第18話 神速の二

一、


 杉戸の宿を過ぎた辺り。

大きな松の木の下に疲れた左近達が腰を掛けている。

 左近、彦佐、半兵衛は舘林での役目を終えて江戸に帰る途中であった。


「何だか疲れたな」


「ずいぶんと歩きましたからね」


彦佐は左近に返事をしながら半兵衛を見る。


「半兵衛様も疲れたでしょう」


「いや、私はまだ大丈夫です」


 姿勢良く座っている半兵衛が答える。

大きな街道なので人の往来も多い、ふと、浪人傘の侍が左近の前に立ち止まる。


「貴様、直方左近だな!」


 そう叫んで浪人傘を上げた。


「あっ、」


 っと彦佐が声を出す。

左近はその侍の顔をまじまじと見つめて考え込み


「えーと、誰だっけ?」


 浪人ががっかりと肩を下ろす。


「達素小三郎ですよ。陰流の」


 隣の彦佐が言う


「ああ、神速の」


 思い出した左近が答える。


「俺の顔を忘れたのか」


 怒る小三郎に


「すまん。すまん。余り特長の無い顔をしているからな」


「相変わらず無礼な奴だ。俺はあれから本家で辛い修行をしてきたのだ。丁度良い。此処で貴様を斬ってやる」


 小三郎の言葉に左近が手を払う仕草をして


「無理。無理。太刀筋を知っているので貴様は俺に勝てんぞ」


 その言葉に小三郎は逆上をして


「能書きは良い、さっさっと刀を抜け」


「逆上してるから絶対、勝てねぇよ」


「誰なのですか?」


 横から半兵衛が口を出した。


「神速と云われた。陰流の達素小三郎ですよ」


「ああ、あの」


小三郎は横から口を挟んだ半兵衛を見下ろす。


「誰だ。貴様は!」


 それを見ていた左近は


「貴様を敗った口伝会の親玉だ」


「口伝会!!」


 小三郎が驚く


「すると、口伝会の柳沢半兵衛か!

 俺を敗った奴が口伝会の会頭に斬られたと聞いていたが」


 そして、笑みを浮かべて


「おもしろい、この際だ。二人まとめて斬ってやる」


「ふーん。貴公が神速の小三郎か、噂通りにまだ若いな。慶之助殿くらいか?」


 そう言って半兵衛は左近を見ると


「この勝負。貰っても良いですか」


「おお、それは面白いな。只、油断しているとやられるぞ」


 左近が面白がる。


「ふん、順に二人とも斬ってやる」



二、


 往来から離れ、草むらに行くと小三郎。半兵衛。双方が刀を抜く


「おい、おい、得意の抜刀術は使わないのか?」


 左近がちゃちゃを入れる。


「神速を相手に冗談でしょう」


 冷ややかな口調で半兵衛が答える。


「ごもっとも」


「本家での辛い修行で速さに磨きを掛けたのだ。目に物を見せてやる。貴様等を倒せば俺が江戸で一番の剣豪だ」


 小三郎は上段に構え、半兵衛は正眼に剣を構える。


「上段、」


 叫びながら小三郎が素早く半兵衛に打ち込んだ。


「勝った」


 瞬間的に小三郎がそう思った。だが、打ち込まれた半兵衛の姿が消えた。


「何、」


 空を斬った太刀に小三郎が絶句する。


 正確には半兵衛の姿が消えたのでは無い。小三郎が上段で神速で斬り込んだと同時に半兵衛は刀を出して小三郎の太刀を受け、同時に足捌き、体捌きで受け流した。それが瞬時に、しかも絶妙な頃合いだったので半兵衛の姿が消えたように見えたのだ。


「馬鹿な」


 小三郎が驚いている内に半兵衛の刀が小三郎の小手を打った。


つう、」


 刀を落とす。


「あーあ、太刀筋は早かったんだけどな」


 左近が悔しいがる。


 小三郎は刀を落としたが手は斬られてはいなかった。

 それは、小三郎が構えた時に峰を返したので半兵衛も峰打ちにしたのだ。


「斬ると言いながら、峰打ちにするなんて、意外に優しいんだな。小山一派とは思えん」


「確かに」


 刀を落とした小三郎はがくっと肩を落として項垂れている。


「また、負けたのか。あれほど修行をしたのに」


 その姿を見た半兵衛は


「剣の道は一生の修行だ。又、修行に励むのだな」


「なんて、意外にやばかったんねぇのか半兵衛」


「ふふ、確かに。神速でしたね」


 そう言って刀を鞘に納めて歩き出す。

 小三郎は項垂れたままだ。


 岩の上に座って勝負を見ていた左近も立ち上がり半兵衛や彦佐の後を追うが、小三郎の前に行くとしゃがみ込み


「速かったよ。かなり。相手が悪かったな。並みの相手ならお主が勝っていた」


 思わぬ左近の言葉に小三郎が左近を見る。


「素直な剣なんだ。普通、立ち合いは技量だけで無く、駆け引きしたり、時には騙したりする。

 真っ直ぐに立ち合って強いんだから大したもんだ」


 憎まれ口しか聞いた事の無い相手からの誉め言葉に驚いて固まっている。


「咄嗟に峰打ちする優しさがあるんだから。その真っ直ぐさを伸ばした方が良い。必ず江戸でも一番になれるような剣豪になる。

 保障するよ。だから、小山達とは縁を切った方が良いな」


 そう言うと左近は、立ち止まってこちらの様子を伺っている半兵衛と彦佐の方へ歩いて行く

 その様子を小三郎は見つめている。


「お節介なんですね」


 半兵衛の問いに


「得難い才を持っているんだ。良い方に転ぶように助言はしてやるさ」


「流石、兄貴」


 彦佐が手を叩く

 そして三人は又、江戸へと歩き出す。

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