第20戦【夏祭り①】
『ねえ、明日お祭りなんだって。知ってる?』
総一郎が耳元に当てるスマートフォンから、上機嫌な楓の声が聞こえる。
「ああ、花火大会らしいな。それがどうしたよ」
『決まってるじゃん、お姉さんとデートする約束忘れたなんて言わせないんだから』
「アンタ受験生だろ、勉強しなくていいのかよ」
『あ~聞こえない聞こえない。年下のクセに先生みたいなこと言わないの。君は黙ってお姉さんとデートしてくれればそれでオッケーなんだから』
こうして、楓とのデートの約束が決まった。
この前の熱中症の借りがある分、無下に断ることはできない。
楓との電話が終わった後、結局夜通しで配信をしていたので起きたのは正午を少し過ぎたころだった。クローゼットに視線をやる。服だ。
「流石に祭りに行くのに制服は通用しないぞ。……まだ時間はあるし、買いに行くか」
ファッションに疎い総一郎。とりあえず百貨店に赴き、札束に物言わせてオシャレを手に入れる作戦に出た。疎い自分でも知っているようなブランドの服が、ダサい訳がないと彼は思い込んでいた。
配信機材やデバイス以外に大金を使い込むことはあまりないが、総一郎の金銭感覚はしっかりバグっていた。幼少期からプロゲーマーとしてタイトルを獲るほど活躍し、(この頃はチームや親に搾取されていたので自身は贅沢な暮らしをすることはなかったが)今は配信者として成功、企業案件などもこなす。
今は更に認知度も増えて、大卒で入社する社会人の初任給の3~4倍は軽く毎月稼いでいる。総一郎はなんとも相応しくないダサい服装で百貨店に入ると、目についたアメリカ発のファッションブランドの店に入って店員を捕まえた。
コンビニに買いに行くような身なりで現れた高校生の彼に、店員はたじたじという様子だったが、総一郎が財布を取り出した瞬間に目の色が変わった。
「ここに10万あるんで……その、恥ずかしくないような服装に全身揃えたいんですけど……」
恐る恐る話す総一郎の手に握られているのは、正真正銘の10 諭吉。そして財布に見え隠れする保険の5諭吉。思わぬ上客の登場に、店員は心躍った。
「ありがとうございます!勿論、私の方でご用意させていただきます!」
「ファッションとか疎くて、やっぱりプロの方にお任せするのが1番かなと」
「私にお任せください! こちらはデートの勝負服かなにかですか?」
「……まぁ、そんなとこです」
照れながら話す総一郎を見てはにかんだ女性店員は、何着かセレクトしたものを総一郎に手渡して案内した。
ブランドのロゴが入ったシンプルな白シャツに、少し明るめのライトブルーのスキニージーンズ。運動から逃げ続けた総一郎は女子が憧れるような細身の体型を維持している。店員も、それを見込んでのスキニージーンズだ。
「こんな服、着たことないんだが……」
「でも凄くお似合いですよ。あとは靴とかも揃えておけば」
結局、店員の言われるがままにTシャツとジーンズ、そしてスニーカーにアクセサリーと香水まで、10万円余すことなく使い切ることとなった。巨大な白い紙袋を担いで帰路に着く総一郎。服など今まではまるで興味がなかったが、店員にベタ褒めされるのは悪い気分ではなかった。
買い込んだ服を一式身に着けて、髪型など身支度を済ませると、満を持して楓との待ち合わせ場所に向かった。
祭りの会場までは電車で2駅。改札の前で待ち合わせだ。
祭りに行く人たちで駅前は賑わい、総一郎も漏れなく雑踏の中の一員となっていた。
その中で、一際周りの目を引く存在がいた。
背が高く少し短めの茶髪を綺麗に整え、桃色の花柄が散りばめられた浴衣を着た美人な女性。いつもと違う彼女の姿に一瞬戸惑ったが間違いない。オーラを醸し出しているあの女性こそ、他ならぬ秋月 楓だ。
「お姉ちゃん1人? 俺たちと遊ばない?」
総一郎が向かおうとしたところ、ガラの悪そうな男集団が楓を囲んだのが見えた。総一郎は急いで人混みを掻き分け、楓の元へ向かう。
その間も男達の執拗な誘いは続き、楓はあしらい続けていた。
「お姉ちゃん高校生? こんな美人なかなかいないぜ」
「それはどうも。でもあたし、人を待ってるから。君達とは遊ばないよ」
「つれないこと言うなって!黙って俺たちについて来いや!」
男が強引に楓の腕を掴んだところで、総一郎が駆け付けた。
「……あの、俺と遊ぶ約束してるんで離してもらっていいですか?」
無理やり割り込んで入った総一郎に、男達の目つきが変わる。
「なんだテメェ、まさかこの女の彼氏かよ」
高圧的な男の言葉に一瞬怯むが、今度は楓が強気に口走った。
「そう、彼氏! だからごめんだけど、邪魔しないで」
彼氏ではないでとは内心思ったが、ここで訂正するとまた話がこじれる。成り行きに任せようとしていたところ、ならず者たちは意外にもあっさりと手を引いた。
「チッ……彼氏持ちかよ。しかもこんな冴えない顔の陰キャラが。イラつくぜ」
男達は大人しくその場を離れるかに見えた。去り際、総一郎とすれ違った後、男の1人が背後から回し蹴りを繰り出した。いきなり背中に不意打ちを食らった総一郎。特別、体幹が強い訳でもない。総一郎の身体は吹き飛ばされ、水切りをする石ころのように地面を転がった。
「ハハハッ、ダッセェ! ざまあみろ」
男達はケタケタと笑い声を上げながらその場から走り去っていく。
周囲の人間も、揉め事には首を突っ込みたくないのか見て見ぬフリを突き通すのだった。
仰向けになった総一郎に慌てて駆け寄る楓。目を潤ませて、ハンカチを差し出す。
「大丈夫? 歩ける?」
「まあ、なんとかな。それよりアンタは、怪我はないか」
「それ君が心配してる場合じゃないでしょ」
顔にも擦り傷が数か所。楓から渡されたハンカチで垂れる血を拭き取る。
この日の為に買い揃えた服は、早くもボロボロになっていた。Tシャツは黒く汚れ、ジーンズは腿の部分が摩擦で破れた。
「せっかく買ったのに……」
変わり果てた姿となった衣服たちを見て嘆く総一郎。
落ち込む彼の頭を撫でて、楓は年上らしく励まそうとするように努めた。
「それ、お姉さんとデートする為に買い揃えてくれたの? 嬉しいな。君はもっとこう、お洒落に無頓着だと思ってたよ」
「……まあ、否定はできないな」
「あんまり背伸びしなくていいんだよ。素のままの君が、あたしは好きだから」
「いや、でもこういう服も悪くないかなと思って」
「うん、似合ってる」
「アンタも浴衣、似合ってるよ」
楓が差し出した手を掴んで立ち上がる。そこには確かな温もりがあった。
総一郎の手を引いて、彼女は元気に先導する。
「ほら、出店がいっぱいあるよ!お祭りって感じだね~」
「祭りなんて何年ぶりだろう」
賑やかな喧騒と、ライトアップされた屋台。ここでしか味わえない、夏の風物詩だ。
両脇から店員さんの呼び込みが絶えず聞こえてくる。まず楓が指差したのは、りんご飴の看板だった。
「寄ってもいい?」
「ああ」
「君の分も買ってあげる。お姉さんはアルバイトしてるからお金持ちなのだ」
「いいや、俺が出すよ。奢られるのは性に合わない」
「出た、見栄っ張りさんだね」
それぞれりんご飴を1本ずつ購入し、道なりに歩いていると、一際人だかりができている店があった。屋台にドカッと無粋に置かれたゲーミングPCとモニター。画面には、無造作に動く丸い点。どうやら、マウスのカーソルを点に合わせて、1分間のうちに何回正確に合わせられるかでスコアを競うものらしい。
(エイム合わせのアプリか。13万スコア以上で景品……1秒で3回くらいの計算か。プロレベルのスキルを求められる、普通の挑戦者じゃまず不可能だろうな)
無謀な挑戦者たちが盛り上がっているのを横目に通り過ぎようとしたところ、あろうことか楓が食いついた。
「ねぇ、ゲームの屋台だって。君、ああいうの得意なんでしょ?お姉さんにいいところ見せてよ」
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