第16戦【お姉さんとデート】

総一郎からの連絡を受けてお構いなしに部屋に上がり込んでくる楓。

両手にはレジ袋に溢れんばかりの水や食料。バイト上がりに買い込んできてくれたのだろう。楓はベッドの側にドサッと荷物を下ろすと、高熱でダウンしている総一郎の顔を覗き込んだ。


「あれれ?いつもの威勢がないなぁ。本当にしんどいんだ」

「見ての通りだよ。まあその、色々買ってきてくれてありがとな。この借りはまたどこかで返す。風邪かもしれないし移すと悪いから今日はこれで……」

「ん~?帰らないよ?せっかく君の部屋へ合法的に侵入できたんだから。さてさて、お姉さんは部屋を散策といきますか」

「……おいっ、待てバカ!」


陽気に物色する楓。彼女は、総一郎が配信活動をしていることをしている数少ない人物だ。=筑前煮キングに到達すると、また少々厄介なことになる。楓には恩があるが、それとこれとは話が別だ。


しかし、天真爛漫な彼女を止めようにも身体が動かない。そのまま楓は嬉々として回遊を続け、やがてある物を指差して興奮する。


「え、凄い。トロフィーまであるじゃん。趣味でゲームやってるだけかと思ったら……」


楓の標的となったのは、総一郎がチームに所属して競技シーンを暴れ回っていた頃に、全日本で1位を獲得した際のトロフィーだった。


「別に大したことない、たまたま貰ったから飾ってるだけだ」

「大したことあるよ、お姉さんは人生で表彰なんかされたことないんだぞ」


日本1位などというとまた面倒な展開になる。楓がゲームに疎いと踏んで適当に誤魔化していたが、彼女からそれ以上の追求がないので上手くいったようだ。


楓はそのままパソコン周りに移動していく。総一郎にとっては危険な証拠の宝庫だ。なんとしてでも阻止しなければならない。


「ねえ、あたしもゲームしていい?」

「ダメに決まってる。なにしに来たんだよ」

「寂しい君のお世話しに来てあげました。このパソコンってどこで電源つけるの」


総一郎の声は右から左へ、楓はパソコンをつけようとその長身を屈めた。

パソコンが青く光る。そしてすぐにモニターに壁紙が反映された。



「なんで筑前煮なの?」



楓の困惑した声。そして、彼女の口から『筑前煮』という言葉が飛び出したことで、総一郎は反射的にベッドを飛び出した。

彼は自身の『筑前煮キング』という活動名に少なからず愛着を抱いている。パソコンの壁紙を筑前煮の小鉢にするほどだから相当だ。


「その……好きなんだ。筑前煮」

「ふ~ん、声が震えてますけど?」


総一郎の反応を面白がる楓。彼女はチェアを陣取って、マウスを掴もうと手を伸ばす。ここから先は、未だ誰にも伝えていない領域だ。総一郎は脊髄反射で楓のか細い腕を掴んで操作を中断させる。


「なに?あ、もしかしてえっちな画像たくさん保存してる変態さんなんだ?」

「黙れ。つべこべ言わずにそこから離れろ」

「はいはい、君の仰せのままに……」


楓が従うフリをして立ち上がると、総一郎は掴んでいた手を解いた。聞き分けがよくて良かったと胸を撫で下ろしたその瞬間、楓は立ったまま再びマウスに素早く手を伸ばしたのだった。


「な~んて!お姉さんがそんな簡単に言うことを聞くと思ったか。必ずや君の秘密を……」


楓がマウスを操作しようと握った時、総一郎は彼女の華奢な身体を背後から羽交い絞めにして身動きを封じたのだった。


「えっ、ちょっと。そんな引っ付かれると暑いんですけど、なんて。ヘヘッ……」

「こうでもしないと言うこと聞かないだろ。全く、病人を疲れさせるなよ」

「わ、分かったから!もう詮索しないから、一旦離そう?ね?」


いつも年上の余裕をチラつかせてくる楓が、珍しく目に見えて動揺していた。顔を真っ赤にして訴える頼みを聞き入れ、総一郎は彼女を解放する。


「へ、へえ。奥手に見えて積極的なとこもあるじゃん!」

「誰のせいだと思ってる。俺が頼んだのは買い出しだけだ」

「でもでも、買い物させたらはい帰って、ってそれは都合良すぎじゃないですかぁ?お姉さんのお願いもひとつくらい聞いてくれないと、釣り合わないなぁ」

「……お願いか。俺にできることなら聞いてやるけど」


すると、楓は顔を赤らめながら提案する。


「じゃあ、あたしと1日デートすること」

「……は?」

「だから、あたしとデートするの!それでこの前看病してあげた時と今日の貸しを全部チャラにしてあげる。君に拒否権はないからね」


確かにこのところ、総一郎は楓に頼りっぱなしだ。今日の恩もある。仁義を重んじる彼には断ることができなかった。


「デートって……なにするっていうんだよ」

「それを今から連絡取り合って決めちゃおうってわけ。夏休み中には実現できるようにね!分かった?」

「いったいなにを企んでるのか知らないが、それがあんたの望みなら聞いてやらないこともない」

「企んでるなんて人聞き悪いなあ。あたしは君とお出かけしたいだけなんだけど」


バイト上がりで時刻も遅い。内心は帰って欲しそうにしていた総一郎のことを察して、楓は床に置いていたトートバッグを担いで帰る支度を始めた。


「じゃあお姉さんはコレで帰るけど。寂しくなったらいつでも呼ぶんだぞ。あとデートの日程とか決めたいからメッセージ送るけど、ちゃんと返してね」

「はいはい、分かりましたよ。まあなんだ……今日は助かった。ありがとう」


楓が買ってきてくれた、栄養補給のゼリーを吸い上げながらボソボソと答える総一郎。ハッキリ目を見て話さないのは、彼なりの照れ隠しだ。


「これ、今日は買ってきてくれた分」


そう言って総一郎は指の間に1万円札を挟んで差し出すが、楓は断固として受け取るのを拒否した。


「いい、いい。これはお姉さんからの奢り。ありがたく受け取り給え。じゃあ、また連絡するから」


そうして彼女はドアを開け、ガチャリという音を最後に、部屋にはまたいつもの静寂が訪れた。いつもはなんとも思っていなかったが、賑やかな人間がひとたびいなくなると、こうも孤独が押し寄せる。


「うっ……しんど。そういえば39度の熱があったの忘れてたぜ」




総一郎の住むマンションを出て、自宅へ帰る途中の楓の足取りは軽かった。軽快にスキップなんかしながら、鼻歌まで歌う始末。


「……だっていきなり抱き着いてくるんだもん。さすがにビックリしちゃった、反則だよね」


マウスの操作を阻まれた時に後ろから密着された時のことを思い出し、彼女は密かにときめいていた。部屋では勘付かれないようにしていたが、誰の視線も気にすることのない暗闇。今は思う存分、口角を曲げている。


「あたしも勇気出してデートの約束取り付けられてよかった。でも不思議だなあ、こんなに邪険に扱われてるのに」


楓は橘高校の2台巨頭なんて呼ばれる程、男子からの人気は高い。彼女に好意を寄せる男子生徒から日々告白を受けている彼女だが、断り続けている。

そんな楓が興味を抱き始めたのが、まるで女性に関心が無さそうに振る舞っている総一郎だというのだからなんとも報われない。


「あたしって追われるより追う恋の方がいいのかも……なんて。そもそもあの子って人を好きになったりすることあるのかな。恋愛よりゲームや配信が命!って感じだし。ま、でもそんなことばっかり考えてても意味ないか」








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