第14話 小山一派

一、


 神田にある。柳亭やなぎていという料亭で口伝会くでんかいの会頭である。柳沢半兵衛と副会頭の藤井啓造は酒を呑みながら、二人の男と話しをしている。

この柳亭は半兵衛の所有する料亭で、仕事絡みで相手と話しをする時に使っている。


 話している相手は江戸にある陰流。小山一派の総帥。小山影之進と赤坂道場の師範代の茂木孝衛門だ。

影之進は江戸に三つの道場を持っており。

孝衛門は一番大きく、小山一派の本拠地ともいえる赤坂道場の師範代である。


「それでは、これが詫び代になります」


孝衛門が金子きんすの入ったふくさを差し出す。

藤井がそれを確かめて、半兵衛と目を合わせてうなず


「相手の旗本には、これで納めるように言っておきましょう」


「宜しく頼む」


そう言って影之進は酒をぐいっとあおる。


「所で、直方左近とめているそうだな。手を貸そうか?」


「我が口伝会が、人の手を借りるとでも」


答えながら半兵衛が冷ややかに影之進を見つめる。


「いや、厄介な奴だと聞いたのでな」


「厄介ですよ、奴は。うかうかしていたら、足元すくわれますよ」


「ふっ、ふっ、それは楽しみだ」


「何人もやられているそうじゃ無いですか、陰流の免許皆伝者が」


口を挟んだ藤井に


「奥歯に物の挟まる言い方だな。ええ、藤井よ」


孝衛門も口を挟んだ。


「いやー、陰流の免許皆伝は金で買えると噂を聞いたものでの」


「口の聞き方に気をつけろよ」


身を乗り出した孝衛門を影之進が勢して


「噂だ。噂。あくまでな」


影之進はにやりと笑うと


「実際に見て見たいものだな。直方左近の腕を」


「どうぞ、ご自由に、忠告はしましたから。それでは私達は用事があるので、これにて」


「ごゆるりと」


半兵衛達が席を立つ

それを見送って孝衛門が


「随分なめようですね」


「そんなに強いのかね。直方左近は?」


「浪人どもを使って、試してみますか」


「そうだな。こっちも何人かやられているしな」


「小三郎がやられたのは驚きましたね」


「ああ、奴は弟子の中では一番の奴と思っていたからな」


廊下を歩く半兵衛の後を藤井は追い


「奴ら、左近に何か仕掛けますかね」


歩きながら半兵衛は


「まあ、門下生が何人もやられていますからね」


「影之進は手段を選ばぬ奴です。左近も危ないのでは、弟子も多いですし」


「左近と彦佐、二人の組み合わせは、ある意味、最強です。簡単にはやられないでしょう」


「見ものですね」


「そうですね。どちらに勝ってほしいですか?」


半兵衛の問いに、藤井は少し間をおいて


「今回は左近ですかね」


「この間の弟御おとうとごの恩があるからですか」


「いやー、影之進は嫌いです」


半兵衛は笑いながら


「私もですよ」



二、


「彦佐が病気?」


「はい、風邪を引いたみたいで」


左近の問いに、彦佐の女房の茜が答える。


「彦佐が病気なんて、聞いた事ないぞ。あいつ、元気だけが取り柄の忍びだろ」


「失礼ですよ。左近様」


咳をして、霞が言う


「あー、悪い、悪い」


「しかし、心配ですね」


「様子を見て来るか」


茜が慌てて


「うつすとまずいので来ないようにと」


「俺は馬鹿だから大丈夫だ」


左近の言葉に、霞と茜は妙に納得をして


「そうですね」


左近はがくっとして二人を見たが、後の言葉は無い。仕方なく


「じゃあ、何か精の付く物を買って、行ってくるわ」


「はい、お気をつけて」



三、


 彦佐は左近宅から四半里程離れた小さな貸家に住んでいる。

もっと近くに貸家などはあるのだが、彦佐に言わせると遠くも無く、近くも無く、丁度良い距離なのだそうだ。


 左近が家くらい、買えるだけの給金をやっているだろうと言うのだが、

彦佐は引退したら田舎に家を買い、畑を耕して茜と、のんびりと余生を過ごしたいので、今は貸家で良いそうだ。


「彦佐、大丈夫かぁー、」


左近は彦佐の家の玄関を開けて、ずかずかと中に入り。

彦佐の寝ている部屋の障子戸を開ける。

寝ていた彦佐は驚き、起き上がる。


「兄貴、」


「おう、どうだ。調子は」


部屋に入って来た左近に彦佐は


「うつったら、大変ですよ」


「俺は馬鹿だから、うつんねぇよ」


「あっ、そうですね」


左近は、がくっと崩れた。


「お前ね、しゃれで言ってんだから、否定をしろ、否定を」


「だって、兄貴が」


「で、どうだ。体は」


「熱は下がってきましたね。喉は痛いですが」


左近は抱えていた玉子の入ったざるを置き


「ほらよ、これで精をつけろ」


笹の包みも置いて


「お前の好きな。豆大福だ」


「兄貴、すみません」


喜んで感動している彦佐に


「所で、みんなに馬鹿を否定されずに、少し落ち込んでいる」


「はい」


「俺もそんな気がして来た」


「あー、馬鹿では無いと思います。凄い所もありますし」


左近の表情がぱっと明るくなって、身を乗り出した。


「凄い所?たとえば」


「たとえば。えー、」


彦佐が悩む


「そうですね。剣は強いですよ。本当に

 日の本で一番だと思っています」


「おー、それで。次は」


「次ですか、えーと」


「ほら、ひねり出せよ」


「意外と優しい所があって」


「そうだな。俺は優しいな」


「後は」


「後ですか」


「なんだよ。そんなに考えないと出ないのか」


「あー、あった。ずる賢い所」


左近はがっくりとして


「おいおい、誉めてねえぞ」



四、


 一刻ほど話し込んで左近は彦佐宅を後にした。

町外れを歩いていると


「助けてくれ!」


と男の叫び声が聞こえた。

その声を聞いた左近が草原くさはらに行くと、

突然。六人の浪人に囲まれた。


「そういう事か」


罠だと気づいて、左近が刀に手を掛ける。


「直方左近だな」


「くそっ、彦佐が居ない時に」


返事をせずに、左近がぼそっとつぶやいた。


「手筈通りに三人、同時に斬り込め」


左近は素早く走り出し、三人の間を抜ける。


「逃げたぞ」


突然、立ち止まると振り向きざまに追って来た浪人を逆袈裟で斬った。


「ぐぇっ、」


「ほい、一人」


今度は浪人達に向かって走り、手前に居た浪人の胴を抜いた。


「ぎぇ、」


「二人目」


「くそっ、」


浪人達は焦っている。

それを少し遠い、岡の上から見ている者がいる。

小山影之進と茂木孝衛門だ。


「なかなか、やりますな。もう二人、やられましたよ」


「まあ、そうだろうな。しかし、忍びの援護が無いぞ」


「そうですな。この人数に囲まれたら、援護があるはず


そこに若い侍が近付く


「どうやら、辺りに例の忍びは居ないようですが」


「そうか、一人か」


「これは、好機ですな」


影之進はにたりと笑うと、若い侍に


「弓を持った者に奴を狙わせろ」


「はっ、」


若い侍が走る。

左近は相手の太刀を避けながら、間を抜けて二人を続けて斬った。


「はい、四人目」


残りの浪人達は怖じ気づている。

それを見て左近は


「引き際では無いのか」


と声を掛ける。

それを離れた所から見ている三人の若い侍が居て、一人が弓を構えている。


「よく、狙えよ」


「外すなよ」


二人の侍の言葉に


「分かっている」


と弓を構えている侍が答えた。

その時だった。


つう、」


弓を構えている侍の腕に小刀が刺さった。


「どうした」


驚いて、辺りを見渡す侍。二人に次々と小刀が飛んで来た。数が多く、何本かは腕や足に刺さっている。


「くそっ、やばいぞ」


「引くぞ」


侍達は逃げ出した。

一方の左近を襲った浪人達も逃げ出している。


「どうしたのだ」


焦る影之進に孝衛門が辺りの様子を伺う。

腕や足を押さえた侍達がやって来て


「近くに小刀を投げる者が居ます」


「忍びは居ないのでは無いのか」


「手裏剣は投げていないようですが」


「では、誰が投げている」


「分かりませんが、かなりの使い手です」


孝衛門と侍達の話しを勢して


「まあ、良い。奴の腕は見届けた。今日の所は引くぞ」


皆が影之進に付き従う。

危機を乗り切った左近が


「何とか、しのいだな」


周りを警戒しながら歩き出す。すると


「ん、」


落ちている小刀を見つけた。

それを、拾い上げ上げて


「誰かが加勢したのか?」



五、


 桐丸は口伝会の若手の中では一番と言われる剣の腕の持ち主で、小刀投げも上手い

先程の立ち会いで左近に加勢していたのは、半兵衛に言われて左近に付いていた。この桐丸だ。


 桐丸が口伝会の屋敷に戻り。半兵衛と藤井啓造に報告をする。


「やはり、小山一派は左近に仕掛けました」


「そうか」


「それで」


半兵衛は労をねぎらい。立てたお茶を差し出す。

桐丸は、そのお茶を貰い、ぐいっと飲み


「はい、流石さすがは左近。しのぎました」


「そうですか」


「加勢はしたのか」


藤井の問いに


「いつも、一緒に居る。忍びが居なく。奴らが弓を持ち出したので、小刀を投げました」


「ふっ、ふ、お主は小刀の名手だからな」


「桐丸にお願いして、正解でしたね」


「それにしても、小山影之進は噂通りに勝つためには手段を選びませんね」


桐丸の言葉に


「剣を教える立場なのに、恥ずかしい奴らだ」


「いずれは叩かねば、ならないかも知れませんね」


そう言って、半兵衛は自分で立てた。お茶を飲み干した。

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