第19話【遊園地にて】
「まさかアンタから制服デートを申し込まれるなんてね……」
「皆やってるだろ、遊園地には制服で行って写真撮ったりして」
「アンタの制服なんて見慣れてるから新鮮味ないのよ。まあいいわ、思ったよりアタシとのデートに乗り気なようで」
昨夜、クローゼットをざっと見回した総一郎は絶望した。
とても、金持ちで美人な女性の隣に釣り合うような服が存在しなかったのだ。コンビニに着ていくなら許されるという服しかない。外出など無縁だと気を遣っていなかった弊害だ。
見栄っ張りな総一郎に光明が差したのは、脱ぎ捨てた制服を見た時だった。
夏休みで人がごった返していたが、総一郎は遊園地が放つ異世界のような空気感に舞い上がっていたのであまり不満はなかった。
「お前は、こういう場所はよく来るのか?」
「まさか。アタシが普段からアトラクションでキャッキャしているように見える?えっ、うわ見て!『モグラ三銃士』のモグ助!モグ助いる!」
「……どっちだよ」
蓮花は小走りでモグ助の着ぐるみに近寄ると密着し、総一郎に写真を撮れとジェスチャーで合図する。渋々カメラを向ける総一郎だったが、過去見たことのない蓮花の眩しい笑顔に思わず見惚れて時が止まった。
モデルでも通用するような美貌の持ち主だということを忘れていた。歯を見せて笑った様は別格だ。蓮花に一瞬でも心を奪われた自分に対して、総一郎は心の中で地団駄を踏んだ。
(……なんで俺があんな奴にドキドキしてんだ、馬鹿馬鹿しい)
何枚か写真を撮ったら、ご機嫌な蓮花が小走りで戻ってきた。
「あれ?顔赤くない?もしかしてアタシの笑顔にハート撃ち抜かれちゃったとか?」
「アホか、そんな訳あるか」
「へえ、そんな訳ないんだ。傷つくわね」
この歳になるまで『ai』の影から離れることができなかった総一郎は、まともな恋愛経験がないに等しい。更に引きこもってゲーム三昧と社会から隔絶された日々を過ごしていたことで、女性の扱いが非常にぎこちない。所謂、超鈍感男が完成したのだ。
この段階では蓮花のことは、『振り回してくる女友達』という認識以外の何者でもなかった。しかし、総一郎は考える。
(待てよ?もしかしたら、コイツこそが『ai』である可能性だってある。なんたって俺のゲームの実力を知るのはコイツだけだ。……全く、コイツはコイツで何企んでるか分かんねえし、さっさと誰なのかネタばらししてほしいぜ)
そんなことを考えていると、腕を掴まれて強く身体を引かれた。
「ねえアンタ、次はアレ乗るから!ほら、なに突っ立ってんの。行くわよ」
蓮花が指差した先には、巨大なジェットコースターが聳え立つ。この遊園地の目玉アトラクションだ。40mの高さからおおよそ垂直に身体が落ちていく。
総一郎は、涌井 蓮花という人となりを読み違えていた。テスト期間で多少打ち解けたものの、インドアで極力動くことを嫌うクールな女という認識だった。
「いや……俺はちょっと遠慮しようかな。お前だけ乗ってこいよ」
「は? なんでよ。あ、もしかしてビビってんの? 怖いんだ」
「んな訳ないだろ。じゃあさっさと乗ろうぜ、こんな子供だましに俺が……」
「強がっちゃって。アンタの負けず嫌いっぷりはアタシ以上ね、感心するわ。怖くなったらアタシに抱き着いてもいいわよ、フフッ」
「だから怖くないって言ってるのに。まあ百聞は一見にしかずだ、よく見とけ」
内心悟られまいと、総一郎はジェットコースターの列に率先して勇み足で並びに行く。流石は涌井家というところか、今回用意されたチケットにはプレミアムパスなるものがついており、優先的に案内される為に並んで待つ時間が大幅に削減される。
通常のチケットの3倍近くもする破格の富豪価格設定だが、そのおかげで2人は10分ほど並ぶだけでジェットコースターにありついた。
比較的前列に案内され、横に2人で着席。動き出したコースターは、垂直な路を徐々によじ登っていく。身体が浮いたような感覚。それこそ幼少期から家に引きこもっていた総一郎には、初めての体験だった。
「アンタ震えてない? 大丈夫?」
「武者震いだよ、楽しみ過ぎて震えが止まらないんだ」
「呆れた。素直じゃない男はモテないわよ」
場所などお構いなしに2人は軽口を叩き合う。そしていよいよコースターは頂点へ到達。標高40mの位置でピタリと止まること5秒。肝が冷えたところで、急転直下。一行を乗せたコースターは、レールの上を高速で滑走する。
風を切って走る爽快感は、夏の時期にはたまらない。隣では両手を突き上げてニコニコと満喫する蓮花。そして、悲鳴を上げる余裕もないくらい切羽詰まった表情をしている総一郎。
息つく暇もないまま、コースターは1周回って元の場所へ戻ってきた。
放心状態の総一郎を見て、蓮花はケタケタと声を出して笑う。ここまでの醜態を晒したからには言い訳もできない。
「あ~面白い。もう1周行くわよね?」
「冗談キツいぞ。なんとでも言え、今日は負けを認めてやる」
「アハハッ! じゃあ終わりにしておいてあげるわ」
それからもいくつか緩めのアトラクションを巡り、いよいよパレードの時間がやってきた。大通りをキャラクターの着ぐるみの列が行進し、陽気な音楽を奏でる楽器隊が周りを囲む。観客たちは一斉にスマホを向けて撮影するが、蓮花はその零れ落ちそうなほどに大きい瞳に焼き付けていた。
言動には棘があることが多く格好も派手だが、必要以上にはしゃいだりしないところなど佇まいの随所に良家の育ちの良さが垣間見える。
そして日は暮れ夕方になるまで2人は遊園地を満喫し、茜色の空の下、退場のゲートをくぐった。蓮花の表情は明るい。見た感じ、内容が不満だった訳ではないらしい。
しかし、財津総一郎として自分に自信が持てない彼は、このデート中ずっと心に秘めたまま聞けなかったことを、思い切って聞いてみることにした。
「今日はその、楽しかったのか? お前は」
「はぁ? なんの心配してんのよ。デート中、アタシの顔見てなかったわけ?」
「それはいったい、どういう……」
総一郎がドギマギしていると、特大の溜め息を吐いた後に食いかかった。
「本当にアンタ、わざとやってるんじゃないでしょうね。女の子にこんなこと言わせるんじゃないわよ、恥ずかしいんだから」
「なにがだよ」
「楽しかったって言ってんのよ。そもそもアタシ友達なんていないから、誰かとこうやって遊びに来ることなんてないし。こんな場所、誰かとじゃなきゃ来れないわ」
「いや言い方悪いが、お前ほどの人気なら誘ってくれる人間なんて沢山……」
「下心丸出しの男達のこと? アタシのこと知りもしないのに大好きです!って、そんな奴と2人で遊園地なんて行けないわよ」
「俺ならいいのか」
怪訝そうな顔で尋ねる総一郎に、彼女は一拍置いて天を仰いだ。
「まあね。それに、アンタとは最近知り合った感じがしないのよ。ずっと前から友達みたいな感覚、不思議だけどね。一緒にいると安心するっていうか」
その言葉に、総一郎の頭の中は混乱した。
浮かぶのは、やはり『ai』の2文字。
(誰なんだ、正体は。かつて俺を支えてくれていた人はいったい……)
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