第24話【グッドアイデア】

総一郎が教室に戻ると、なにやら騒がしい。

どうやらクラスの出し物をなににするかでヒートアップしているようだ。


「絶対にたこ焼きだと思うけどな!タピオカをやりたいのは分かる、けどタピオカなんて女子しか興味ないに決まってる!」


「いやいや、たこ焼きこそベタすぎだから!絶対に他のクラスと被るのが目に見えてるし!」


学級委員の池辺と陽野を中心に、男子はたこ焼き、女子はタピオカと意見が割れている。こればかりは譲れないとお互いに意見が衝突し、クラスには少し険悪な雰囲気が漂っていた。


「結構揉めてるんだな」


先に着いた総一郎は側にいる前田に状況を聞く。


「まぁ僕としては、僕を中心としたイケメンカフェを展開したいんだけどね。財津くん、君なら僕の設けたキャストの厳しい基準もクリアだ。どうだい、ぜひ一緒に……」


「くだらない、勝手に1人でやっとけ」


総一郎は夢の世界に浸る前田をさっさと切り捨てて、相手を蓮香に替えることにした。彼女は眼を瞑って半分寝ているような具合だが、総一郎が声を掛けるとパチッと宝石のような瞳を見せる。


「お前はどっち派なんだ?たこ焼きか、タピオカか。それともやりたいモノがあったりとか」


「別に。アタシは勝てさえできればなんでもいいわ。なにに決まっても文句は言わないし」


そんな時、池辺と陽野の争いの火の粉が瑞樹に飛んだ。あまり積極的に発言していなかった瑞樹だが、ここにきて大役を任される。


「ねえ、杉本さんもやっぱりタピオカだよね?」

「杉本さん!コイツに気遣うことなんかないぜ?正直たこ焼きがいいよね?」


2人にグイグイ詰められる瑞樹。内気で心優しい彼女に、どちらかを選ぶなどと酷なことは到底できはしない。

どうすれば丸く収まるか、頭の中で思考がグルグルと回る。しかし答えは見つからず、目の前は真っ白でお手上げ状態。


そんな時、無意識に口元から漏れたのは、例のあの言葉だった。


「……ちくぜんに」


あんなに騒がしかった教室の喧騒が、凍りついたように静かになった。3秒ほど時間が停止したかのように動きが止まり、時間が過ぎていくにつれ瑞樹の顔が紅潮していく。


「す、杉本さん、筑前煮はちょっと渋過ぎないか……?」

「ウチもそう思うなぁ、ハハハ。ま、まあそういう意見もありってことで。選択肢のひとつに……」


彼女の思いがけない回答に、2人はたじたじ。結局たこ焼きタピオカ論争は振り出しに戻り、平行線が続く。


このままでは埒が開かないと、今度は総一郎が標的となった。聞かれることは勿論分かっている。どちらの派閥に属すのかということだ。


「俺は今年が初めてだから要領がよく分かってないんだが、どっちもすればいいんじゃないか?これだけの人数がいるんだ、できるだろ」


「言われてみれば……」

「そういう考え方もアリね」


学級委員の2人は顔を見合わせて、虚をつかれたような間抜けな表情をしていた。総一郎はさらに自分の考えを装飾し、思い描いている画を語る。


「せっかく2つやるなら、タコの代わりにタピオカを入れた、お菓子たこ焼きなんてものも面白いかもしれない。味はさておきな、新鮮味はあるだろ」


彼の提案は大きな波紋を呼び、教室がざわつき始める。

疑惑的な声も出たが、面白そうだしやってみようという期待の方が圧倒的に多かった。誰がどっちを担当するかという細かい問題はあるものの、1組の出し物の方向性を決める一手となったのは間違いない。


「涌井さんはどう?」

「異議なしね。アタシは何に決まっても全力で取り組むだけよ」

「へへ。涌井さんがその気になってくれると、めちゃくちゃ頼もしいぜ」


こうしてスルッと総一郎の案が採用された1組の出し物は、たこ焼きとタピオカに決まった。当日までは約2カ月。マーケティングも重要だが、肝心の味も一定のラインに到達していなければならないのは間違いない。


「本番までに練習の機会を設けたいんだけど、そうだな。誰か家のキッチンを自由に使ってもいいよって人いる?ってまあそんな都合よくいかないよな、俺の家も多分ダメなんだよ」


池辺が申し訳なさそうに頭を掻く。

教室の生徒からは誰も手が挙がらない。困ったな、といきなり難題にぶつかった時、沈黙の空気を破ったのは蓮花だった。


「ちょうどいいのがいるわよ。ここに」


蓮花はそう言って、なんの躊躇いもなく総一郎を指差した。

部屋にクラスメイトがわんさか入り込んだら、流石に隠蔽しきれない。だからこそ、白羽の矢が立たないように気配を消して机に貼りついていたのだが、まさか告発されるとは思っていなかった。


「おい待て、俺の家は無理だって!」

「なんでよ。だってアンタ、確か1人暮らしよね?」

「バカ、そんなこと言ったら……」


総一郎が無かったことにしようと抵抗するが、時すでに遅し。1人暮らしのクラスメイトの家に皆で遊びに行ける。こんなに心躍るイベントもそうない。膨らんだ皆の期待を無下にすることもできず、雰囲気に飲まれて渋々了承することになった。


「覚えとけよ、お前」

「なに、アタシはクラスの皆の為を思って提案したつもりなんですけど?」

「他人事だと思って好き勝手言いやがって。ハァ……まあ仕方ないか」


順調に準備が進む中、一際テンションが昂っていることを悟られないようにしている人物が1人。杉本瑞樹だ。


(財津くんの家にお招きされる展開になるなんて。財津くんの部屋に行けば、私が抱えている謎が解ける。彼が『筑前煮キング』なのかどうか……)




16時10分を示すチャイムが鳴る。いつもなら5限が終わる合図だ。

さっき集まったと思ったが、時間が過ぎるのはあっという間だ。なんだかんだ、皆で集まると話題は絶えない。

今日は流石に総一郎も来客を招くのは断固として拒否し、この日は解散。それでも初日にしては実りのある1日だったといえる。


帰り道、ふと池辺達が喋り出した。


「そういえば、7組の奴ら大変らしいぜ。なんせ担任が皆藤先生だからな。文化祭の出し物だって、皆藤先生の好みにそぐわない場合は許可が下りないとか」

「マジ?自己中だとは聞いてたけど、そこまでなんてね。呆れる呆れる。だいだい、ウチらの文化祭だっつうの」


皆藤先生。その名前には聞き覚えがあった。

そう、まさに今日は屋上でヒステリックを起こして突っかかってきた女教師だ。


(アイツが7組の担任か。待てよ、7組といえば俺たちの隣か。……厄介だな)


調理の練習のことや皆藤のこともあり、文化祭は不安要素が募る。

せっかく楽しみにしていたハズが、総一郎の顔は険しくなるばかり。

総一郎と皆藤の確執など知る由もなく、池辺と陽野の2人は呑気に続ける。


「てかさ、ウチらの隣が皆藤先生のクラスってことでしょ?なんか邪魔とかされないか心配じゃない?」

「流石のあの人も他のクラスにまで干渉してこないだろ。それに、仮に邪魔されたとしても、圧倒的な数字で勝てばいいだけだしな!」

「あれ、池辺いつにも増して気合い入ってない?コレはウチも負けてられないな」











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