち上げようにも、どんどん滑っていくのでうまく力めない。一度ひっくり返ってしまったら下手に姿勢を制御するよりもそのままでいたほうが落下のリスクは多少少ない。僕は声にならない悲鳴を必死に抑え込みながら、お尻で吊られる形でイツキを追いかけていた。
イツキは蛟の背中に近づくと姿勢を変え、スピアガンを構えた。推進力を利用してそのまま蛟の鱗を貫通して雷針を深くまで差し込む魂胆なんだろう。
「それだと逆に深く刺さりすぎて銅線結べないだろうが」
僕はみっともない姿勢でできるだけ格好よく呟いたが、それが誰かに響くことはなさそうだ。
スタンさせるにはターゲットに雷針を撃ち込み、それと艇の高電圧電池とを銅線で繋いでショートさせる。だが、この銅線が指数本ほどの太さがあり、それが1,2百メートル分ともなると、重量もかなりのものになる。それを射出できる装置となると、これまた大掛かりだ。さらに、もし銅線を結んだ雷針を撃ち漏らした場合、回収に非常に時間がかかる。危険だが、この作戦の様にスピアガンで雷針を撃ち込み、銅線は直接運んで結びつける方式が確実だ。そして、そのためにはイツキのような怖いもの知らずが必要かつ不可欠だった。
余裕で先に到達したイツキが、勢いそのままで蛟の側腹をスピアガンで貫いた。次いで僕もブレーキをかけながらゆっくりと到着したが、蛟は特に暴れる様子はなかった。暴れる前にさっさと設置して離脱しないと僕らも危ないが、イツキがなにやらまごついている。どうした、と声をかけると、イツキがひきつった笑顔で振り向いた。
「どうしようかリック。これ曲がっちまったぞ」
彼女の手元を見ると、スピアガンの銃身が折れ曲がり、ハンドル部分がぼっきり折れていた。僕は大きなため息をついた。
「銃を槍みたいに使うんじゃない。そりゃ大昔は銃剣とかバヨネットとかあったけど、本来は撃つものを打ち込んだらそりゃ壊れるさ」
おまえはいつも僕の予想の斜め上をいくな。
うちの武器庫番兼鍛冶師が聞いたらなんていうだろうか、なんて思っていたらイツキも気になっていたらしい。
「アシマに怒られる・・・」
「スタンさせるだけで俺らのボーナス吹っ飛びそうなのに、備品壊したらもう給料から天引きだろうな」
青ざめる特攻野郎に、僕は畳みかけた。
「えぇっ・・・」
「うんうん、大いに反省しろ。僕だってこんな言いづらい事をこんな切羽詰まった場面でわざわざ伝えてお前の困る顔を悦に堪能して悦に浸ろうなんてこれっぽちも思ってはいないさざまぁ」
建前をすらすらと並べ立てていたら勢いあまって本音が出てしまった。まあイツキのことだ、どっちが本音かはわかってくれるだろう。
「ていうか短絡させるならもう一本撃たないといけないんだけどどうすんだよ」
「畜生ヘビ野郎てめぇのせいで!」
げしげしと蛟の側腹を蹴とばすイツキをどうどうと制しながら、折れた銃身に銅線の一本を適当に巻きつけ、もう一本の銅線を別の雷針に結び、ぎりぎり手が届くヒレの膜部分に刺した。銃身も金属だしもう潔くここで散ってもらおう。さようならスピガン一号、なんて今思い付きで付けた名前を呟いた。おまえのことは忘れないよ。今後イツキへの嫌がらせのネタとしてお前は僕の中で永遠に生き続けるんだ。
別れを惜しみながらも、僕は急いで二人のハーネスを繋ぎ、登り返しに備えた。とにかく早くここから離れないと、短絡時に僕らまで感電しかねない。暴れたりないイツキを無理やり蛟の側腹から引っぺがし、10メートルほど登り返したあとにはるか上空のフラウレットに大振りで合図した。
甲板上から数人がこちらを望遠鏡で観察していたようで、すぐに鈍い放電音がした。何万ボルトかは知らないが、神経系を損傷させたり、少なくとも一時的に機能不全に陥らせることができる。だが、こんな大物だと短時間の間痺れさせるのがせいぜいだろう。その隙に、傷を与える。ただしシメてしまうと生来の揚力を失うので、弱める程度にだ。
あれ、その傷を与える方法を聞いてないぞ。
さすがの蛟も暴れたが、すぐにおとなしくなった。あとはデッキの奴らに任せるだけだから、僕は邪魔にならない様にワイヤを一所懸命に登った。イツキは器具の扱いが危うく、下手をされるよりは僕が2人分を引っ張り上げたほうが安全だ。足元で不満そうにぷらぷらと揺られているイツキを引っ張り、ぜいぜい言いながら五十メートルほど登ったところで小休止した。人一人ぶら下げて登るなんて無理かと思ったかったが、我ながら高い適応力じゃないかと自画自賛した。さて、デッキの奴らはどんな攻撃を加えているだろうかと足元をみて、ようやく違和感に気づいた。確保していたはずのイツキがいない。蛟に刺さっているアンカーをみても、空のハーネスがぶら下がっているだけだ。前方をみやると、ぴょんぴょんと飛び跳ねる人影が見えた。僕は僕一人の重量を引き上げるのにぜいぜい言いながら登っていただけだった。
くっそ。やられた。自分でカタつけに行きやがった。というか絶対ただの八つ当たりしにいっただけだろ。よく見ると、長い刃物のようなものも出している。あいつ、こんな時まで刀を隠し持ってんのか。上方を見ると、デッキの奴らも右往左往している。
こうなったらもう仕方ないじゃないか。僕は精一杯の罵詈雑言を吐きながら器具を解し、二十分ぶり二度目の滑走に臨んだ。
ほどなく蛟の背中に体当たりの形で着地し、くらくらする頭を抑えつつ安全装置を外した。幸いにして、蛟が痺れているおかげで側腹面を上にしてアンカーに身をゆだねている。胴体の幅もゆうに十メートルはあるし、足場は安定しているが、もし蛟が飛び跳ねでもすればぼくらは空中に放り出されるだろう。怖気づいて、いやいや武者震いで震える両脚をひっぱたいて、僕も最寄りのエラに向かっておっかなびっくり、這いつくばって向かった。
蛟の身体があまりに長いからだろうか、頭、中腹、尾のあたりに、それぞれ対のエラのような器官があった。それぞれそのすぐ前にあるヒレに護られているおかげで、デッキからの榴弾では仕留められそうにない。結局、イツキのようにエラに飛び込むのが正解なのかもしれなかった。彼女が理論的にその結論にたどり着いたとは思えないが、その感性や強運はいつも目を見張るものがあった。中腹のエラに這いずって行くと、両脚でエラの側壁を開いて、刀を振り回し肉を切り開く大道芸人の姿があった。
「当たりだぞリック!これ大動脈だろ?」
イツキの目はぎらぎらと艶やかで、純粋な狩猟本能が滲み出ている。っていうか獣そのものだ。そろそろお前に充てるあだ名もネタが尽きるぞ。
「それ斬った途端にここが血で沈むぞ。エラの外から引っ張ってやるからこれ結んどけ」
ロープをイツキの腰に回してエラの外で踏ん張る。ほどなく、壊れた水道管のような勢いで吹き出す鮮血と共に、血に塗れたイツキが飛び出してきた。着地と同時に崩れ落ちてえづく。
「ぺっぺっ。まともに飲んじまった。でも仕留めたのはアタシだぞ」
「はいはい、早いとこ戻るぞ。デッキに戻るまでが遠足だ」
この蛟がもし水神様なら、殺して生き血を飲んだこいつは神殺しとか呼ばれるんだろうか。血濡れの刀を携えて微笑む東洋の戦乙女として後世に語り継がれるに違いない。その際には僕も、コイツが戦闘以外は如何にポンコツであるかを精一杯に強調して語り継ごうと思う。
エラに向かって合掌して振り向くと、イツキは満足げにハーネスを履くところだった。
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