第12話 狂剣士の二

一、


 自宅で左近は昼間から、柳生慶之助と酒を飲んでいる。


「それが、全然、隙が無いのよ」


「さすがは口伝会くでんかい会頭かいとうですね」


「俺も同じく、構えたから、二人とも動かなくなっちまって」


抜刀術ばっとうじゅつですね」


「ずっと、このままかよと思ったら、つらくなってさ」


「それで、声を掛けたんですか」


「だって、あいつ、全然、動く気が無いもの」


「それが抜刀術ですから」


ちょっと、下がった所に居る彦佐が口を挟む


「しかし、何で奴は、小野一刀流の免許皆伝めんきょかいでんなのに、抜刀術なんだ」


「聞いた話しですと、剣を極めると抜刀術になると、本人は言ってるそうですよ」


彦佐の言葉に


「確かに、集中は出来るし、俺もたまに使うけどさぁ、ねぇ、慶之助殿」


「何となく、分かるような気もしますが」


そう答えた。慶之助を左近はまじまじと見つめて


「そう言えば。半兵衛は慶之助殿に似てるな」


「えー、そうですか」


「いや、顔とかじゃなくて、話し方の丁寧ていねいな所とか、綺麗な顔立ちで人に好かれそうな感じとか、剣術の天才のとことか」


「やめて下さいよ」


「そうですよ。慶之助様に失礼ですよ」


「そうか」



二、


 三人が話しをしていると、老中、土屋相模守。配下の村上角之助がやって来た。

左近は老中、直々の配下であり。角之助は相模守の連絡係である。

角之助は左近の前に座ると


「実は、最近、同心など、役人を狙うぞくが現れまして」


「ほう」


「もう、五人程、斬られていまして、斬られたといっても、腕などを斬られた程度なのですが」


「それで」


「相手は一人なのですが」


凄腕すごうでですね」


「どうやら、その賊が左近様の名を呼んでるそうなんですよ」


「兄貴の名を?」


彦佐が言う


「俺は、荒木竜之進あらきたつのしんだ。直方左近を呼んで来いと」


その名を聞いて、左近は眉をひそめて


「竜之進か」


「知っているのですか」


「ああ、昔、神東流の道場に勉強生として入門していた時に一緒だった奴だ」


「そうなんですか」


左近は立ち上がり。腕を組んで、遠くを見ると


「腕の立つ奴でね。道場の若手の中では一番。なんなら、師匠である。東舟斎様の次に強いじゃないかと言われていた。だが」


「だが?」


「少し、性格に難があってな。勝つためには手段を選ばぬのだ」


「それは、剣士としてはいけませんね」


「それで、師匠や師範代にとがめられるのだが、なかなか、治らなくてな

ならば、立ち合いにて決着をつけようとなったんだが」


「師匠を出す訳には、いけませんね」


「そうなると、師範代なんだが、俺の見立てだと、分が悪い」


「それで、兄貴が」


「俺は勉強しに来ている。所詮は余所者よそものだからな、負けても顔が立つ」


「それで、立ち合いを」


「何度も立ち合いをしてたので、奴の手口は分かっていたしな」


「それで、勝ったのですか」


「ああ、何とかな」


「その後、荒木竜之進はどうなったんですか」


「負けたら、道場を出る。約束になってたんでな。どっかに消えて、居なくなった」


「素直に出ていったんですか」


「まあ、いずれ、この仇は取るって、言ってたけどな。

あれから、随分、経つんで、捨て言葉と思ったが、本気だったのか、面倒くせぇな」


「汚いとは、どんな。剣術なんですか」


慶之助の問いに


「奴の刀は普通の刀より、少しだけ長くてな。その長さを隠しながら、死角の外に回り込んで、斬ったり、突いたりするのが得意なんだ」


「真剣の勝負なんですか」


「それで無いと、本当の強さ分からんと言うからな」


「狂人ですね」


「そうだな。嫌な相手だ」


「兄貴、大丈夫なんですか」


彦佐が心配する。

すると左近は


「まあ、避けられない。勝負なんだろうな」


「左近殿」


皆の様子を見た。角之助は


「左近様。殿にお役目代をはずむように言っときますよ」


「おう、それは良い話しだな」


左近は、にこりと笑った。



三、


 夜も遅くなり。口伝会の副会頭、門沢公己かどさわこうきは道を歩いている。

赤坂の知り合いの所で酒を飲み、口伝会の屋敷へとの帰り道だ。門沢は酒に強いので、意識ははっきりとしている。

すると、道の前に人が立っている。

夜なのでよくは見えないが、立ち姿は侍だ。


「誰だ」


門沢が目を凝らすと、侍が声を掛けてきた。

荒木竜之進だ。


「浪人のようだが、お主は腕が立つのか」


不遜ふそんな態度に


「儂は口伝会の副会頭、門沢公己だぞ。知っての無礼か」


「ほう、口伝会は知っておる。剣客集団だそうだな。直方左近とめているとも」


門沢は驚き


「直方左近を知っているのか」


竜之進はにたりと笑い


「ああ、古い知り合いだ」


そう言うと、刀に手を掛け


「まあ、良い。少し骨の有る奴と勝負がしたかった。口伝会の副会頭なら強いだろう」


その姿を見た。門沢は


「儂もめられた物だな」


刀を抜いた。

竜之進は下段げだんに刀を構えた。


「下段!」


立ち合いで、初めから、動き出しにくい、

下段に構える者は珍しい


「年寄りか!」


正眼に構えた。門沢は、右上段から素早く、斬りかかった。

竜之進はそれをかわしながら、踏み込んで、刀をくるりと回すと逆袈裟で斬り上げた。

その刀をすんでで体を反り、門沢はかわしたが


「つぅ、」


頬を斬られた。

妙な構えをしていたので、用心はしていた。本気で斬りかかってもいない

だから、ちゃんと避けたはず。だが、斬られた。門沢は竜之進をまじまじと見た。

竜之進は又、下段に構えた。


迂闊うかつには仕掛けられん」


門沢がそう思っていると、竜之進は更に下段に構えた。がら空きだ。


「誘っているのか」


思い悩んでいる門沢に竜之進は


「口伝会も大した事は無いな」


その言葉に


「このっ、」


誘いだとは分かっている。

だが、頬を斬られた事に納得できぬのだから、二の足を踏む


「んっ、」


その時、門沢がひらめいた。

突きなら、素早く遠くまで突けて、しかも、すぐに引っ込められる。


「それだな」


門沢が下段に構えた竜之進をすっと突いた。

竜之進はそれを待っていたのか、刀を上げて、門沢の刀に当てると、そのまま、刀を滑らせて門沢を突いた。


「ぐぉ、」


門沢に刀が刺さった。その傷は深い

門沢は驚きながら竜之進を見る。


「なぜだ」


竜之進は体をずらして、門沢の刀を避けている。

深く刺さったのを確認してから、竜之進は刀を抜いた。門沢が倒れる。


「うぉ、ぐぉ、」


と声を発しているが、もう、意識はほとんど無い、やがて、声も出さなくなりそのまま横に倒れた。

門沢は死んだ。



四、


「門沢が斬られた?」


次の日の朝早くにその知らせは左近の耳に

届いた。


「誰にだ」


左近の問に彦佐が答える。


「それが、荒木竜之進らしいのですよ」


「そうか」


左近は腕を組み


「奴の剣は、奴と組み合った者で無ければ。避けるのは難しい」


「兄貴、大丈夫なんですか」


左近は彦佐を見やり


「なんだ。心配しているのか」


「確かに、兄貴にくらべれば、門沢は今一つだと思ってましたが、

それでも口伝会の副会頭。それが、殺られたとなると、なんだか、心配になって来ましたよ」


「霞達には内緒にしとくか」


「そうですね。心配しますね」


「口伝会の奴ら、怒ってるだろうな」


「今頃、必死に竜之進を探してるんじゃ無いですか」



五、


 満月の夜だった。夜目に慣れれば。良く見える。そんな夜だ。

刀を抱えながら、月見をしている。左近に彦佐が背後から近寄る。


「兄貴、」


左近は振り向き


「おう」


と答えた。


「荒木竜之進が現れたそうです」


「そうか」


赤坂の武家屋敷街の外れの広い道の真ん中に、左近は一人で立っている。

やがて、侍が一人、歩いて来る。荒木竜之進だ。左近を見つけると、近付きながらまじまじと見つめ


直方左近なおかたさこんか?」


と声を掛けた。


「久かたぶりだな。竜之進」


左近が答える。

月明かりの中、竜之進は左近の顔を確認して


「はっ、はっ、二十年ぶりか」


左近は苦笑いをして


「今さら、何の用だ」


「ずっと、上方かみがたに居て、用心棒などをしていたのだが、やはり、お主を斬らぬと寝覚めが悪くてな」


「腕は上がったのか」


「ふん、あの時は、まだ、剣の極みが足りなかったからな」


「口伝会の門沢を斬ったそうだな」


「ああ、腕の立つ奴とやりたかったが、

今ひとつだったな」


「俺は貴様の手口を知っている。だから、貴様は勝てんぞ」


「ふん、見くびるのは勝ってからにしろ」


二人の様子を遠くから、彦佐は伺っている。


「兄貴、」


背後に気配を感じて、振り向くと


「半兵衛!」


口伝会の会頭。柳沢半兵衛が立っている。

隣には藤井啓造も居る。

半兵衛は驚く、彦佐の口を押さえると


「大丈夫だ。この立ち合いを見届けるだけだ」


そう言った。



六、


左近は正眼に構え、竜之進は、又、下段に構える。


「下段で良いのか」


左近の問に


「剣を極めたと言っただろう」


竜之進が答える。


「ふん」


左近は左側から回り込んで、突きながら払った。竜之進はそれをかわして、逆袈裟で斬り上げる。

左近は見切っている。


「また、刀を長くしたのか」


竜之進の刀は、昔よりも更に、わずかに長くなっている。


流石さすがは左近、相変わらず目付けが良いな」


二人は、又、正眼と下段に構える。


「どうした。突いて来い」


竜之進が誘う


「いや、止めておこう。嫌な予感しかせん」


「相変わらず。変な奴だな」


「おめぇに、言われたくは無いわ」


左近も下段に刀を下ろす。

二人とも動かない


「貴様も馬鹿だな。師匠の言う事を聞いて、真面目にやっていれば、師範代。はては、

あの道場の道場主の芽もあったのに」


左近の言葉を竜之進は鼻で笑い


「あの、ぬるい道場の中で道場主になった所でなんになる。儂は最強の剣を目指したのだ」


「最強の剣ねぇ」


その間にも二人は相手の隙を見ている。


「虎を斬ったそうだな」


突然の竜之進の言葉に


「ちっ、」


左近は舌打ちをした。一番、されたら嫌な話しだ。


「おめぇも、虎と戦って見ろよ、手強てごわいぞーっ、」


気持ちが入った。


「そうだな、機会があれば」


「いくぞ」


左近の言葉に


「来い」


竜之進が答える。

刹那せつな、左近が正面から突いた。

竜之進は待っていたとばかりにすっと刀を出し、左近の刀に当てると、自分は身を反らしながら、刀を滑らせて左近を突いた。

門沢を斬った時と同じ技だ。


しかし、左近には当たらなかった。左近も身を反らして避けたのだ。

竜之進は驚き、振り向くと、左近は振り向きざまに竜之進を袈裟斬りで斬った。

竜之進は肩から、ざっくりと斬られている。


「見事だ」


その様子を見て、左近は


「言っただろう。貴様の手口は知っているから、負けないと」


竜之進はそんな、左近を恨めしそうに見つめて


「流石だ。直方左近」


そう言って、倒れた。

左近は事切れた。竜之進の目を閉じると


「邪剣に走らなければ。仲良く出来たのかもな」


そう話し掛けた。



「やった」


それを、はらはらと見ていた。彦佐は飛び上がって喜んだ。

その様子を半兵衛は見て


「藤井殿、帰りましょう」


「はい」


背を向け、歩きだした。藤井も付いて行く

そんな二人を彦佐が見送ると、半兵衛が振り向き


「左近に、門沢殿の仇をとった事には、礼を言うと」


そう言って、去っていった。



七、


 それから三日後、左近と彦佐は浅草にある。無縁仏を預かってくれる寺に居た。

荒木竜之進の亡骸なきがらをここに埋葬まいそうしたのだ。

竜之進の墓の前に二人は居る。


「兄貴もお人良しですね。墓を建ててやるなんて」


「一応、同門だからな」


墓に花を手向たむけけながら、左近が答える。


「しかし、わざわざ上方から、兄貴に斬られに戻って来たようなもんですよ」


「以外と斬られに戻ったんじゃないのか」


「へっ」


彦佐は狐にままれたような顔をした。


「上方で、それなりに暮らして居たみたいだからな。もう、充分に生きて、最後に自分の力を試したかったんじゃ無いのか、それで、死んでもいいと」


「そんなもんなんですかね。武士もののふって」


「俺が奴なら、そうするのかなって」


「そうですか」


返事をした彦佐は、左近の背中に、何となく、もの悲しさを感じた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る