第23話 天狗党ノ上

 一、


 甲州街道。八王子、八方宿。


 女郎宿の一室で朽木正三郎は寝そべって呑気にキセルを吹かしていた。

 脇ではお気に入りの雪乃が同じようにキセルを吹かしている。そこへ


「朽木の兄貴は居ますか?」


 弟分の徳次が呼びに来た。

 気付いた雪乃が障子戸を開けて、徳次を手招きした。

 徳次は部屋に入り


「兄貴、党首から指示が入りまして」


正三郎は起き上がり、キセルを火鉢で叩くと


「ほう、なんだ」


「江戸からの隠密がこちらに向かっているそうです」


「ほう、隠密ねぇ。どうして俺に」


 正三郎は天狗党と云う奥多摩に巣食う悪党の軍団に属しており、その中でも一、二を争う腕利き剣客である。

 だから、正三郎に討伐の命が下るのはよっぽどの事だ。


「何でも、そうとうな腕利きらしくて、しかも二人」


「腕利きが二人。名は?」


「直方左近と柳沢半兵衛と聞いております」


「直方左近?聞いた事があるな」


「虎を殺したとか」


 正三郎は思い出して膝を叩いた。


「あーあ、虎殺しの左近か、有名だな。

 で、もう一人。柳沢半兵衛だっけ?」


「口伝会と云う。剣客集団の親玉だとか」


「あーあ、口伝会も聞いた事があるぞ。二人とも強そうだな」


「兄貴なら大丈夫でしょう」


 徳次の言葉に正三郎は


「ふざけるな。相手は江戸でも一、二を争う剣客だ。それも二人」


 正三郎はため息を付き


「そんな強い奴とやりたくねぇな。殺られちまうかもしれねぇ」


「しかし、兄貴」


徳次の困り顔に正三郎は天井を見上げてから


「まあ、党首のめいだ。聞かぬ訳にもいくまい」


 そう答える。


「人も金も出すので、なんとか食い止めて欲しいそうです」


「面倒な話しだ」


 そこへ、宿の用心棒をしている与吉が駆け足で来た。


「朽木の旦那。大変です」


「どうした」


「辰蔵の奴が役人やら侍を引き連れて来ました」


「辰蔵だぁ」


「へい、朽木を出せと言って居ます」


 正三郎は立ち上がり


「諦めの悪い、じじぃだな」


 辰蔵は渡世人で元々、この宿場で幅を効かせていたのだが、悪どさが過ぎると宿場の者達に嫌われ

 悪党とは云え、悪い役人や悪どい商人を襲って女郎や貧しい者などに施しを行っていた天狗党が宿場の衆に頼まれ、正三郎達が辰蔵達を力付くで追い出した。


 正三郎達が宿場を取り仕切るようになって女郎達の待遇も良くなり。商人達のみかじめ料なども安くなり。違法な金貸しも居なくなった。

 正三郎の顔を見るなり辰蔵は


「朽木。儂の縄張しまを返して貰うぞ」


「額の傷は良くなったのか」


 辰蔵は追い出される時に正三郎に額を割られて瀕死の傷を負い、額には大きな傷がある。


「うるせぇ、こっちにはお代官様も付いているんだ」


 隣には町方与力の篠山喜左衛門も立っている。

 正三郎は目が合うと


「篠山様。話しはついている筈ですが」


「いや、長年付き合いのある辰蔵が可哀想だとお上がな」


 篠山が苦笑いで答える。


「どうせ、上がりを高くするとか言われたんでしょう」


 徳次が横やりを入れる。


「宿場の総意です。篠山様。欲の掻き過ぎは身を滅ぼしますよ」


 正三郎が諭すが辰蔵が間に割り込み


「こちらにおる。南方様と立ち合って貰うぞ」


 辰蔵の左手には細身で長身の侍が立っている。


「ほう」


 様子を伺った正三郎が答える。そして


「お主は直方左近よりも強いのか?」


 南方の隣に居た辰蔵の手下が耳打ちをする。


「ああ、あの虎殺しの左近な。虎など儂でも斬れるし、我が示現流が最強だ」


 その言葉を聞いて、正三郎はにたりと笑みを浮かべ


「あーあ、言っちまったな。強い奴はべらべらと喋らぬし、手の内も明かさぬ」


「黙れ、盗人。たたっ斬ってやるわ」


 二人は往来で向かい合うと刀を抜いた。

 南方は蜻蛉と言われる高い脇構え、正三郎は正眼に構えた。


「馬鹿の一つ覚えが」


「ふん、そちらこそ。我が流派に備える時は大体、その構えだ」


「馬鹿の一つ覚えの剣撃を避けねばならぬからな」


「ぬかせ。きぇーい」


 南方が猿叫を挙げ全身全霊で打ち込んで来た。


「きたぁー」


 正三郎はそれを正眼のまま、足を引き身体を捻って、なんとか躱した。

だが、南方はすかさず何度も打ち込んで来る。


 正三郎はそれも躱しながら頃合いを見て足を入れた。足を掛けられた南方が躓き、よろけて振り返った所を後ろに回り込んだ正三郎が上段から斬りつけ額を割った。


「ぎぇっー、」


 南方が悲鳴を挙げて倒れた。


「ああっ、」


 辰蔵が痛そうに額の傷を押さえる。


「やった」


 後ろで様子を伺っていた雪乃が手を叩いた。

 白目を向けて即死している南方を見た篠山は


「辰蔵。勝てるとと言っただろうが、負けるようでは話しにならぬぞ」


 そして正三郎を見て


「朽木。今まで通りだ」


 そう言い残して配下の同心を連れて去って行った。


「さてと」


 正三郎は刀の先を辰蔵の手下達に向けて威嚇をすると


「徳次、」


「へい、」


 呼ばれた徳次が返事をして与吉に目配せをする。与吉は辰蔵の左腕を絞ると


「何をしやがる」


 正三郎の前に辰蔵を無理やり座らせた。


「ほら、出せよ」


 無理やり出させた右手の手の甲に


「ほいっ、」


 深々とドスを突き刺して地面に縫い付けた。


「ぎゃっ、」


 辰蔵が悲鳴を挙げる。


「これでおめぇはドスもまともに握れねぇ、渡世人としては終わりだ。諦めろ、やり過ぎたんだよあんたは」


 それから正三郎は手下達を見て


「この侍はおめぇ達の為に命を落とした。ねんごろに弔えよ」


 手下達は用意して貰った戸板に南方を乗せ。右手に大傷を負った辰蔵を連れて去って行った。



 二、


 左近達は八王子の手前、日野の宿に滞在していた。

 左近は酒をちびちびと呑みながら半兵衛と将棋を指している。


 その横で彦佐は集めて来た

 情報を話している。


「するってぇと、その天狗党は義賊だと言うのか?」


「へい、悪どい商人や役人の屋敷しか狙わず。女郎や貧しい者には施しをするそうです」


「女郎?」


「大体、女郎達って扱いが酷いですからね。特に宿場を仕切って者が悪人とつるんでいますと」


「なるほどな」


「天狗党の数はどの位いるのですか?」


 半兵衛の問いに


「盗んだ金を資金にして今は手広く商いもしているらしく、全部合わせれば数百になるかと」


「おお、やる気か半兵衛。義賊と?」


「まだ、探りを入れたばかりです。もう少し調べてみませんと天狗党の真意は分かりませんよ」


「そうだな。しかし、役人も襲うとなると、腕の立つ侍も居るだろうに」


「腕の立つ浪人が何人かいるようです。八王子の宿場の一つを悪人から乗っ取った腕利きも居るとか」


「ほう、それは凄いな」


 そう言って左近は酒をぐいっと飲み干して


「どっちにしても、もう少し、探ってみるか」



 三、


 正三郎は女郎宿でぐうぐうと大きないびきをかいて寝ている。

 そこへ徳次が階段を登って来た。


「兄貴、」


 障子戸を開けて正三郎の横に座る。


「なんだ。昼寝中だぞ」


 眠い目を擦りながら正三郎が起き上がる。


「物見から直方左近達が八王子に向かっていると報告が上がりました。三人です。今日中には来ますよ、奴ら」


「そうか」


 正三郎が呑気に答える。


「策は練ったんですか?」


 徳次の問いに


「まあ、色々考えては見たよ」


「応援は頼んだのですか?」


「いや」


「いやって、儂ら二人でやるんですか?」


「いや、とりあえず一人で立ち合って見ようかと思ってな」


 徳次は驚き


「一人って、本気ですか!相手は江戸で一番の剣豪ですよ。しかも二人。兄貴。言ってたじゃねぇですか、死ぬかもしれねぇって」


「名の売れてる剣客だ。二人で同時にって事はねぇだろう、それなら俺でも行けるんじゃないかってな」


「何を言ってるか、分からないんですが」


「まあ、俺が殺られたら逃げろ」


「へっ、」


「知らせるんだ。俺がどう殺られたか」


「殺られたらって、死ぬつもりですか?」


「死ぬつもりはねぇよ。奥の手もあるしな。もし死んだらの話しだ」


「はぁ、」


 徳次は分かったような分からないような返事をした。


「天狗党にも兄貴の他に強い人はいっぱい居ますよ。数だって百人は集められる」


「だが、相手は公儀だ。奴らが本気出したら、とてもかなわぇぞ」


「だからって兄貴、一人では」


「大丈夫だ。俺に任せておけ、お前は離れた所で様子を伺うんだ」


「はぁ、」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る