第27話 免許皆伝(後)
一、
待ち合わせ場所である。南湖の荒れ野に向かうと勝一郎達が待っていた。
「ぞろぞろと居るねぇ」
「これで全員ですかねぇ」
案内の甲衛門達を加えて総勢九人。
用のある二人を抜いた全員だ。
「左近様。大丈夫なのか」
結局、紋次郎も心配で付いて来た。
只、左近達にばれないように離れて様子を伺っている。腰には惣吉郎の形見である刀を差している。
「貴殿が勝一郎か?惣吉郎から話しは聞いていたぞ」
左近の言葉に勝一郎は鼻を鳴らして
「どうせ、悪口であろう」
「出来の悪い息子でも親は可愛いもんだ」
「ふん、やはり悪口だ」
勝一郎は兵内を見て
「この兵内殿と立ち合って貰うぞ」
左近は兵内の立ち姿を上から下まで見渡して
「そいつは俺より強いのか?」
「江戸で評判の剣豪が知らぬが、奥州にも強い者はおるぞ」
「そりゃあ、楽しみだ」
兵内は前へと出て
「お主を倒せば拙者の名も上がるな。そしたら江戸で道場でも開くか」
「おお、そうしろ。ここで燻っているよりはましだろう」
双方、正眼に構えた。
兵内は様子を伺いながらじりじりと左近に滲み寄る。
「今にも突いて来そうだ」
左近は間合いを取り、隙を見る。
「何の自信だ。そんなに強そうにも見えんが」
「はーぁ」
兵内が袈裟斬りで仕掛けてきた。
左近が下がって身を躱したが瞬間、兵内の刀が伸びた。
「ひえーっ、あぶねぇな」
左近はぎりぎりで何とか躱した。
用心をして少し大きめに引いたのだが少し襟を斬った。
「くそっ、後、少しの所を」
兵内が歯ぎしりをする。
兵内の刀は止金を外すと刃先が少し伸びるように細工がしてあった。
滲り寄って相手に引いて躱すように仕向けてから伸びる刀で斬る。これが兵内の剣、
長沼流奥義、伸刀斬りだ。
躱わされた兵内はすかさずに斬り下げた刀を返して、今度は下から逆袈裟で斬り上げた。
「二度目はねぇぞ」
左近は屈みながらそれを容易く躱わして間合いの中に入り、兵内の胴を抜いた。
「ぐぅっ、」
兵内が悶絶して倒れた。
「刀に細工する前にもっと基本の修練をした方が良い、動きが遅いぞ」
周りがざわざわと騒ぎだした。
「兵内殿が殺られた」
「あやつ、本物だぞ」
「これは、敵わぬぞ」
勝一郎は苦虫を噛み潰したような顔になり
「くそっ、」
と呟いた。
二、
その時、紋次郎が飛び出して来た。
「兄上」
「紋次郎!」
「もう止めて下さい。左近様は我らの剣の宗主ですよ」
「だから何なのだ。邪魔する者は倒す。これが世の習いだ」
「それ程言うのなら、私と真剣の立ち合いをしましょう」
紋次郎は刀の柄に手を掛けた。
「ふん、おもしろい、儂に勝てると思っているのか」
「こうしなければ。兄上を止められますまい」
勝一郎は左近を見て
「これは、兄弟の死闘だ。勝ったら好きにさせて貰うぞ」
左近は紋次郎を見て
「それで良いのか?」
「はい、我ら兄弟の争いにこれ以上、左近様を巻き込めません」
左近は決意の硬い紋次郎の表情を確かめて一度、目を閉じ
「分かった」
そう返事してから周りを見て
「これは二人の戦いだ。手出しはならん。邪魔する者は斬る」
甲衛門達に圧を加えた。
その言葉を聞いて紋次郎と勝一郎は刀を抜いて向かいあった。
「兄上。今からでも刀を収めてまっとうに生きて下さい、私と父上の仕事を受け継いで蝋燭絵師をやりましょう」
「幼き頃から最強と云われる剣を学んだのだ。何が悔しくて蝋燭絵師なんぞにならねばならぬ。親父もそれが嫌で江戸に出たのだろう」
「父上は戻って来ましたよ」
「気づいたのだろう、己には才能は無いと」
「年老いた親の為です」
「少しばかり剣の腕を誉めれたからといい気になるな。儂は貴様を倒してこの腕でこれからも伸し上がってやる」
「どうしてもやるのですか、人も斬ったと聞きました」
「何が悪い。人として生まれて、学んだ力を使い高見を望んでいるだけだ」
「他人を犠牲にしてまで、伸し上りたいのですか」
「弱い奴は強い者に食い物にされる。当たり前の事だ」
「もはや人では無い」
紋次郎は呟き、唇を噛んで
「せめて、私の手で父上の元に」
そう言って紋次郎は刀を八相に構えた。
勝一郎はちらりと左近を見て
「約束は守って貰うぞ、儂が勝ったら屋敷も貰い、好きにさせて貰う」
左近は腕を組んだまま
「分かっている。勝てると思っているのか」
「勝てるさ、親父は紋次郎の方が才能があると言っていたが、所詮は愚直な剣。実戦を重ねた儂には敵わぬ」
「どうだろうな」
左近の言葉を聞かぬ内に勝一郎は上段に構えた刀で紋次郎に斬り掛かった。
素早い上からの上段斬り、
意表を突かれた紋次郎だったがすっと身を引いて躱わしたがすぐに勝一郎が突いて来た。
ぎりぎりでその太刀を躱すが、今度突いた刀を横に振ってきた。堪らずに刀で弾く
「流石は兄上、だが」
紋次郎はぎゅっと刀を握りしめた。
「相討ちでも兄上を斬る」
紋次郎の目付きが変わる。
その目を見た勝一郎は
「ふん、真剣の勝負も知らぬくせに、実戦の恐さを見せてやる」
言った後、刀を上段に高く構えると
「きぇーい」
大声で叫び、紋次郎を驚かせて斬り懸かった。
それを見た左近は目を細めて
「力業か、舐めすぎだな」
一瞬だった。
紋次郎は素早く踏み込んで下から逆袈裟で勝一郎の胴を抜いた。無双流の得意業だ。
「ぐぉっ、」
勝一郎が悶絶して倒れた。
「見過ったか、お主の弟は剣の天才ぞ」
左近が呟き
紋次郎が勝一郎に近付き抱き上げた。
「兄上、」
勝一郎は虚ろに斬られた腹に手を当て両手を広げて血の量を確かめた。
「随分と斬られた。もう助からぬな。これまでか」
そして紋次郎を見て頬に手を当てて
「見事だ。紋次郎」
そう言って息切れた。
「兄上!」
紋次郎が叫ぶ
その様子を見ていた左近は
「お主らの頭は死んだ。ここから引いて、この先の相談をするが良い」
甲衛門は手を上げて
「引くぞ」
残った者達に指図した。
そして、甲衛門を見つめて何かを言おうとした左近に
「分かっておる。頭が死んだ以上、紋次郎殿に関わる必要も無い、命も惜しいしな」
そう言って仲間と共に兵内の遺骸を持って去って行った。
紋次郎は勝一郎の遺骸を抱きしめながら涙を流している。
近づく左近に気づくと
「これで良かったのでしょうか」
左近は振り向いた紋次郎の肩に手を当てて
「剣で人の道を外した者は誰かが斬らねばならぬ。勝一郎は幸せ者さ、身内の弟に斬られたのだから、己の思うままに生きた人生に満足したんだ。
だから最後はお主を誉めていただろう」
「そうですか、兄上は満足をしたのですか」
紋次郎は強く勝一郎の死骸を抱きしめた。
三、
勝一郎の葬儀も終わり左近達が旅立つ日が来た。
「そんなに持てませんよ。江戸まで遠いんですから」
絵蝋燭に始まり、白河名産のそばやだるま、昼食のにぎりめし、おやつの団子。
さらには漬物の入った重箱など張り切った八重が彦佐に荷物を次々と持たせている。
見かねた左近が
「だるまは大きいからいらん。縁起物だが、ここに飾って置いてくれ。
後、漬物もいらんぞ。団子も茶屋で喰うからいらん」
「でも、せっかく用意したのに、団子も旨いだで」
「彦佐。団子は今、喰っちまえ」
「こんなに喰えませんよ」
彦佐は団子を二本を口に入れて残りを弥吉に渡した。
「左近様。本当に色々とありがとうございました」
「ああ、良い所だからな。その内、また来るよ」
「ぜひ」
紋次郎は改まり
「これからは剣を忘れて、蝋燭絵師に専念しようと思います」
左近はにたりと笑みを浮かべて
「それもいいさ。免許皆伝だからもったい無い気もするがな」
「えっ」
免許皆伝の言葉に紋次郎は驚いたが
「私に斬り合いは向きません」
即座に辞退をした。
「そうだな。只、刀の手入れだけは忘れるなよ。あれは良い刀だ」
「分かりました」
「じゃな」
「お達者で」
「また、うどん持って来て下さいね」
「彦佐さん。また酒を飲みましょう」
「ぜひとも」
紋次郎達、三人に見送られて左近と彦佐は江戸へと旅立った。
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