第21話 長刀(前)
一、
藤井啓造が使いから口伝会の屋敷に戻ると、中から半兵衛。遅れて桐丸が出て来た。
「会頭。待って下さい」
「桐丸。早く来なさい」
二人を目で追い
「会頭。どちらに」
啓造の問いに
「少し出掛けて来ます」
二人はそそくさと門を出て行く、啓造は屋敷の中に入ると勘定方をしている中井紋ノ丈に
「会頭は何処に行かれたのだ」
「なんだか、直方左近殿が病で寝込んでいるので見舞いに行って来ると」
「ああ、あの人。今、虎の次は大熊も殺したと江戸中で有名だぞ」
言った後。啓造は振り返り
「その話しが聞きたいだけじゃ無いのか?」
二、
屋敷では熊退治の事もあってか、珍しく熱を出した左近が寝込んでいる。
「兄貴、葛湯持って来ましたよ。生姜入り」
熱が下がり食欲の出た左近に彦佐が葛湯を持って来た。
「むさ苦しいな。霞か茜は居ないのか」
「茜はお使いです。霞様はお客様が来ていて」
「客?誰だ」
「さぁ」
言っている間に霞が戻って来た。
「左近様。半兵衛様がいらっしゃいましたよ」
「半兵衛?」
半兵衛と桐丸が入って来る。
「左近殿、具合はいかがですか」
「ああ」
会話した後に二人の間に変な間が空く
「珍しく丈夫な兄貴が熱を出しましてね。鬼の撹乱ってやつですか」
半兵衛と随分親しくなった彦佐が声を掛ける。
「この間は酒をありがとうございます」
小山影之進を半兵衛が倒した件で左近は口伝会に八斗もの酒を送った。
自信がやるつもりだった影之進を半兵衛が倒したのでお礼に酒を送ったのだが、前に半兵衛から四斗もの酒を送られて苦労した事への仕返しでもあった。
酒が余り好きでは無い半兵衛に大量の酒を送り。つまみなどは一切送らなかった。
せっかく送られたので口伝会では盛大な酒盛りになり。大量の酒を無理に飲んだ半兵衛は二日酔いで、いや二日どころか四日間は残り酒に悩まされた。
その時に
「左近の奴めぇ、酒ばかり大量に寄越しやがって、この間酒を送った仕返しだぞ、絶対」
「考え過ぎでしょう」
藤井啓造が嗜めたが、確かに左近にはこの間の酒で二日酔いで酷い思いをした仕返しの意味もあった。
「いやー、凄い二日酔いになって大変でしたよ」
顔を引きつらせながら話す半兵衛に
「いやー、喜んで貰えて良かったよ」
左近も引きつらせながら答える。
「左近様。半兵衛様よりお見舞いの落雁を頂きました」
「おお、良かったよ。酒じゃなくて」
「酒を送ったら大量になって戻ってきますからね」
二人の会話を聞いていた桐丸が苦笑いしながら彦佐に言った。
「ばちばちですね」
「そうですね」
彦佐が笑って答える。
だが四半時も過ぎると
「それがさ六尺はあるようなでかい熊でさ、月の輪熊は大きくても四尺位って聞いてたから話しが違うなと思ってさ」
「確かにそれは驚きますね」
二人は笑って話し合っている。
「それが素早いのなんのって、見ろよ。これ」
左近は半兵衛に胸に付いた三筋の爪痕を見せる。
それを半兵衛はまじまじと見つめて
「これが熊の爪痕ですか、でかいですね」
「だろ。正直、死ぬかと思ったよ。虎以来だよこんなに危ない目にあったのは」
「ははっ、虎や熊にかかっては流石の直方左近もかた無しですね」
「やっぱさ、野生の猛獣は相手にしちゃいけねぇよ。奴ら速いし、動きは不規則だし」
「なる程、勉強になります」
二人の会話を見ていた桐丸が
「さっきまで、嫌味を言い合っていたのに、今度は笑い合ってる。不思議だ」
「結局、馬が合うんじゃ無いんですか、同じ剣豪同士」
「見た感じは正反対ですがね」
「所でその熊はどうしたんです。熊は捨てる所が無いと聞きましたが」
「そうなんだよ。村の奴らも熊は貴重な薬にもなるって言うし、村人を苦しめた奴だから、それから大変だったんだ。なあ、彦佐」
「そうなんです。それからあっしが村人呼びに行きまして、熊を解体して熊鍋にして食って、毛皮は庄屋にやって、薬になる熊のいは病人だった作蔵という人にやりまして、その日の夜は熊鍋とどぶろくでもう、どんちゃん騒ぎですよ」
その事を思い出した左近は
「でも、やっぱりおりゃあ。次の日、温泉で喰った猪鍋の方が旨かったな」
「兄貴、それは言っちゃいけませんよ」
「はははっ、」
周りからどっと笑いが起こる。
三、
大川の川原で一人の侍を十数人の侍が取り囲んでいる。
「先程の道場破りの仕返しか?」
真ん中に立つ長身の侍。宮木武三郎が言う
「師範代は両腕の骨を折られたぞ」
「立ち合いをしたのだから仕方あるまい。真剣ならば両腕は無いぞ」
「だまれ、ならばその長刀で我らと戦え」
「真剣で勝負する事の意味を知っているのかねぇ」
武三郎の言葉に
「貴様は生かして返さぬ」
「やはり、師範は出てこぬのか」
「師範は関係無い。これは我等の私闘だ」
「ならば、遠慮は要らぬな」
武三郎は背中に四尺はあるような長刀を背負っており、他に長めの脇差しを二本指していて、その二本の脇差しを抜いた。
「背中の長刀は使わぬのか?」
武三郎はにたりと笑い
「これは、とっておきの相手に使う」
「舐めやがって」
侍達が間合いを詰める。
「切り捨てろ」
その言葉と同時に一人の侍が武三郎に斬り掛かった。
武三郎はその剣激を躱しながら左手の脇差しを素早く振って侍の左腕を斬った。
「ぎゃっ、」
左腕を落とした侍が悲鳴を上げた。その生々しい真剣の立ち合いに周りの侍達は息を呑む
「臆するな。同時に斬り込め」
今度は二人が同時に斬り込んで来た。
武三郎はそれを両手の脇差しで受けて流し、体を入れ替えながら素早く、二人の太腿の筋を斬った。
「おうっ、」
「ぐぇっ、」
斬られた二人が倒れる。
「一生、足を引き摺るようになるな」
まだ三人しか斬られてはいないがその惨状に他の侍達が怖じ気づく
「もう良い下がれ、俺がやる」
気配を感じた侍達の兄弟子、下山左京が前に出て武三郎と対峙する。
左京は正眼に武三郎は二本の脇差しを中段に構えた。
構えたまま左京が左に回り始め、武三郎がそれに合わせて体を回して行く
隙を見て左京が小さく素早く上段から斬り込んだ。
「とぁっ、」
武三郎が右足を引いて体を回して避けた。
斬り込んだ左京はすぐに振り返り又、上段から斬り込んだが、武三郎が身を屈めて踏み込み、左京の胴を抜いた。
「ぐぅ、」
腹を斬られた左京は腹から血を吹き出して倒れた。
「左京殿がやられた。やばいぞ」
「とても敵わぬ」
「どうする」
指揮をとっていた兄弟子を斬られた侍達はもう戦意を失っている。
「これが真剣の勝負と云う物だ。死にたい奴は前に出ろ」
そう言って周りを見渡し、侍達が怯んでいるのを確認して
「今日の所は引いた方が良いのでは無いのか?」
武三郎の助け舟に
「引くぞ」
怪我人や倒れた者を引き連れて侍達が去って行く
武三郎はその様子を見守りながら
「十人以上も居て儂を斬れなんだか」
そして背中の刀を握ると
「この大正国(大刀)を抜かせる剣客がこの大江戸には居るんだろうね 」
そう呟いた。
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