第17戦【実は話してるんだけど】
総一郎が熱中症と思しき症状から完全に復活できたのは、楓が部屋に来た日から2日後だった。無駄にした期間を取り戻さんと、総一郎はすぐに配信活動に勤しんだ。
彼が頻繁に取り組んでいる国内で人気沸騰中のバトルロワイヤルゲームには、ランクシステムなるものがある。文字通り自分の実力がランク付けされるシステムで、同じランク帯の者のみとマッチングする試合の中で、上位を収め続けた者だけが更に上のランク帯へ挑戦できる権利が与えられる。
「危ねぇ~。今シーズンもなんとかマスター到達か」
ランクのシーズン終了間際、総一郎は滑り込みで目標を達成することができた。マスターランクは、全プレイ人口の上位1%に該当する猛者の証だ。その上にグランドマスター(上位500人)が存在するのだが、生活の全てをゲームに捧げる勢いで時間を費やさなければ到達するのは難しい。学業や他のゲームの配信なども考慮すると、総一郎には現実的でない。
シーズン最終日ということもあってか視聴者数はいつもの1.5 倍程度に盛り上がり、マスターに到達した時はコメント欄の流れも過去最高の速さで流れた。
張り詰めた空気をともに味わうことのできる臨場感に一体感。視聴者と喜びを分かち合えるこの場所が、配信の真髄だ。総一郎は長らく体感していなかったこの快感を再び脳に刻み込んだ。
(配信って、なんて気持ち良いんだ……。脳内麻薬がドバドバ出てるなこりゃ、夏休みはコッチに多少注力しても文句はないだろ)
そうして大盛況となった筑前煮キングの配信だったが、彼の心を揺るがす事件が起こったのは配信が終わった後だった。
あれから音沙汰の無かった ai との会話。彼女から連絡が来たらすぐに分かるように、通知を入れてある。そしてその通知音が鳴ったのだった。
『配信見てたよ、マスター到達おめでとう』
記されていたのはその一文のみ。久しぶりの連絡にしては偉く淡白だが、総一郎は飛びついた。即座に頭を回転させて返信の内容を練る。
『観てくれてたのか、ありがとう。ギリギリセーフって感じだけどな。それよりさ、そろそろ1回話したいんだ。お互い近況報告とかあるだろ、電話でもいいから』
普段、女性に対して積極性を見せない総一郎が、珍しくストレートに想いを伝えた。
いま話している『ai』と名乗る人物が、幻でないか証明が欲しかった。孤独に喘いでいた当時の彼を支えてくれた『ai』なのかどうか。
だが、彼女からは思いもよらぬ答えが返ってきた。
『嫌だなぁ、まだ気づいてくれないなんて。実は、筑前煮キングくんとはこの間話してます。しっかり声まで聞きました。ai が誰だか分かったら、連絡して』
思わず腰を抜かして後方へ仰け反った。
(俺は既に『ai』と話しているだと……?橘高校の誰かか、いや待てよ。仮に筑前煮キング=財津総一郎に誰かが気付いたとしても、=sou であることは誰にも漏らしていないハズだ。偶然、橘高校で再開したという可能性も……考えても無駄か)
総一郎は最近話した女性との会話を思い出そうと試みたが、すぐにそれが無駄だと分かった。会話の内容までは精査できない。謎解きは、これからだ。
「いずれにせよ声まで聞いたということは、俺の周りの近しい誰かが『ai』でもあるということだ。皆目見当つかないが、気がかりだ。どうにか解明したい」
向こうからヒントは出してくれている。故に、これからは彼女たちの一挙手一投足に注意する必要がある。
「そっちがその気なら、受けて立つぜ。必ず正体を暴き出して、こんな回りくどいことをした理由も含めて問い詰めてやる」
またとある日。この日、総一郎は本屋に出向いていた。
というのも、人気ゲーム雑誌で実施された『いま勢いのあるゲーム配信者』という読者アンケートで、筑前煮キングが堂々の3位にランクインしたのだ。
加えて、上位3名には特別にインタビューのコーナーもあり、総一郎も例外なく少し前に取材を受けてきた。その取材の内容が載っている雑誌が今日発売だというのだから、記念に1冊買っておこうという魂胆だ。
駐輪場へ自転車を止めて中へ。自転車を少し漕いだだけでも汗が伝ってくる。外に出るのを躊躇ってしまう程の、輝くような快晴だ。
最近は世間からのゲームへの風当たりは柔らかくなってきた。ゲーム関連の雑誌が、デカデカと入口正面の一番地を飾っている。
「……これだ」
表紙には萌依の少し過激なコスプレのグラビア。此度のアンケートで他の配信者に大差をつけて1位を獲ったのは萌依だった。筑前煮キングの特集が3ページであるのに対して、萌依は大胆に20ページもの特集が組まれている。
先のSTREAMERカップを起爆剤に、萌依の人気は飛ぶ鳥を落とす勢いだ。
総一郎はペラペラとページを捲りながら、萌依の質疑応答のコーナーを見た。
Q.ズバリ、彼氏はいますか?
A.いません!笑 ただ、配信者として好きな人は沢山いますよ! 中でもあたしが敬愛している配信者さんがいて、この前のSTREAMERカップでもお声がけしたのですが、大人の事情で一緒に出場すること叶いませんでした。笑
この文を読んだ時、総一郎は胸がドキッと高鳴った。出場辞退の件を知っている者だけが理解できる。
(いいや、自惚れか。俺以外にも沢山声をかけていても何ら不思議じゃない)
他人からの好意に慣れていない総一郎は、また自身のこと卑下して目を背けた。
そして自分のインタビュー記事に目を通そうと思ったその時だった。総一郎の背後から名前を呼ぶ声が聞こえて、彼は腰を抜かしそうになった。
「財津くん?奇遇ですね」
「杉本……!なんでお前がここに!」
「なんでって、私が本を買いに来ちゃマズいですか?参考書買いに来たんです。まだ2年生ですが、受験勉強に備えるに越したことはありません」
「偉いな。参考書のコーナーはあっちだぞ」
総一郎は手に持っていた雑誌を背中に隠し、どうにか彼女に『筑前煮キング』の文字を見せないように努めた。だがそんな努力は虚しく泡沫に消える。
「……というのは建前でですね。本当の目的は、今日発売のゲーム雑誌にキング様のインタビュー記事が載っているので、それを拝みに来たのです!さあ財津くん、そこを退いてください!」
「ああ、お前の好きな配信者な。じゃあ、俺は用があるからこれで」
彼女の口から筑前煮キングの名前が出た以上、この場に長居するのは得策ではないと瞬時に判断した総一郎。そそくさとレジに向かって退散しようと試みたが、それも叶わなかった。
「えっ!財津くんの手に持ってる雑誌、それです!なぜ財津くんがそれを?」
「……ッツ!」
上手く隠しているつもりだったが気づかれた。慌てた彼は、上手い言い訳も思いつかずに適当に誤魔化した。
「お前があんまり布教してくるもんだから配信観てみたんだよ、そしたら面白くてハマっちゃって。俺もゲーム好きでよくやるし……」
「えぇ!そうだったんですね!どうしてもっと早く言ってくれなかったんですか。しかしあの財津くんが雑誌までチェックする程キング様の沼にハマっているなんて、流石はキング様です……」
「……別にこの記事の為に買っている訳じゃない」
「いやいや、でも嬉しいです。私はまた、財津くんが萌依さんのファンなのかと勘繰ってしまいました」
瑞樹に指摘されてから、その方が言い訳としては自然だったな、と後悔したがもう時すでに遅し。これからは筑前煮キングのファンとして生きていくことになった。
(まあこれで多少ボロを出してもファンだからって理由でなんとかなるか。にしてもしっかり雑誌までチェックしてるとは、コイツの筑前煮キングへの熱量は半端じゃないな)
総一郎などもう視界に入っていないという具合で、食い入るように雑誌に夢中になっている瑞樹。そんな彼女を横目に、総一郎はひとつ仮説を立てた。
(もしかして、コイツが『ai』なのか?)
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