第28話 悪霊退治(前)
一、
左近は老中の使いである村上角ノ助と話をしている。
「まほろば館?」
「はい、筑波山脈に舘山と云う山が在りましてそこの中腹にあると言われております」
「おりますとは?」
「大勢で何度も山狩りをしても見つける事が出来ないのです」
「それはその舘が元々無いんじゃ無いですか?」
彦佐が口を挟む
「だが、剣客が少人数で訪れると帰って来ないのです。それに一人だけ、ある剣客の供に付いて行った忍びが生きて帰ったのです」
「ほう」
「その者は崖から川底に落ちて助かったのですが、確かに舘は有り、主人は公家と戦って斬られたと」
「離れた所から援護して居たのですね」
頷いて角ノ助が話しを続ける。
「主人が斬られた後、その公家と老召し使いに追われたのですが霧の中で足を踏み外して川底に落ちて助かったそうです」
「相手は公家なのか?」
「そのような格好をしていたと、後」
「後?」
「その動きは物の化の
「物の化は斬れねぇぞ」
「退治するの名乗りでた者もおるのですが一向に帰って来ません」
「あっし達も帰って来られませんよ」
そう言われて角ノ助は懐からお札を取り出した。
「比叡山から取り寄せた強い念のこもったお札です」
左近はそれを摘まんで
「これで何とかしろと云うのか?」
「殿が申しますには、只、強いだけの剣客では退治は出来まい、だが左近様と彦佐殿ならばあるいはと」
「いやいや、感で化け物退治をさせるなよ」
「ですから、このお札も」
「それ、役にたつのか」
「恐らくは」
「恐らくったって、なあ彦佐」
左近が彦佐を見るが、彦佐も困っている。
「報酬はいくらなのですか」
「千両です」
左近は驚いて
「なっ、千!!、化け物退治したらか?」
「はい、剣客達の家族や大名、旗本、地元の者から退治して欲しいと随分金が集まったようです」
左近はにたりと笑みを浮かべて
「彦佐、やるぞ化け物退治」
「兄貴、いくら千両って言ったて死んだら元もこうも有りませんよ」
二、
「地元に伝わる話しではその舘山と云う山には昔、京を追放された公家がその地域を治める領主に匿われ舘を建てて住んでいたそうです。
剣の腕に覚えがあり。色々な剣客と交流を交わして時には浪人などを舘に住まわしていたそうで、それを驚異に感じた京の公卿達が軍勢を差し向けて舘もろとも公家様を焼き討ちしたという伝説があって、その公家様の亡霊なのだと噂が立っています」
「戦って死んだなら、そんなに恨まんでも良いだろう」
「それが公家達が強いのを知っていたので騙し打ちにしたそうです」
「騙し打ち?」
「天子様からだと毒の入った酒を送り、毒で弱った所を襲撃したそうです」
「ふーん、そりゃあ、悪霊にもなるか」
柳沢半兵衛は供に桐丸を連れて久方ぶりに左近の家を訪ねた。
「ご免下さい」
「半兵衛様」
廊下の拭き掃除をしていた霞と茜が振り向く
「霞様。お久しぶりです。左近殿に会いたいのですが」
霞は立ち上がって
「左近様なら彦佐さんと一緒に成田に修行に参りましたが」
「成田にですか?」
「ええ、法力を高める為に」
半兵衛は少し驚いて
「すると、左近殿が悪霊を退治すると云う話しは本当なのですか」
「はい、危なく無いかとお話しをしたのですが、過去にも鬼や悪霊を退治した侍は沢山居ると」
「半兵衛様は左近様達が悪霊を斬れると思いますか?」
茜の問いに半兵衛は少し考えて
「左近殿と彦佐殿ならあるいは」
そう答えた。
三、
左近と彦佐は成田の寺の護摩堂で断食をしていた。
「あーあ、腹減った」
だらしなく寝そべる左近をよそに彦佐は座禅を続けている。
「よく気力が持つな。何にも食ってねぇのに」
「忍びの修行も我慢ばかりですからねぇ、徳の高いお坊様に指導して頂けるのなら空腹なんてどうという事もありませんよ」
「俺は剣士だ。腹が減っては戦にならんぞ」
「兄貴が法力を得たいと修行に来たんでしょうが」
「仕方がねぇな」
左近は起き上がり又、座禅を組んだ。
左近と彦佐は舘山に向かって歩いている。
左近は歩きながら団子を頬張っている。
「よく喰いますね」
「断食したからな、法力を高める為とは言え腹が減っては戦は出来ぬぞ」
「折角、身を清めたのに法力も下がりますよ」
「まあ、札もあるし刀もお祓いして貰ったし、切り札も考えたぞ。やれる事はやった」
言った後、左近は振り替えって
「彦佐。今回は付いて来なくてもいいぞ」
「どういう意味ですか?」
「断食中に考えたんだがな。もしも何かあった時に誰が茜や霞を守るかと、金のありかは霞に言ってある。もし俺が死んでも三人で仲良くやってくれ」
「どうしてそんなに千両にこだわるんですか?今でもあっしは幸せですよ」
左近は空を見上げて
「先の事を考えたらよ。家を建て直したいなと思ってな」
「庭さえありゃあ、家は狭くても良いと言ってたじゃ無いですか」
「道場を作ってな。それに敷地の中にお前達の家を造りたいんだ」
「えー、今のままでいいですよ」
彦佐の住まいは左近邸から四半里程離れている貸家だ。
「今は良いだろうが皆だんだん歳をとる。そん時に近くに居た方がいいだろ」
彦佐は驚き
「そんな事を考えてたんですか、そんなに欲の無い兄貴が珍しいと思ったんですよ」
「知り合いには剣の事しか考えて無い馬鹿も多いからな。いざと云う時の為に奴らの泊まる所も用意したいしな」
「やっぱり、兄貴の根は善人なんですね」
「ていうか、死んだ
「
「いやー、厳しい師匠だぞ、あれは」
言った後、左近は空を見上げて
「ただ、愛はあったな。だから」
そこで左近は言葉を切った。
「そんな話しを聞いて、じゃあ帰りますねとはなりませんよ。兄貴に拾って貰った命ですよ」
立ち止まった左近は腕を組み
「彦佐。勘違いしてるぞ」
「えっ、勘違いですか?」
「確かに命を助けたが、それはお互いさまだ。
彦佐が後ろに居るから俺も安心して戦える。何度も助けられて居るのは俺の方だ。
この際だから言って置く、彦佐殿。今までありがとう」
頭を下げる左近に彦佐は涙目になりながら
「もう絶対付いて行きますからね。もし二人で死んでも霞様や茜は裏柳生だから幸せに暮らしていけますよ」
「彦佐!」
「兄貴!」
二人は抱き合って往来の人目もはばからずにおいおいと泣きはじめた。
「大好きですよ。茜の次に」
左近は少し驚いて一度離れたが頷きながら
「俺も大好きだぞ霞の次に」
叫ぶ二人を遠くから見ている者が居た。
「あーあ、人目も気にせず抱き合って叫んでいますよ」
「それ程に二人の絆は深いのか、だから強い」
桐丸は振り替り
「感心しているのですか?」
「桐丸はあの二人を相手に勝てる自信がありますか?」
「んー、左近様だけでも厄介なのにその後ろに彦佐殿がいたら勝機は見えませんね。
私も小刀を投げるから分かりますが、彦佐殿はくないを同時に何本も、しかも緩急をつけて投げますからあれを躱すのは至難の業です」
「私と桐丸、二人で戦っても勝てる自信はありませんよ。それ程にあの二人は強い、だから悪霊も退治できるんじゃ無いかと」
「ならば何故、様子を見に来たのですか」
半兵衛はんー、と声を立てて
「もしあの人達に何か有ったら、大事なお茶飲み友達が減りますからね」
「何かあったとしても私達に何か出来るのでしょうか、逆に私達も殺られてしまうのでは?」
「そうですね。桐丸は来なくても良いですよ」
「いえ、私の命などどうでも良いのですよ。半兵衛様が居なくなっては口伝会が困ります」
それを聞いて半兵衛は笑いながら
「それで死んだら私もそれまでの男です。それに私が居なくても口伝会はやって行けますよ」
「どうしてそこまで」
言葉の詰まった桐丸に半兵衛は
「あの人の居ない江戸はつまらない」
そう笑顔を見せた。
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