第24話 天狗党ノ下

 一、


 左近達が宿場の外れに着くと朽木正三郎は一人で立って待っていた。


「直方左近殿か?」


「おう、お主は?」


「あんた達が探している賊の刺客だ」


 左近は辺りを見渡して


「一人か?」


「ああ、」


 正三郎が返事をする。


「よっぽど腕に覚えがあるのか」


「いや、さほど」


 左近が驚き


「はぁ、では、何故」


「勝負はやって見んと分からぬだろう」


「確かにそうだが」


 言いながら左近はちらりと半兵衛を見た。


「何を考えているのか分かりませんが、とりあえず私が立ち合いましょうか」


「いや、始めは俺にやらせてくれ」


 相手を確認した正三郎は


「まあ、本気でやるが貴殿は江戸でも指折りの剣豪。俺が負けたら頼みがある」


「頼み?」


「そう、俺が負けたら。ここに五十両ある。これをやろう、それとこの刀。これは長船だ。これもやろう」


「随分と気前がいいが、何の頼みだ」


「天狗党は義賊だ。悪い奴しか襲わぬし、弱い者を助けている。俺も元々は金で雇われた用心棒だが、天狗党のやっている事には感銘を受けた。

 剣しか取り柄が無いし、只の人殺しだが、初めて人に自慢の出来る事が出来た」


「長いな。だから何だ」


「手心を加えて欲しい、出来れば宿場の縄張しまだけでも残して欲しい、頼む」


 言いながら正三郎は土下座をした。

 その様子を見て左近は


「立て、貴殿が勝てば良い話しだ。俺も勤めだ。簡単には返事は出来ぬぞ」


「合い分かった」


 左近と正三郎は向かい合い刀を抜いた。

 双方とも正眼に構える。


「ふぅー、」


 正三郎は大きく息を吐くと左近に斬り掛かった。

 刀を左下から回して、素早く斬り込んだ。


 身体を引き、左近は紙一重で躱したが、頬を少し斬られた。


「迷いが無いな。太刀筋も冴えている」


 正三郎はにたりと笑みを浮かべて


「負けられぬからな」


 今度は上段から左近に斬り掛かる。


「ほいっと、」


 左近がその刀を受けたが、正三郎は刀を滑らせそのまま左近を突こうとした。


 左近は鍔で受け止めて刀を立てた。正三郎も鍔で刀を止める。双方が力を込めて押し込む


「ぐぐっ、頼む、殺さぬから引いてくれ」


「ふぐっ、ふざけるな。そんなに大事なら力ずくで勝ち取れ」


 双方が押しきって離れた。

 すかさずに正三郎は突いて来た。

 左近はそれを刀で左に振り払いながら後ろに引いた。


「いいな。良い突きだ」


 その様子を見ていた彦佐が首を捻る。


「うーん」


「どうしたのですか」


 隣に居る半兵衛が問いかける。


「似てますよね」


「似てる?」


「兄貴に」


 言われてから半兵衛は二人をまじまじと見て


「言われて見れば」


 そして


「ならば、左近殿は斬れませんな」


 正眼に構えた二人は双方とも少し息が上がっている。


「久しぶりだよ。こんなにひりつく立ち合いは」


 正三郎の言葉に


「そうか、俺は最近ちかごろこんなのばかりだ」


「だが、勝たして貰う」


 正三郎は上段と見せかけて変形の左手中段からの小さい逆袈裟で斬って来た。


 左近はそれを右上段からの袈裟斬りで刀を弾くと直ぐに下から切り返して正三郎の手の甲に当て刀を飛ばした。


「くぅ、」


 右手の甲を斬られた正三郎が左手で押さえた。

 そして膝間付くと


「負け申した。お斬り下され」


 そう言った。

 左近は半兵衛、彦佐を見て


「どうする」


 彦佐は


「あっしは兄貴に従いますよ」


 続けて半兵衛を見ると


「ならば、私が斬りましょう」


 刀を抜いた半兵衛が近付く


「本気か?」


 左近の言葉に


「嘘を付いている可能性も有ります」


 そう言って正三郎の前に立って刀を振り被った。


「頼む、俺の命はくれてやる。だから、手心を加えてくれ」


 言いながら正三郎が目を閉じる。


「待ってくれ」


 枯れた草むらの陰に隠れていた徳次が飛び出した。

 そして、正三郎の前に出て


「代わりにあっしを斬ってくれ」


 驚いた半兵衛が動きを止める。


「どうして、身代わりに?」


 半兵衛の問いに徳次は


「兄貴はこの天狗党に、いやこの宿場にとって大事な人だ。兄貴が死んだらこの宿場が地獄に戻る」


「だから、あなたが身代わりに」


 半兵衛は刀をしまう左近を見ると


「嘘は付いていないようですよ。左近殿」


「そうだな」


 左近は二人の前に出ると


「しょうがねぇな。今回は見逃してやる」


「本当か」


「本当ですか」


 二人の言葉に左近は腕を組んで


「だが、盗賊は辞めて貰う。まっとうな商売をするように親玉に伝えろ、もし、又、罪を犯すような事があれば今度は容赦しない」


 そして正三郎の刀を拾い、彦佐から五十両を受け取ると正三郎に差し出し


「他人の為に愛刀と全財産を差し出すなんて奇特な野郎だ。それともそんなに天狗党はいい所なのか」


 正三郎は受け取りながら


「良いのか?」


「金にも刀にも困ってねぇよ」


「かたじけない」



 二、


 左近と半兵衛は八王子の宿場を西に向かって歩いている。


「しかし、勝手に決めて、お上に報告しづらいんじゃないんですか」


 半兵衛の言葉に左近は


「土屋様は話しの分からねぇお人じゃねぇよ。それに最悪、俺が怒られりゃいい話しだ」


「そうですか」


「ただ、八王子まで出ばって来て、何にも無しじゃつまんねぇからな」


 前の方から彦佐が走って来た。左近の前に止まって息を切らせている。


「どうだった」


「見つけました。この先の高級料理屋に居ます」


「そうか、行くぞ」


「どこに行くのですか?」


 半兵衛の問いに左近が答える。


「強い者いじめだ」


「強い者いじめ?」



 三、


 高級料理屋の大広間で八王子代官、久保玄以は篠山喜左衛門など配下の者三人を連れて酒宴をしている。


 目の前では芸者が舞っている。芸者に酒を注がれながら


「ほれ、ほれ、お前達もどんどん呑め」


「はい」


 目の前には刺身など内陸とは思えないような海の幸が並んでいる。


「よう」


 そこへ、障子戸を派手に開いて左近達が入って来た。


「何者だ!」


 突然入って来た侍達に配下の一人が刀に手を掛けた。

 それを見た半兵衛がすっと刀を握って配下の前に座り


「抜いたら斬りますよ」


 その素早さとただならぬ気配に配下の者も息の飲む


「浪人の様だか何用だ」


「こちらは八王子代官、久保左衛門少尉玄以様だぞ」


 左近は玄以の前に立つと


「気にするな、こちらもお上に使える役人だ」


「役人?」


「隠密与力。直方左近様です」


 彦佐が叫ぶ

 それを聞いた喜左衛門が玄以に耳打をした。

 玄以は頷きながら


「ああ、あの老中。土屋様直属の隠密か、たしか虎を斬ったとか」


「大熊も斬りましたよ」


「ほう、で、土屋様の使いと云う事か」


「そうなりますな」


「まあ、とりあえず座られよ」


 左近は玄以の前にどっかと座ると、渡された大きめな盃を持って注がれた酒を一気に飲んだ。


「いい酒だ」


 そして、周りを見渡して


「少々、こみ入った話しになりますのでお人払いを」


「ふむ、芸者達だけで良いか」


「はい」


 玄以が目配せをすると、喜左衛門が芸者達を外に出して障子戸を閉めた。

 それを確かめた左近が話しを続ける。


「八王子の代官も大変でしょう」


「そうだな、八王子は宿場も多いしな」


「それだけ旨味を多いと」


 左近がにやりと笑うと玄以は顔を引きつらせて


「何が言いたいのだ」


「悪い噂が立っております」


「それで」


「土屋相模守様は不正を嫌うお方です」


「くぅ」


「そして、上様に気に入られておられます」


 玄以は顔色を変えて


「どうしろと云うのだ」


「この際、お役を退かれては」


「儂に代官を辞めろと!」


「今、辞すれば罪は問わないそうです」


「本当か?」


「随分と溜め込んだでしょう。幾らかお上に献上をなされて、後は自領の為にお使いなされば一族盛興の祖として良名が残りますぞ」


「ふむ」


 暫く悩んだ玄以だったが膝を叩いて


「よし分かった。代官を退こう」


「久保様」


 配下の者達が声を上げたが


「もう、決めた事だ」


 玄以が静かに答えた。



 四、


 料理屋を出た三人は今度は宿場を東へと歩いて行く


「これで、お勤め代は貰えるだろう。良かったな半兵衛。ただ働きにならなくて」


「今回は勤め料が無くても仕方が無いかと思って居ましたが」


「おーお、金を持っている奴は違うね」


 左近の言葉を飲み込んでから半兵衛は思いを巡らせて


「危篤な男ですよ。朽木正三郎殿は、弱い者の為に命を掛けて」


「そうですね。中々居ませんよ。あんなお人は」


 彦佐が答える。


「侍なんて威張ってみても、世間の者に支えられて生きているのも事実。人の為に何かしたくなったんじゃねぇのか」


「正三郎殿の気持ちが分かるのですか左近殿は」


「んー、そうだな」


「やっぱり似て居ますよ。正三郎様は」


 彦佐の言葉に左近が


「誰に?」


「兄貴にですよ。ねぇ、半兵衛様」


「そうですね」


 半兵衛がにこりと頷いた。


「そうかぁ、見た目も全然似てねぇぞ」


 不思議そうに左近が答えた。

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