第25話【こいつ、プロゲーマーだから】
「まずいまずいまずい……!」
総一郎はあたふたしながら部屋の中を駆け回る。
というのも明日、例の文化祭の出し物の試作品をこの部屋のキッチンで作ることになった。
過去に部屋へ招き入れたのは楓のみ。その人数を、大幅に更新することになる。
「なにを隠したらいいのかもはや分からん!とりあえず筑前煮キングの文字があるものは片っ端から物置きに葬るしかない」
棚の上には選手時代に獲得した『Sou』名義の賞状やトロフィー。それにストリーマーとして転身した後に獲得した盾など、輝かしいタイトルが並んでいる。
それを抱え込んでクローゼットの中へ運び、杜撰なな隠蔽工作を図る。
「配信関係の機材とかも全部片付けておくか。パソコンは……隠す場所がないな。仕方ない」
そして、その当日。
インターホンが鳴ると、玄関には見知った顔がズラリと並んでいた。学級委員の2人は勿論のこと、蓮香に瑞樹、それに前田と他にも3人ほどクラスメイトを引き連れて計8人の大所帯。
先が思いやられると大きくため息を吐き、苦い顔でエントランスのドアを開錠する。
それからすぐにドアをノックする音が聞こえた。総一郎は深呼吸して覚悟を決めると、サムターンを回してチェーンを外した。
するとダムが決壊したかの如く一斉に彼らが玄関には雪崩れ込み、驚異の人口密度に。総一郎の静止も無視して、昂ったクラスメイト達は部屋の物色を始めるのだった。
「おい、壁に貼り付いてるコレ、なんだよ?」
池辺達についてきたお調子者のクラスメイトの酒井が尋ねた。壁には凸凹の黒いマットのようなものが隙間なく詰められている。
灯台下暗し。総一郎にとってはあまりにも普通の光景すぎて気づかなかった。配信に興味のない彼らからすると、確かに異様な光景だろう。
「そ、それは……その、吸音材だな」
「吸音材?じゃあ騒いでも大丈夫ってことか?」
「まあ、多少は」
「おい!聞いたかよ!財津の家、1人暮らしでしかも騒ぎ放題だってよ!」
今まであまり総一郎と接点のなかった酒井が1人で勝手に盛り上がる。
総一郎はげんなりとした表情を浮かべた。彼があまり好まないタイプの人種だ。
「見ろよ、コレ!ゲーミングPCだぜ!俺マジでお前の家通うわ。てか溜まり場にしていいか?」
「駄目だ。俺はその……バイトで家にいないことが多い」
「ケチなこと言うなよ。女だったら泊めてんだろ?毎日ゲームさせてくれるだけでいいからよ!」
表情を歪ませて池辺達に助け舟を求めるが、彼らも部屋やキッチンの物色に夢中で話にならない。甘んじて受け入れるしかないか、と腹を括る覚悟を決めた時、思わぬ角度から援護射撃がきた。
「アンタ、コイツが1人暮らししてる理由知らないでしょ。実はコイツ、プロゲーマーらしいのよね。だから毎日アンタを家にあげるほど暇じゃないのよ」
蓮香のまさかの暴露に、全員が一斉に総一郎を見た。
(そういえばアイツには俺がプロに混ざって助っ人をやってるなんて嘘をついたことがあったっけ。もう引き返せないぞ、来るところまで来ちまったってことか)
正確には違うが、酒井が毎日溜まり場として通うよりはプロゲーマーとして誤解されている方が幾分マシだ。蓮香なりの助け舟というところだろう。
「プ、プロゲーマーって本当かよ」
「学校通いながらってこと?すご……ウチだったら絶対できないや」
「勉強だけじゃなく、ゲームの腕前もピカイチとは!それでこそ僕の永遠のライバル!相手にとって不足はないよ!」
池辺、陽野、前田はそれぞれ総一郎の素顔に驚きを隠せないという様子。そして肝心の酒井は、更に感激していた。
「う、嘘だろ!俺、ゲーム好きなんだよ。プロゲーマーの配信とかもめっちゃ観てるし。あとさ、あとさ、『萌依』って配信者知ってるか!?グラビアとかやってるんだけど。俺、大ファンでさ!」
「あぁ、話したことあるぞ」
「お前、本当に言ってんのか!?なぁ、財津。一生のお願いだ、『萌依』のサインとか貰えたりしないか?頼む、この通り!」
つい数分前まで肩で風を切って総一郎に圧をかけていたのが見違えるほど腰が低くなった酒井。床に額を擦り付ける勢いで何度も懇願する。
これに参った総一郎は、渋々『萌依』のサインを貰う依頼を請け負うこととなった。
そして、この場で心穏やかじゃない人物が1人。
(財津君がプロゲーマー?キング様も、今より若い頃は選手として活躍していた頃があったって配信で言ってた。財津君は、本当は……)
バラバラだったパズルのピースが、ひとつ、またひとつと瑞樹の頭の中で埋まっていく。
放心状態の彼女をよそに、キッチンでは陽野を筆頭にたこ焼き作りのレクチャーが始まった。
「まずは生地を作るよ!次は油を引いて、作った生地を流し込む!天かすとネギとタコを入れて、あとは焼き色をつけながら回すだけ!はい、やってみて!」
「簡単に言うなよ。でもまあ、そんなに難しい工程はないか。よっしゃ、じゃあまずは作ってみるか!」
「陽野さん、僕の料理スキルを侮ってはいけませんよ。必ずや、1組を最優秀賞に導いてみせます」
陽野が後ろで見守りながら、池辺と前田がたこ焼き作りに励む。そこで遅れてやってきた酒井と総一郎が横から見て学ぶ形となった。
「陽野ちゃん、タピオカはどうすればいいの?」
袋詰めされた乾燥タピオカをヒラヒラさせて、蓮香が陽野に尋ねる。
「タピオカなんて本当に簡単!茹でる、放置、冷やす、これだけなんだから!」
「ちょ、ちょっと!ちゃんと教えなさいよ!」
「クックック、ごめんごめん。でも涌井さんがこういう行事に真剣になってくれるの嬉しいな」
「アタシをなんだと思ってんのよ……」
こうして和気藹々としながら調理が始まった。呆然としていた瑞樹も陽野や蓮香に無理やりキッチンに立たされ、やがて全員が各工程を学んだ。
「ま、初日なんてこんなもんよ。改善の余地アリアリだけど、同時に伸び代とも言うし!」
陽野が総括する。彼女の言う通り今日の出来ではとても賞は狙えない。時間や油の量などを見直して、更に美味しさを追求していく必要がある。
名物、タピオカを混ぜたタピ焼きについても、改良が必要だった。
そんな中、総一郎のスマホが振動する。
裏向けていたので相手は分からないが、連続するところから通話の着信だ。
「悪い、ちょっと電話してくる」
話の流れを断って、彼は慌ただしくスマホを片手に部屋を出ていった。彼の声が聞こえないところを見ると、外の階段の踊り場に向かったようだ。
「人気者は大変ねぇ」
「しかし凄えよ、プロゲーマーしながら、高校も休まず来てるんだから」
皆が総一郎が戻ってくるまでダラダラと話し続けている時、思い詰めたような顔で瑞樹が動いた。
彼女は突然立ち上がると、玄関の方へ向かう。
「瑞樹、どうしたのよ」
蓮香が背後から声で引き留めるも、瑞樹は振り返ることなく一言だけ残した。
「いえ、少し頭が痛くて外の風を浴びたくなったんです。大丈夫です。すぐ戻りますから」
本当は頭痛なんてない。瑞樹が嘘をついてまで外に出たかった理由は、総一郎が筑前煮キングだという確証が欲しかったから。
彼女の目論見通り階段の踊り場に彼はいた。スマホを耳に当て、誰かと話している。瑞樹は罪悪感をかなぐり捨てて、その会話に耳を澄ました。
「ええ、はい。来月のゲーム雑誌の表紙に、『筑前煮キング』でですか?本当ですか、ありがとうございます。勢いのある登録者20万人以上のストリーマー特集で、なるほど」
瑞樹の顔は真っ青に血の気が引いた。
財津総一郎の口から、確かに『筑前煮キング』の名前が出た。覆しようのない証拠だ。
(財津君が……私の憧れのキング様だなんて)
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