第22話【2年1組集結!】
「瑞樹ちゃん?入るわよ〜」
穏やかな声とともに、ドアをノックする音が2回。
瑞樹が返事する前にノブが回り、ガチャリとドアが開いて隙間ができた。
勉強机に向かって一生懸命に勉学に励む我が娘の姿を見て、瑞樹の母親は頬を緩ませる。
「これ、お夜食できたから。ここに置いとくからね。あんまり遅くまで起きてちゃ駄目よ」
「ありがとうお母さん。12時まで頑張ったら、休憩しようかなって思ってたところ」
瑞樹の手はシャーペンの黒い粉で真っ黒。
勉強机の上には、カラー付箋が挟まれた参考書と皺の増えたノート。普段から欠かさず勉強に取り組んでいる証だ。
時計の針は12時の5分前を指していた。
母親が盆の上に乗せて運んできたのは、焦がし醤油がたっぷり塗られた焼きおにぎりだ。
手を洗いに彼女が立ち上がると、それに続いて瑞樹の母親も後に続いた。
「瑞樹ちゃん、最近学校楽しいの?」
「な、なんで。どうしたのお母さん」
「なんだか、2年生になってから毎日楽しそう。夏休みより、学校に通ってた時の方が活き活きしてたもん。クラスの子達と仲良くやれてるのね」
母親に指摘されると、瑞樹はハッとしたような感覚に陥った。
確かに、クラスの皆に会えないのは退屈だった。指摘は図星と言っていい。クラスに馴染み、一丸となって行事に取り組む。去年までの自分であれば、考え難いだろう。
いま、自分はまさに青春を謳歌している。
そして、瑞樹を学校に駆り立てるもうひとつの理由がある。
『はい、皆さんこんばんは。筑前煮キングです。今日もね、テイムモンスターの配信を……』
自室に戻った瑞樹のスマホの画面に流れる『筑前煮キング』の配信。瑞樹が夏休みに入った途端、図ったように深夜帯の配信が多くなった。
(似てる。聴けば聴くほど似てる。声も、話し方も財津君そっくり。もしかして本当に……)
瑞樹が抱える疑惑の種は日に日に大きく膨らんでいく。敬愛する『筑前煮キング』の写しのような存在である財津総一郎にも自分が惹かれているのを、ようやくこの頃自覚し始めた。
「ダメダメ、財津君はキング様とは関係ないんだから。勝手に期待しちゃ、財津君にも失礼だし」
無理やり自分に言い聞かせて、ぼんやりと浮かんだ総一郎の顔を掻き消す。
愛するキング様の顔は、未だ公表されていない。デフォルメされた筑前煮がマスコットキャラ的な立ち絵として登場するのがほとんどだ。
今日の配信のテイムモンスターというゲームは、文字通り野生のモンスターを手懐けて最強のトレーナーを目指すというものだ。彼はモンスターにニックネームを与え、どうやら筑前煮軍団なるものを結成するのに奮闘している。
『いけ、さといも!お前なら勝てるぞ!大丈夫、後ろにはレンコンとにんじんも控えているからな!』
いつものFPS ではないものの、持ち前の筑前煮節で視聴者の笑いを攫っている。コメント欄の流れも速く、夏休みということもあってか同時接続数も好調だ。
『さといも!お前がこの世界の王だァッ!』
視聴者にとっては退屈なモンスター育成の時間でも、視聴者を飽きさせない話術とワードセンスで画面に釘付けにさせる。そして瑞樹も、漏れなくその1人だ。
「はぁ。やっぱり私の癒しはキング様の配信。もうちょっとだけ勉強頑張ろうかな。……配信観ながら」
スマホのアラームで飛び起きる総一郎。
ここ最近、連日の夜更かし配信ですっかり生活リズムが狂ってしまったが、今日はおかげで健康的な時間帯に起きることができた。
アラームを止めようとスマホのロック画面を解くと、バナー表示で予定が上から流れてきた。そこには、『橘高校 文化祭準備 13時』の文字。
期末テストですっかり団結を果たした2年1組だったが、本来の目的は来たる文化祭で最優秀賞を獲得する為だ。今日はクラスの面々全員が再び集合し、文化祭で行う出し物を決定するという。
舵を取るのは勿論、池辺と陽野の2人。
ご丁寧に『本日、13時から教室で文化祭について話し合うから来てネ!』と個人でメッセージまで送られてきている周到さ。
「家を出るのは面倒だが、久しぶりに顔見に行ってやるか」
教室の前に総一郎が着いたのは12時55分。なんだかんだでギリギリまで家でくつろいでいたらこの有り様だ。教室の方からは既に明るい声が飛び交っている。もう皆おおよそ揃っているのだろう。
すると、総一郎の後ろから蓮花が現れてドアの前でバッタリと鉢合わせた。
彼女は5分前でも全く焦るような素振りも見せず、威風堂々たる立ち振る舞いだ。
総一郎は振り返って久しぶりに軽口を叩いてみる。
「なんだ、遅れて来るのは俺だけかと思ったから安心したぜ」
「アンタの時計進んでるんじゃないの?集合時間は13時って聞いてるんだけど」
細くて白い腕に巻かれた革ベルトの腕時計を見せつける蓮花。確かに時刻はまだ13時にはなっていない。
総一郎は彼女の時計に目を遣ったつもりが、露出度の高い彼女の服装に思わず視線が誘導される。途端に視線のやり場に困り、慌てて目を逸らした。
何故なら、今日は制服で登校することが義務付けられていない。クラスの仲間の私服を確認することができる、珍しい機会だ。
総一郎は、前に楓と夏祭りのデートに行った時の服装をそのまま流用した、白シャツとジーンズのシンプルなセット。
そして問題の蓮花はというと、肌が丸見えになる程、ざっくりと背中が開いた丈の短い白いトップス。鎖骨も背中もヘソも全開の、よほど自分のスタイルに自信がないと着こなせないような代物だ。下はデニムのショートパンツ。恐らく、布で覆われている面積の方が少ないだろうという出で立ちだ。
「……なによ、ジロジロ見て。気持ち悪いわね」
「いやお前、なんて格好して来てんだよ。張り切りすぎだろ」
「はぁ?アンタ外出てないの?どう考えても暑いでしょうが今日は」
なんともくだらない言い争いを繰り広げていると、教室の扉がガラガラと開いて池辺が顔を出した。
「2人ともそんなところにいないで教室入ろうぜ!冷房もバッチリ効いてるからさ」
池辺に優しく嗜められた2人は、渋々といった具合で教室に入った。すると、もう皆揃っているのか、クラスメイト達の視線が一斉にドアを注目する。
「2人のことだから来てくれないのかと思っちゃった。でもこれで、全員揃ったね」
1人教壇に立つ陽野がニッコリと笑う。
部活の途中で抜けてきた生徒もいるのか、ゼッケンやユニフォームを着て座っている者も何人かいる。
「さ、それじゃ始めようか。文化祭は橘高校の行事で最も盛り上がるイベントだ!気合い入れて最優秀賞狙うぞ!」
教壇に戻った池辺が進行を始める。
やはりこのクラスを取りまとめるのは、学級委員の池辺と陽野の2人。彼らの様子を伺うに、相当張り切っている。
「まずは1日目のクラスの出し物なんだけど、なにか意見がある人いる?ウチらの出店ブースはB-8 で端なの。ちょっと運が悪かったって感じ。で、隣が2年7組。皆藤先生のクラスね」
陽野が黒板にチョークでレイアウトを描いて説明する。入口としては1番大きい正門からは少し距離があるB 列の最奥。彼女が言うように、少し目立たない場所だと言える。
「やっぱり食べ物で勝負だろ!」
「たこ焼きは!?ポテトでもいい!」
「いいや、夏なんだからかき氷でしょ!」
「俺たちは去年カステラでいい線いったぞ!」
次々と候補が飛び交う。
確かに総一郎が想定していたより、クラスの皆は文化祭に熱が入っているようだ。
なにしろ初めての経験で右も左もわからない。そんな彼に、親切に解説してくれる人物が現れた。
自慢げに胸を張る男、前田だ。
「久しぶりだね、僕の永遠のライバル。橘高校の文化祭については、僕が手取り足取り教えてあげるよ!」
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