第25話 天狗党ノ続
左近と彦佐は今日も大池で釣りをしていた。
「全然、釣れませんね」
「そうだな。それに日が陰ると結構寒いな」
そう言いながら左近は酒瓢箪を煽っている。
「兄貴、飲み過ぎですよ。釣りになりませんて」
「いや、寒いし暇なもんで、ついつい」
そして酒を飲み干してしまうと
「彦佐、酒を買って来い」
「大丈夫ですか?そんなに飲んで」
「寒いから全然、酔えねぇよ」
全然、酔った様子の無い左近を見て彦佐は
「ついでに何か食べる物も買って来ますね」
そう言って買い物に出掛けた。
酒も無い左近は釣竿をじっと見ていたがやがて人の気配に気付いた。
「驚いたよ。こんなに近くに来るまで気配に気付かなかったなんて」
振り向くと、そこには妙齢の薬売りの女が立っていた。
「流石は左近様。気配を完全に消したつもりでしたが」
「忍びか?」
左近の問いに女は
「少し前まで貴殿方が一番探していた者ですよ」
「俺が探していた。くノ一を?」
振り返って女を見た左近は、聡明そうな顔付きで、優しく微笑むその顔を暫く見とれていたが
「女、忍び、俺達が探していた」
言葉に発しながら左近は線に繋いだ。
「まさか、天狗党の!!」
女は微笑んだまま
「天狗党の党首。お橙と申します」
頭を下げると
「お隣に座ってもよろしいでしょうか」
「ああ、」
返事をした左近はようやく竿先に目を戻した。
「驚いたぞ、まさか天狗党の親玉がこんなに若い女だったなんて。そうか、だから女郎達に施しを」
「わたくしも元は小田原を追われた食い詰め者達の子孫。酷い扱いを受けている女郎達をとても他人事とは思えませんでした」
「なるほどな」
納得した左近はお橙を見て
「それで、俺に何の用だ」
「お礼とお願いがあって参りました」
「何も受け取れぬぞ」
「正三郎様が左近様は何も受け取らぬだろうと言っていました。只、お礼だけでも言っておきたかったのです」
「あれは朽木正三郎が命掛けで勝ち取った物。礼は要らぬ」
その言葉を聞いてお橙はまたにっこりと微笑んだ。
「そんな時が来るかどうかは分かりませんが、私は神田におります。何か困った時には力になりますのでお尋ね下さい」
「覚えておくよ。後、頼みってなんだ」
「約束通り盗賊を辞めようと思います。用心棒の仕事は残りますが、これからは薬売りと人足屋。茶屋。料理宿。船宿を生業にしようと思っております」
お橙は両手を前に出し頭を下げると
「それで天狗党の名を捨てて、新しい名に変えようと考えまして」
「それで、俺に何の頼みを」
「直江左近様の名を頂きとうございます」
「俺の名を?」
「屋号を直方屋にしとうございます」
聞いた左近は頭を抱えて
「やめてくれ、何だか凄く恥ずかしいぞ。何で俺の名を」
「戒めです。二度と盗賊をしないように、そして、直方左近様に助けられた事を忘れぬように」
「いい、いい、そんな事はしなくても、それに俺だけじゃ無くて彦佐や半兵衛も居たぞ」
お橙は少し思案してから
「彦佐様に名字は無く、半兵衛様の名字は柳沢。ならば薬売りは丸佐屋。船宿などを直沢屋ではどうでしょう」
「俺と半兵衛の名を合わせて直沢屋か、それはおもしろいが、半兵衛にも断ってくれよ」
「分かりました」
返事をしたお橙は立ち上がると
「私は神田の船宿。奥多摩屋改め直沢屋に居りますのご用の時はお尋ね下さい。それでは」
お橙は去って行き、すれ違いに彦佐が戻って来た。
「凄く綺麗な薬売りに丸佐屋を宜しくと言われたんですが」
左近は彦佐から酒瓢箪を奪い酒を取ると
「恩返しの押し売りだ。久しぶりに面倒くさそうな女が来たから半兵衛に振っといた」
「へっ、半兵衛様に?」
そして、買って来た稲荷寿司を一つ詰まんで頬ばりってから指を舐めて
「近頃の
彦佐は霞や茜を思い出しながら
「ははっ、そうですね」
苦笑いをした。
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