第7話 口伝会
一、
用心棒、
江戸城下。大名屋敷の一角に、口伝会の会頭である。柳沢半兵衛の屋敷はあった。
どこぞの大名屋敷かと見間違うかのような、大きな屋敷で、中には広い庭園もあった。
その庭園の一角に茶室があり。その茶室に主人である柳沢半兵衛と、副頭目、黒川周玄。目付役の門沢広己は居た。
半兵衛が茶を立て、黒川、門沢が茶を振る舞われている。
半兵衛は、口伝会の会頭であるが、まだ三十がらみの若者で、冷静沈着にして切れ者。
また、小野一刀流の免許皆伝を持ち、剣の達人でもある。
「噂が立っていますね」
茶を差し出す半兵衛に
「そうなのです。直方の次に、あの達素小三郎を、黒川殿が敗ったのですが」
門沢が答える。
「
黒川も口を挟む
「良いところに、気が付いたのですが、悪い方に噂が転びましたね」
配り終えた。茶を啜りながら、半兵衛が話す。
「こうなりゃ、直接、左近を
黒川の言葉に
「間違いなく、勝てるんでしょうね」
半兵衛がにらむ
「我らは、用心棒を
半兵衛や門沢の言葉に、黒川は少し
「確かに面倒な相手ではある。それに奴に付いている忍びも厄介だ」
「いや、間違いなく、直方左近は剣豪。並みの相手ではありません」
言った後に、半兵衛は目を閉じて考え込み、再び目を見開くと
「試して見ますか!」
「試す?」
「剛剣の者と、軽業で速剣の者、二人で立ち向かわせては、そして、御二人で忍びを押さえてもらえば、どうでしょう?」
「なるほど、左近はおそらく速剣の者、剛剣は苦手かも知れんな」
「しかも、剛剣と速剣で緩急をつけて、二人で掛かれば」
「それなら、いけるかも知れんな」
「我らの邪魔になる、可能性があるのなら、どれ程の剣豪なのか、確かめておくのも良いでしょう」
「そうですな、倒せれば、御の字ですし」
「そうだな」
二、
縁側で左近が、彦佐相手に騒いでいる。
「兄貴、どうしたんですか」
「道海に貰った。
桜の木で出来た数珠が、ばらばらになっている。
「丈夫な
彦佐が切れた。紫の組紐をつまみ上げる。
「すごく、気に入ってたんだよ」
「じゃあ、新しい組紐を買いに行きますか」
「そうだな、何だか縁起も悪いし」
「出掛けるのですか、私も行きます」
井戸で野菜を洗っている。霞が話し掛ける。
「えっ、茜が買い物に出ているんだろ、待ってなくて良いのか?」
「それは、そうですが」
「なぁーに、すぐに帰って来ますよ」
彦佐の言葉に
「そうですか」
霞は、付いて行くのを諦めた。
「彦佐、やっぱり、紫の紐が良いな」
「紫の丈夫な組紐、見つけましょうね」
がやがやと喋りながら、左近と彦佐が出て行く
「行ってらっしゃいませ、お気をつけて」
霞は歩いて行く二人を見送った。
三、
日本橋で、目当ての紫の組紐を見つけて、上機嫌で左近は、お土産の塩大福を持った彦佐と歩いている。
人通りの少ない、町外れに差し掛かった時である。
「直方左近だな」
呼ぶ声の方を見ると、大きな刀を持った大男が立っている。
「何だ、近頃はでかい刀が流行ってるのか」
大男の刀を見て左近が言った。
「儂こそが江戸一番の剣豪、安井大悟様だ。かかって来い」
「そうか、そうか、きっとそうだろう、がんばれよ。行くぞ、彦佐」
「自分で、江戸一番とか言うかね」
話しを聞いた左近達は、興味も無さそうに向きを変える。
「なっ、このっ、」
無視された大男が刀を抜き、走ってくる。
「兄貴、」
彦佐が声を掛けて、左近を引き、二人は身を屈めた。
風斬り音と共に、二人の頭上を、くないが通り過ぎる。
「ちっ、めんどくせぇな」
左近が立ち上がり、刀を抜き、走って来た大男と対峙した。
彦佐が大福を胸元にしまい、辺りを見回しながら左近達から離れた。と同時に黒川達二人が彦佐を取り囲む
「おいおい、ずいぶん居るねぇ」
彦佐が長めの脇差し二本を抜く
「まあ、余計な事をしなければ、生かして置かない事も無いぞ」
「流石に、我ら二人相手では何も出来まい」
「どうですかね」
四、
大男と対峙した左近は、ふいに背後から、小男に飛び掛かられた。
「うあ、何だ。あぶねぇな。もう一人、居たのか」
左近が避ける。
左近は受けたが、物凄い力でぐいぐいと押してくる。
「ぐぅ、」
受けながら、上手く受け流したが、今度は小男が足元を狙ってくる。
「この野郎」
避けて小男の背中を蹴った。が、すぐに大男が斬り掛かってくる。
「ほっ、」
ぎりぎりで避けたが、少し頬を斬った。
彦佐は、黒川達二人に囲まれて、援護が出来ない
左近は大男から少し距離を取り
「久しぶりに斬られた。怒ったぞ」
「吉蔵、同時に行くぞ」
そう言われて、大男と小男が同時に斬り掛かって来た。
「なめるなよ」
左近は素早く、くないを大男に投げた。
大男は避けたが、その隙に飛び掛かって来た。
小男の刀を受け、脇差しで小男の脇腹を斬った。
「ぐぉ、腹を斬られた」
そう言って小男が倒れた。
左近は、二刀流で大男に
「さてと、剣豪、掛かって来い」
「ふん、」
小男、吉蔵がやられたのを見て
「おい、大丈夫か」
門沢が左近の方を見た。
その刹那、彦佐が門沢に斬り込んだ。
「うおっ、」
門沢は腕を斬られた。
「へへっ、油断したな。さっさと斬れば、良かったのに」
「大丈夫か」
「腕を斬られた」
門沢が、斬られた腕を押さえる。
「俺がやろう」
黒川が彦佐と対峙する。
「一対一で、勝てますかね」
「ふんっ、忍びふぜいが
黒川が上段に構えた。
「つぅ、」
が、構えたとたんに、飛んで来たくないが手に当たった。同時に彦佐が斬り込み、黒川の腕も斬った。
左近が隙を見て。投げたのだ。
「彦佐、貸しな!」
「あーあ、兄貴に借りを作っちまった」
「斬り合い中に、何処を見ている」
大男が上段から斬り掛かり、避けた左近を更に突いてきた。それをするりとかわして
「んー、やはり、一人だと、今一つだよな。所詮、力業か、」
「なんだと」
「頬を斬ったまでは、良かったけどな」
左近は相変わらず二刀流だが、脇差しを持ちかえると大男に投げた。それを弾き返された瞬間に斬り込んだ。
「ぐぇっ、」
脇腹を斬った。
小男、大男が倒れ込んでいる。
小男の方は、もう息絶えている。
左近は、腕を押さえる門沢達を見回しながら
「今日は、こんな所か、彦佐帰るぞ」
「へい、」
彦佐を連れて、去って行く
五、
「やはり、無理でしたか、直方左近、恐ろしい男だ」
離れた高台で、西洋式の遠眼鏡を使い、様子を見ていた半兵衛が言った。
「良い所まではいったのだがな、ありゃあ、そうとう場数を
やはり、同じく遠眼鏡を持った。隣にいる黒川と同じ、もう一人の副会頭、藤井啓造が言った。
頭領である柳沢半兵衛が、会頭と名乗っているのだから
黒川周玄も副会頭なのだが、黒川はその呼び名が気に入らず。皆に副頭目と呼ばせている。
「どうする、儂が行こうか」
藤井の問いに
「藤井殿なら勝てますか」
「やって見ないと分からんが、手強いだろうな」
「なら、もう少し様子を見ましょうか」
「様子見か」
「負けるかも知れない勝負をするのは、人生に一か二度で十分でしょう」
「そうか」
二人の視線の先では、藤井が手配した男達が後始末をしている。
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