ゴールデンライオンタマリンを見に行こう

うららか山脈

第1話

「厳しい寒さの中、多数の方々のご臨席を賜り、卒業生を代表して心から感謝申し上げます。」

高校3年間、総授業日数605日、課せられた苦行を果たすために、収容所めいたこの高校に呪われたように通い、ようやくこの日を迎えた。ずっと優等生としての仮面を被っていたけど、それも今日で終わりだ。

「この日を迎えられたのも、素晴らしい先生方のおかげだと――」

意を決する。僕は無敵だ。いける。


「一ミリも思ってません!!!!!」


厳かな卒業式の雰囲気が揺れる。周囲のざわめきが心地良い。大学進学のために優等生を演じて、独自に受験勉強するために、授業中に勝手に内職してもお目溢しをもらえるようにへーこらへーこらしていたのだ。最後くらい正直でいてもいいと思わないか?


「本校の先生方はアホばっかだと思います。授業はつまらない上に受験にはとても役に立たない、その上、僕が大学入学共通テストでいい点をとったと知ったとき何をしたか知ってますか?職員室に呼んで分厚い紙の束を渡してきたんですよ。なんだと思いますか?ある大学の公式サイトをまるっと印刷した紙束でした。この大学の受験も考えてみないかって。そんなものスマホで見れるのに。でも先生方はきっと、僕の大学進学に貢献したんだって"証"が欲しかったんだ。我々の惜しみない助力のお陰でこの生徒はいい大学に進学できたんだってどこかの誰かに言いたかったんだろうね。そのために、僕の大事な時間を使っているということを自覚もなく、資源を無駄にして、僕に100Pくらいある紙束を押し付けてきた。」


先生方の慌てっぷりが壇上からでも見て取れた。保護者連中の前で赤っ恥。いい気味だ。


「この出来事が起こる前から、小学校から高校まで、ずっとそういう大人にはなりたくないなって、思ってました。物事の本質ってものがあると思ってて、それを見失ってどこかの誰かに”証”を報告するためのことだけに気を取られているような大人には、そして、ここ旭川はそんな大人ばかりな気がする。だから僕は東京の大学に行くんだ。」


思いの丈をぶつけよう。最後くらい自由に。


「なんの役にも立たない先生方、そして日々を無気力になあなあと過ごすクラスのみんな、ご来場いただいた保護者の皆様方。本日まで本当にありがとうございました!」


    ◇◇


人生史上一番怒られたかもしれない。クラスの担任から顔しか知らない先生までが総出で僕を詰めていた。もちろん説教なんてどこ吹く風、右から左に流してなにも覚えてない。僕は無敵だ。


誰もいない教室で一人物思いに耽る。クラスのみんなはカラオケに打ち上げに行ってるんだろう。出欠確認のメッセージに当然のように欠席のスタンプを押していた僕としては、自然に不参加の流れに乗ることができて好都合だ。


役に立たない先生に、こんなつまらない土地で、一生涯を終えることになんの疑問も持たずに能天気に過ごす生徒たち。きっとこれっきりだ。これからの僕の人生に彼らの出番はない。


ガラッ


不意に教室の引き戸が空いた。


「ねえ、今から一緒にオオカミ見に行かない?」


    ◇◇


「ペンギンってさあ、かわいいかわいいってよく言われるけど、たまたまかわいいから生きてるって感じがしない?よかったね、たまたま運良くかわいく生まれて」


同じクラスの早乙女ゆうきに突然誘われて、旭川では全国的に一番の有名スポットであろう動物園に来ていた。中学生までは無料で入園できるが高校生になってからは入園料がかかってしまうので久しく来ていなかった。


それにしてもどうして急に?早乙女はクラスでもおとなしめで目立つ存在ではなかった。顔はめちゃめちゃ可愛いけど。僕とは事務的な連絡で一度か二度話したことがあったかどうか程度の関係だ。進路についてもよく知らない。といっても僕はクラスメイトの進路に全く興味がなかったので早乙女に限らずだけど。


「でも周りのみんなは、ペンギンを見てかわいーって言うんだ。それを見て私もかわいーって言うの。そこに個人の考えみたいなものを持ち込んだところで得しないんだ。」


「ほんとはこの動物園で一番好きなのはオオカミなんだ。気高さと気品があって、でも犬みたいな無邪気さもあって。でも周囲の人はペンギン見てかわいーって言う私を期待してるんだろうなって。ほら、私って顔も可愛いし名前も早乙女で理想の美少女って感じじゃん?」


意外だ。そんなこと自分で言う奴だったのか。また事実ではあるが。


「卒業式でぶちまけた君を見て、私のいままでって周囲に期待されてたかわいー私だったんだなって、でも、そんなのつまらないよって気づいたんだ。君みたいに正直に自由でいたいなって」


「ゆうきってかわいーよねって言われてさ、そんなことないよーとか返してたけどそれも今日でやめよっかな、これからはかわいいねって言われたら『ありがと、だよね、私も私めっちゃ可愛いと思う』って、そっちのほうが性にあってる」


それいいな、女子の世界におけるかわいー概念の常識なんてぶち壊してしまえ。


「私さ、大人になったら、ある日フラっとゴールデンライオンタマリンを見に行きたいんだ。」


ゴールデン?タマ?金玉のでかいライオンか?


「違うよ、猿」

フフッと笑いながら、早乙女は教えてくれた。

「すごく珍しいちっちゃい黄金色の猿で、日本では静岡の動物園にしかいないんだ。」


「でさ、当然ゴールデンライオンタマリンはいつか見に行くとして、ある日フラッと行きたいんだ。予定を組んで事前の準備をしっかりしてとかではなくて、あ、今日行きたいなって気分になったときに行くの。これから東京で大学生になって、どっかに就職してお仕事頑張って、で、ある日フラッと静岡まで猿を見に行くの。自由で楽しい人生って、思い立ったら静岡までゴールデンライオンタマリンを見に行けるような人のことなんじゃないかなって」


いいな、それ。ってちょっとまって。早乙女も東京の大学に進学するのか?


「え!君と同じ大学だよ!!知らなかったの?あんなにクラスで話題になってたのに、だから君にいつ話しかけようかってタイミング見てたのに!!」


これまたびっくりだ。うちの高校は精々札幌の私立大学に進むやつがちらほらいるくらいであとは地元に就職するやつが多い。まして僕と同じ大学に行くやつがいるとは


「まあ、君ってほんのちょっと浮いてたしねー」


ケラケラ笑いながら痛いところを突いてくる。おとなしめで引っ込み思案だなんてとんでもない、いい性格してるなこの女。顔はいいが。


だけど、嫌いじゃない。きっと早乙女も課せられた呪いから解き放たれて、被っていた仮面を取ったんだ。仮面を自覚的に取ることが結構シンドくて勇気がいることを僕は知っている。


「じゃ、最後にカバ見て帰ろっか。あと、ラーメン食べに行こうよ」


冬に外歩いた後のラーメンは最高に旨いからな。


   ◇◇



3月がこんなに暖かいなんて初めて知った。


新しく引っ越してきたアパートにダンボールが山積みになっている。といってもそんなに荷物は多くない。築30年のボロアパートだけど初めて自分の城を持った気分で気分は最高だ。


ピンポーン


新居初めてのインターホンがなった。


「はじめまして隣に引っ越してきた早乙女と申します。これからよろしくお願いします。


「はじめまして早乙女さん。これからよろしくお願いします。ところで――」

「早乙女、君、めっちゃ可愛いね」


早乙女は最高に無邪気に、にへらと笑ってこう言った。


「ありがと!私もそう思う!!」



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ゴールデンライオンタマリンを見に行こう うららか山脈 @fytellrow

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