第22話 長刀(後)

 一、


 宮木武三郎は昼間から派手な格好をした若い旗本の子息達二人と酒を呑んでいる。


「やはり、一番は直方左近だろうな。人はおろか虎も斬り、最近では大熊も斬ったと云う話だ」


「虎なんて見た事も無いぞ」


「俺もだよ」


 笑い合う二人に


「いやー、拙者は一番は柳沢半兵衛だと思うな」


 別の子息が口を挟む


「聞いた事があるな。あの口伝会と云う。剣客集団の親玉か?」


「そう、流石の左近も半兵衛には敵わないという噂だ」


「そうか、まあ、どんどん呑んでくれ」


 武三郎は子息達に酒を注ぐ


「その二人を倒せば、江戸で一番の剣豪だな」


「江戸どころか日の本で一番の剣豪だろう」


「そうだ。そうだ」


 一人の子息が思い出して


「そう言えばあの二人、近頃仲が良いとの噂だな」


「有名な剣豪同士だから、普通。仲が悪いんじゃ無いのか?」


「始めはそうだった見たいだが、ここ最近では一緒に用心棒をしたとの噂だな」


「噂と言えば。左近は本当は公儀の隠密だとの話しだな、用心棒にしては関東のあちこちを飛び回っていると」


「へぇー、さぞかし凄腕の隠密なんだろうね」


 武三郎が感心する。


「貴殿。左近や半兵衛とやり合うつもりか?」


「そうだねぇ」


 脇に置いた長刀と脇差し二本を見つめる。

 それに気付いた旗本が


「その長刀も珍しいが脇差しが二本と云うのも珍しいな」


「どうやって立ち合うのだ」


 別の旗本の問いに


「普段は脇差し二本。相手が強い時は長刀だな」


「なんだ。その組み合わせは」


 武三郎は腕を組んで


「変わった流派でな。これが我が派の刀だ」


「宮本武蔵かぁ?」


 旗本のちゃかしに


「いや、始祖は佐々木小次郎様の弟子でな。小次郎様が武蔵に負けたのが悔しくて二刀流も学んだのだ。

それから長刀と脇差し二本の組み合わせの流派を作ったのだ。岩派無双流」


「ほう、それは強そうだな」


「で、左近や半兵衛とやるのか」


「ああ、死ぬかも知れんがな」


 笑いながら答える武三郎に

 旗本達は目を合わせて


「あんた凄いな。今、江戸であの二人と立ち合おうなんて、なかなか居ないぞ」


「勝ったら。今度は俺達が酒を奢ろう」


「そうだな。その時は相伴に預かろう」


 旗本達は去って行く武三郎の背中を見つめながら


「本当にやる気なのか、しかもあの二人を相手に」


「まあ、良いんじゃねぇの、厄介者だの疎まれている俺達旗本の三男坊、四男坊よりずっと生きてる価値がある」


「お主もやって見るか?」


「冗談だろ、一生修行しても勝てる気がせんわ。ただ」


「ただ?」


「命を掛けて、江戸で一番の剣豪二人に挑もうなんて、ずいぶんと粋な話しじゃねぇか」



 二、


 神田明神の出店の一つ、怪しげな物が立ち並ぶ露店の前で左近と半兵衛は店の主人の老人と話している。


「本当かぁ、じいさん?」


「私は嘘を申しませんよ」


 左近は狼の牙だと云われる物に革紐を通した首飾りを手にして主人とやり取りをしている。


「確かに狼の牙は珍しいが三両は高いだろう」


「しかし、高僧の念も込められていて魔除けの力も強く、雷も避けてくれるのですよ」


「雷ねぇ、どう思う半兵衛」


 左近の言葉に、もう一つ同じ首飾りを持った半兵衛が


「うーん、雷も避けてくれるのですか、それは凄いですね」


「本当は五両は頂きたいのですが、お侍様達の人相が良いので特別に三両でお譲り致します」


「うーん、買おうかな。雷に当たりたくないしな」


 そこに飴を買いに行っていた彦佐が戻って来た。


「兄貴。何をやってるんですか、こんな怪しい店で」


 左近は彦佐に首飾りを見せて


「これ、狼の牙なんだけど雷を避けられるんだとよ」


 彦佐は呆れて首飾りを手に取り


「そもそも雷に当たる人間なんて、そうそう居ませんよね」


 そしてまじまじと牙を見つめると


「これ、犬の牙ですよ」


「どうして分かるのです?」


 半兵衛の問いに


「狼は体が大きいので牙も大きいんですよ」


「小さい狼の牙なんじゃねぇのか」


「狼の牙は匂いがきついので、匂い消しに強い酒に浸すから真っ白になるんです」


 牙は確かに茶色い


「おお、そうか」


「なるほど」


 二人が感心する。すると主人はどこかに消えていた。


「まったく。大の大人が、しかも二人ともそれなりの立場でしょうが」


「なんだよ。やっぱり騙しかよ」


「面目ない。私も欲しいと思っていました」



 三、


 だが、左近と半兵衛は同じ首飾りを首から下げて歩いている。結局、首飾りを買ったのだ。


「偽物と知って買う人が居ますかね」


 彦佐の愚痴に


「まあ、狼の牙だと信じれば良いだろうよ」


「そうですね。二両にまけて頂きましたし」


「だから、二両もしないんですって」


「いいんだ。いいんだ。犬臭い方が、これで獣も寄って来んだろ」


「私も虎や熊とは戦いたくはありませんからね」


 二人の言葉に彦佐は腕を組み


「なんだろうね。この不思議なお二人は」


「さてと、お参りも済んでお守りも買ったし、そろそろ行くか」


「行きますか」


「行きましょう」


 三人は甲州街道を西に向かって歩きだした。


 館林でのお勤めを素早く解決をした件で左近、半兵衛の組み合わせの評判が良く

 今回は奥多摩の山中に根を張る大規模な山賊達の討伐を以来されて三人で奥多摩に向かう途中である。


 半兵衛は繁忙の身であるのだが、桐丸などの補助を付けて藤井啓造に代わりをさせている。


「半兵衛も忙しいのに大変だな」


「まあ、関八州に口伝会の名を売る好機ではありますね」



 四、


 三人が町外れの橋を渡っていると橋の向こうに長身の男が立ち、こちらを見ている。

 よく見ると二本指しの他に背中にも長い刀を背負っている。


「なんだか面倒臭さそうな奴がこっちを見てんぜ」


 目の合った左近が呟いた。


「変わった組み合わせですね」


 二本差しの他に長い刀を背負っている者はまず居ない


「初めて見たぞ」


「どう見ても用有りですよね」


「えっ、俺?それとも半兵衛?」


「両方だったりして」


「これから奥多摩まで行かなきゃならねぇのに面倒臭ぇな」


 半兵衛は黙って二人の話しを聞いている。

 橋を渡った所でやはり声を掛けられた。


「直方左近殿。柳沢半兵衛殿でござるか?」


「両方だよ!」


 左近が驚く


「何か御用ですか」


「全然、知らん顔だが」


 長身の侍は頭を下げると


「拙者は越後浪人。宮木武三郎と申す」


 左近は武三郎の前に立ち


「で、宮木武三郎が何の用だ。つーか、よく俺達が分かったな」


「絵師に作らせました」


 武三郎が胸元から二人の人相書きを出した。


「そっくりですね」


 余りの出来の良さに彦佐が感心する。


「随分と長い刀を背負ってるけど何の用だ」


 左近の言葉に武三郎が答える。


「立ち合いを所望致したい」


「やっぱりねぇ」


「なぜ、立ち合いを」


「お二人に勝てば、江戸で一番の剣客になれると」


「俺達より強い剣客はいっぱい居るぞ」


「我が岩派無双流が最強だと云うのを証明致したい」


「負ければ恥をかくぞ」


「元より承知の上」


 その言葉を聞いて左近は半兵衛を見た。半兵衛が頷く


「しょうがねぇな。勝たねぇと二人と勝負は出来んぞ。どっちからやる」


 武三郎は左近と半兵衛を交互に見てから


「では柳沢半兵衛殿から、お願い致す」


「ちっ、そっちかよ」


 左近が舌打ちをした。


「承知しました」


 半兵衛が答える。



 五、


 すっかりと枯れたすすき野原に移動をして、武三郎と半兵衛は対峙した。


「あんな長い刀、どうやって抜くんだ」


 言っている間に脇差しを二本置いた武三郎が背中の長刀を器用に抜いて見せた。


「おい、おい、抜いたよ」


 それを確かめた半兵衛も刀を抜き正眼に構えた。

 双方が正眼に構えて相手の出方を見る。


「あの長い刀でどう立ち合うつもりだ」


 先に動いたのは武三郎、真っ直ぐに突いて来た。

 半兵衛は右に動いてその突きを躱したが、武三郎は突いた切っ先を左に払った。


 半兵衛は体を引いてその切っ先をまた躱したが、刀が長く、ぎりぎりの間合いで躱したので鼻先を斬られた。


 すると武三郎は今度は切っ先を細かく動かし、向きを変えながら何度も突いて来る。


「なんて変幻自在な剣だ」


 すんでで躱しながら半兵衛は身を屈めて武三郎の懐に入り込んだ。そして胴を抜こうとした。


「やったか!」


 左近の叫びとは裏腹に

 武三郎は長刀を立て、長い柄を回して半兵衛の刀を振ろうとした手に当てた。


 半兵衛は力を受け流され、勢い余って倒れ込んだ。

 すぐに立ち上げろとしたが武三郎に長刀の切っ先を鼻先に当てられた。


「くうっ、」


 それでも半兵衛は無理にでも立とうとしたが、武三郎が突けば半兵衛は斬られてしまう


「それまでだ」


 左近の声が響いた。

 半兵衛の動きが止まる。


「次は俺の番だ」


 左近が刀を抜き、武三郎が向き直る


「その長い刀を器用に使うが大体の動きは見たぞ、貴殿に勝機は無い」


 駆け出した左近は武三郎に上段から斬り掛かった。

 武三郎は長刀とそれを受けてつばぜり合いとなった。


「やっぱり、長い刀は立ち合いには不利だと思うが」


「ふん、貴殿も倒す」


 武三郎は長い柄を下から回して左近の手に当てて刀を上に飛ばした。


「くっ、」


 勝ったと武三郎が確信した時。左近はとっさに足を出して武三郎を蹴飛ばすと、飛んで刀を受け止めて、翻り。刀で武三郎の手を叩いた。


「つぅ、」


 長刀を落とした武三郎が手を押さえた。

 そして膝を着いた所を左近の切っ先が武三郎の鼻先を捉えた。


「ふむ。貴殿の勝ちだ」


 観念した武三郎が答える。


「いえ、私には勝ちましたよ」


 勝負を伺っていた半兵衛が立ち上がった。


「なら、痛み分けだ」


 言いながら左近は長刀を拾い


「なげぇ、刀だな」


 刀を見上げてから武三郎に渡した。


「何故、峰打ちに?」


「貴殿も俺達を斬るつもりは無かったろう」


 顔を見合せた二人がふっと笑みを浮かべた。


「まあ、俺達より強い剣客は江戸にはまだいっぱい居るけど、その内、また立ち合いをしようぜ」


「かたじけない」


 頭を下げる武三郎を尻目に三人は奥多摩に向かって歩きだす。



 六、


「兄貴、わざと刀を離しました?」


「わざとでは無いな。ただ、あいつが柄を使うのを見ていたからな。用心はしていた」


 答えてから左近は半兵衛を見て


「負けたねー」


「負けました」


 半兵衛が飄々と答える。


「あれー、余り悔しくなって無い」


「昔は負けてばかりでしたからね」


「へぇー、天才と云われる半兵衛様が以外ですね」


「たまに負けた方が強くなれると恩師が言っていましたし。やはり世の中は広いですね。命があっただけ儲けもんです」


「ふーん、大した恩師だな。俺の養父おやじなら勝つまで帰って来るなって怒鳴られるな」


「だから兄貴、負けず嫌いなんですか」


「そうだな。俺にとっちゃ命掛けだったからな」


 それから半兵衛に振り返ると


「順番が逆だったら、俺が負けて半兵衛が勝っていたよ」


 聞いた半兵衛は立ち止まり


「慰めているつもりですか?」


「本当の事を言ってるだけさ。あんな長い刀を器用に動かして、柄まで使ってくる奴を初めて相手して勝てる気はしないって話しだ」


 聞いた半兵衛が驚き彦佐を見ると彦佐はにこりと頷いた。

 そして三人は又、西に向かって歩き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る