第30話 昔話

 一、


 左近は自宅の縁側でちびちびと酒を舐めながら洗濯物を干している霞を眺めている。


「左近様。どうぞ」


 そこへ、茜が焼いたするめを持ってきた。


「おっ、すまんな」


 それを噛りながら左近はしみじみと声を上げた。


「はあ、幸せだ」


 筑波山中の悪霊を退治した左近だが、あかしが薄いと云う事で報償金はまだ払われていなかったが左近の心は満たされていた。


 日に日に左近の中で悪霊を退治したと云う気持ちは強くなり、それも亡き養父。鉄山の助言で退治できたと、久しぶりに鉄山との絆を感じられたと喜んでいた。


 そして、彦佐共々無事に生きて帰り、昼間から酒を飲み愛妻の後ろ姿を眺められる事はつくづく幸せだと感じいっていた。


「彦佐。お前もこっちに来て酒飲めよ」


 幸せのお裾分けと彦佐を誘ったが、彦佐は忙しなく庭木の手入れをしている。


「まだ手入れの途中ですよ」


「一服だ。するめもあるからこっちに来て休め」


「こき使うならともかく、仕事をさぼれと言う雇い主は珍しいですよ」


「そうですよ。働き者の彦佐さんを左近様のようにぐうたらにしないで下さい」


 霞も左近を嗜める。


「酒を少し飲んだ所で罰は当たらんぞ」


 そこへ茜がお茶と落雁を持って表れた。


「お茶を持って来ました。休憩にいたしましょう」


 霞も彦佐も集まってくる。


「左近様のお茶もございますよ」


「茜はほんとに気が利くな。彦佐には勿体ないぞ」


「彦佐さんも気が利きますよ。働き者の彦佐さんをけなすと左近様こそ罰が当たりますよ」


 また霞に嗜められた。


「たーしかーに」


 すんなり認める左近を彦佐が


「ほんと兄貴はへそ曲がりなんだか素直なんだか分からないですよね」


「ははっ」


 笑いが起きる。


「しかし、悪霊退治の報酬金はいつ貰えるんでしょね」


「まあ、悪霊が一年も出なけりゃあ、貰えるんじゃねぇのか」


「でも、確たる証は無いのですよね」


 茜の問いに


「だんだんとやったと云う気持ちになってきたよ。それに」


「それに?」


「久しぶりに養父おやじに会えた気がした」


 お茶を煽りながら左近が答えた。


「余りおやじさんの話しをしたがらない左近様が珍しいですよね」


「そう言えば。あまり昔の話しをしませんよね」


「何かあったのですか」


 皆にせめ立てられ


「別に話したく無い訳では無いが、昔の事にこだわりも無いし、昔の自慢話をする奴は嫌いだからな」


「えー、じゃ何か話して下さいよ。おやじさんの話しとか隠密になった頃の話しとか」


「あー、それ聞きたいです」


「私も聞きたいです」


「んー、長くなるぞ。長話しも嫌いなんだよな」


「ならば。中に入り、ゆっくりと話しを聞きましょう。彦佐さん手入れは済みましたか」


「はい、大体は」


「酒も飲みましょう」


 顔をしかめた左近が


「人の話し聞いてねぇな。長話しは嫌いなんだよ。それと、なんで酒飲むんだよ」



 二、


 客間には酒といくつものつまみが用意されて、ちょっとした宴会のようになっている。


「お邪魔致します」


 半兵衛と桐丸も入ってきた。


「なんでお前らも来るんだよ」


「いやー丁度、屋敷の前を通ったので挨拶をしたら、左近殿の昔話しを聞けると云う事で、珍しいと思って、なあ、桐丸」


「はい、興味がありますよ。左近様の隠密になった経緯いきさつは」


「もう話す内容も決まっているのか」


 すると又、戸が開き


「すいません。遅れました」


 柳生慶之助も入ってきた。


「誰に呼ばれたんだよ」


「霞様。それは幻の会津の酒ではありませんか?」


「はい、父に頂いた。こんな時に飲もうと取って置きました」


「まろやかですね」


「凄くおいしいです」


「霞様。お刺身、届きましたよ」


 左近は目を細めて


「誰も人の話しを聞いてねぇよ。こんなに敷居を上げられてもおもしろい話しなんて一つもねぇぞ」


「左近様。それではお願い致します」


「はぁー、」


 ため息をついた左近が話しを始めた。

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