第11話 剣豪二人

一、


 左近と彦佐が、刀を磨いで貰い

帰り道に日本橋を歩いている時だった。


「兄貴、」


後ろを歩いていた彦佐が左近を呼び止め、

耳打ちをする。


「あそこに門沢が居ますよ」


「門沢?」


左近は思い出して


「ああ、口伝会くでんかいの」


視線の先には、門沢公己が一人で通りを歩いている。


「一人のようですね。やっときますか」


「やるって、あいつを?小物だろ」


「あいつ、近頃、副会頭になったそうですよ」


「副会頭?副頭目はやめたのか」


彦佐はにたりと笑い


「黒川が殺られたんで、副頭目は縁起えんぎが悪いと、やめたみたいですよ」


「そうだろうな。俺もそうするよ」


「とりあえず。おどしておきますか」


「ええっ、かかわる気か」


彦佐が門沢に向かい、ずんずんと近づいて行き、後ろから声を掛けようとした時だった。

門沢の前に二人の男が表れた。柳沢半兵衛と藤井啓造だ。

それを見た左近は


「なんだ、あの、好顔小僧こうがんこぞうは」


柳沢半兵衛は余り背が高くなく、細目で端正な顔立ちをしていて、年齢よりも若く見え、人も良さそうに見える。

彦佐は思い出し


「兄貴、あれが、口伝会の会頭。柳沢半兵衛ですぜ」


「あれが?ずいぶんと若くねぇか」


「歳は、三十絡まりと聞きましたが」


「お幼顔さながおだな」


左近は半兵衛をまじまじと見て


「黒川を殺ったと言ったな。どう見ても

 黒川のが強そうだが」


「小野一刀流の免許皆伝だそうですよ」


「ふーん、素早っこそうには見えるが」


左近はあごに手を当て


「後ろにいる。背の高いのは」


「多分、もう一人の副会頭の藤井かと?」


「そうか」


ふと、半兵衛がこちらの方を見たので、左近は彦佐を引いて身を隠し


「三対二だな、が悪い。口伝会の会頭の顔もおがめたし、彦佐、今日は帰るぞ」


「えっ、はっ、はい」



二、


 それから数日経って

左近が一人で日本橋の飯屋に入った時だった。

柳沢半兵衛が一人で食事をしていた。


「本当に一人か?」


身を隠して、様子をうかがったが本当に一人らしい


「行ってみるか」


そう言うと、すたすたと歩き、半兵衛の前に腰掛けた。

そして、半兵衛と目が合うと


「よお、」


と声を掛けた。

半兵衛は驚いて、左近を見ていたが

やがて左近だと気が付き


「直方左近か!」


と答えた。


「俺にも焼き魚と飯、それと味噌汁な」


左近はそう板場に声を掛けると、半兵衛を見て


「口伝会の会頭が一人で飯とは随分と

 無用心だな」


半兵衛は正体がばれているのかと、にたりと笑い


「さすがは柳生の娘を嫁に持つと、探りが早いですね」


「まあ、ここで会えたのも何かの縁だ。

 酒でも飲むか」


「私は酒は呑みません」


「酒を呑まぬのか、見た目通りだな」


「酔っぱらってる間に斬られたら、堪りませんからね」


「それは、そうだな」



三、


 飯を食い終えて

二人は、町外れの河原に場所を移した。


「黒川を殺ったそうだな」


「あんな、恥さらしは口伝会には要りません」


「ははっ、口伝会ってのは無頼者ぶらいものの集まりだろ」


「口伝会への無礼は、ゆるしませんよ」


「色々と今までのいきさつもあるしな。ここで、決着を付けるか」


「そうですね、あなたが口伝会にとって、

邪魔になるのなら」


半兵衛は中腰になり、刀に手を掛けた。


「抜刀術か」


左近も同じように中腰になり、刀に手を掛けた。

その姿を見て、半兵衛は眉も動かさない

二人は暫く、そのまま動かなかった。

ずっと、動かない

痺れを切らした左近が、やっと


「おい、おい、いい加減。動けよ」


と声を掛けた。

それを聞いて、半兵衛はふっと笑った。

その時だった。


「隙あり!!」


突然、左近が半兵衛に斬り掛かった。

半兵衛はその刀で受けて、鍔ぜり合いになった。


「直方左近ともあろう者が、汚い手を使いますね」


「こっちはそっち程、余裕の無い剣豪なんでね」


「いや、あなたは天才ですよ」


左近は力で半兵衛を押そうとしたが、

意外に力強く、押し込めない


「見た目より、力持ちだな」


「口伝会の会頭として、これでは負けられません」


やっと、二人は離れた。

左近は刃こぼれした愛刀を見て


「あーあ、研いだばっかりだって云うのによー、」


言っている。左近の隙を見て、今度は半兵衛が斬り掛かった。

咄嗟とっさに左近は刀で受けた。


「呑み込みが早いな」


められて、嬉しいですよ」


又、鍔ぜり合いになった。

二人はむきになり力の限り押した。

やがて、きーんと云う音と共に二人の刀が折れた。

つっぱりが外れて、二人は前に倒れ込む


「くっ、」


二人は咄嗟に脇差しに手を掛ける。


「あーあ、馬鹿力が、刀が折れちまったよ」


「あなたの方こそ、受け流して斬り込んで来れば良いのに」


「だから、俺は余裕の無い剣豪だって、言ってんだろ」


「そうですか」


二人は脇差しに手を掛けたまま、話している。

左近の顔には疲れが見える。


「どうする。まだ、続けるか?」


半兵衛も息を切らせている。


「今日はもう、やめてあげても良いですよ」


「そうか」


「そう言って、後ろから斬って来ないですよね」


「おう、そりゃあ、いい手だな」


二人は同時に振り返って、刀を拾う


「あーあ、俺の胴田貫が」


「私の虎徹が」


柄を拾い、刀身を拾うと二人はそのまま、

振り向きもせず河原を後にする。


「やばいな。あの小僧、ほんとに天才だぞ」


「あのしたたかさといい、やっぱり、あなどれません」


そのまま、二人は別れて行った。

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