第21話【夏祭り②】

「おっ、兄ちゃん挑戦するかい?いいねぇ」


ゲームの屋台を出している体毛の濃い髭面の男が気前良く声をかけてきた。貼り付けてような満面の笑み。人の懐に入り込むのは上手そうだが、本心が読めないようなタイプだ。


「13万以上で景品が貰えるんですね?」

「そうだぜ。1等はなんと、売れすぎて品薄になってる話題のゲーム機だ!さぁさぁ、マウス握って腕試ししてちょうだいよ」


楓と髭親父に上手くのせられて、総一郎はマウスを握る。軽く左右に振ってカーソルを動かした時、この挑戦が甘くないことを悟った。


(これは……マウスのDPIを相当高く設定しているな。プロシーンでもこんなに高感度でプレイしている者は極僅かだった。これを素人が上手く扱えるハズがない)


初めからクリアさせる気など毛頭ない仕組みだが、指摘して雰囲気を悪くすることもない。総一郎は10秒ほどマウスを振って感度に慣れると、正々堂々受けて立つことに決めた。


「では兄ちゃん、画面にたくさん丸が映るから、それらにカーソルを合わせて左クリック。簡単だろ?準備はいいか? 3・2・1……」


髭の親父が3つ数えると、薄暗いモニターにSTARTの文字。楓が後ろで見守る中、総一郎の挑戦が始まった。


(モニターの明るさまで見辛いように調整しているな……おまけにマウスパッドも安物だ。なかなか手が込んでいる)


最初こそ使用環境の悪さに翻弄され、上手くエイムが合わなかった総一郎。だが後半は、マウスを振った距離と画面上で動く距離を感覚で掴み取り、選手時代に精密機器と称された正確なエイムで的を射抜いていく。


「へぇ、本当に上手いじゃん」


ピタッ、ピタッとカーソルを合わせる技術に、思わず楓は見惚れてしまう程だ。そしてなにより驚いていたのは、店主の髭親父だった。


口をポカンと開けて、スコアがどんどん上昇していくのを呆然と見守るのみ。

そして、あっという間に1分が過ぎた。


「記録は……12万9300点か。最初の数秒を落としたのが痛かったか」


久しぶりに全神経を集中させたことで、ドッと疲れが押し寄せる。ハナから景品が貰えるとは思っていなかったので、自分の中では及第点。


「ねぇ、あと700点でお掃除ロボだよ!もう1回挑戦すれば君なら獲れるんじゃない?後半はほとんどノーミスだったし」


「お掃除ロボ……あぁ、13万点の景品か」


「そうそう!センサーがゴミを検知して、家の中を自動でお掃除してくれるんだって!お姉さんアレが欲しいなあ? お願い!」


楓の白々しいお願いにたじたじの総一郎。

確かに、嫌らしく設定された高感度にもすっかり慣れた。次は、お掃除ロボどころか1等も圏内だ。総一郎が追加の300円を支払って再挑戦しようとしたところ、髭面の店主が慌てて制止に入った。


「悪いな兄ちゃん、大好評につき、挑戦は1人1回までとなってるんだ」


「へぇ、それは聞いてないな。後ろに待ってる人もいないし、もう1回俺にやらせてくれよ。それとも景品を……」


食って掛かる総一郎の言葉を遮って、髭面の店主が鬼の剣幕で総一郎に迫る。その顔は、最初に見せた人懐っこい表情とはまるで別人だ。


「舐めたこと言ってんじゃねえぞクソガキ……怪我したくないならさっさと立ち去りな」


男がドスの利いた低音を耳元で響かせて恫喝すると、流石にそれ以上総一郎も意地を張ることはしなかった。傍から危険を察した楓が総一郎の華奢な腕を強引に引っ張り、その場から連れ出した。


「あたし、お掃除ロボはやっぱりいいや!それよりさ、たません食べたいからほらっ、あっち行こ」


「まあアンタがそう言うなら」


「お姉さんは、君との思い出には楽しかった時間だけ残しておきたいからね」


「……なんだよそれ」


「さあ、なんだと思う?」


2人はそんな調子で言葉を交わしながら人混みの中を駆け抜け、ひと通り夏祭りを堪能した。そして楓に手を引かれるまま、とある場所に連れられる総一郎。夏祭りの会場を飛び出して、夜空が水面に反射した川沿いに走る。


その時の彼女の顔は、無邪気で心からこの時間を楽しんでいるものだった。

表情が緩んでいるのを悟られないように、楓は振り向かない。


「お、おい。どこに連れていくつもりだよ。いい加減に教えてくれたっていいだろ」

「ここ!着いたよ」

「着いたって、なにもないただの堤防じゃないのか?」

「正解~。なにもないただの堤防です。でも、それがいいんだよね」


彼女の意図が汲み取れずに頭にハテナが浮かんでいる総一郎を揶揄い、楓は嬉しそうに話し始めた。


「君は越してきたばかりだから知らないと思うけど、花火が凄く綺麗なんだよね。でも会場だと場所取りするのも窮屈だし、人混みでよく見えなかったりするから」


「なるほど。それでアンタのとっておき特等席に案内されたって訳か」


「ご名答。ここなら誰の場所も入らないし、結構花火も綺麗に見えるんだ~」


総一郎が腕時計を確認する。

花火が打ち上がるまであと10分。お互い堤防の雑草の上に隣り合わせ。数秒言葉を発さないだけで少し気まずい空間。

沈黙を破ったのは、切れ味の鋭い楓の質問だった。



「ねえ、君はさ、好きな人とかいるの?」



「なんだよ、唐突だな」

「いいから答えなさい。お姉さんからの命令です」


総一郎は数秒、考えて黙り込む。

彼の頭の中に真っ先に思い浮かんだのは、クラスメイトでもなく、はたまた隣にいる楓でもなかった。頭に浮かんだのは、『ai』の2文字。


一度連絡が途絶えてからも、忘れることはなかった。

インターネットの海の中でずっと探し続けていた存在と、先日ようやく繋がった。

好きな人の問いに頭を悩ませたが、やはり総一郎の脳内を占めるのは『ai』の存在だった。


「好きな人……という呼び方が正しいのか分からないが、いるかもしれない」


「なんか意味深な言い方するんだね。気になっちゃうなあ」


「いや、なんというか、顔も名前も知らない。声だって数回しか聞いたことがない。ゲーム関係で親しくなったネット上の友人というか……」


予想していなかった彼の回答に、楓は面食らった。


「君って意外と一途だったりする?」

「一途、だったりするかもしれないな」


総一郎は、小学生の頃にネット上で会話した『ai』の影に縋り、囚われ、未だ前に進めていない自分自身を自虐して卑屈に笑った。

楓はそんな俯いた彼の顔を下から覗き込み、ニコッと微笑む。


「もしかして、お姉さんが君のネット上の想い人……だったりして」


楓は冗談めかした口調で言ったつもりだった。

だが、総一郎にとってはとても軽く受け流せない。

先日『ai』から届いた文面が、鮮明に脳裏に浮かんだ。


(俺は既に『ai』と話していると言っていた。彼女は早く気付いて欲しいと言っていた。まさか、いやそのまさかか? 秋月楓が俺に固執するのは、もしかして……)


総一郎の頭の中で様々な憶測が飛び交い、渦巻く。

ただ、楓を『ai』だと断定するには決定的に証拠が足りない。悶々とした感情のまま肝心なことを切り出せずにいると、夜空に華が咲いた。


シュルシュルと光が伸びていく音と、ドカンという爆音とともに光の粒が咲くのを交互に繰り返し、夏の夜空を鮮やかに彩る。


「ほらほら見て、花火綺麗でしょ?この堤防から眺めるのが良いんだよね」

「確かに。綺麗だ」

「お姉さんの我が儘に1日付き合ってくれてありがとうね」








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