第5話 仇討ち
一、
左近と彦佐は神田明神の近くにある。評判の団子屋に居た。
旨い団子屋があると聞きつけた彦佐が、神田明神を参拝ついでに行きたいと、だだをこねて左近を連れ出した。
二人は混雑の中、外椅子に座り。つぶあんのたっぷりとかかった草団子を頬ばっている。
「馬鹿、丸出しだな」
幸せそうに、団子を頬ばる彦佐を見て、左近が言った。
「だって、こんなに美味しんですよ、極楽気分じゃ無いですか」
「確かに旨いが、随分と待ったぞ」
「待つのも、ご馳走ですって」
彦三の言葉に、左近は首を捻りながら、辺りを見渡す。すると妙な男と目が合った。
左近は一度は目をそらしたが、怖い物見たさにもう一度見た。
「なんじぁ、ありゃあ」
始めは左近達を、見ているのかと思ったが、どうやら、そうでは無いらしい、じっと団子を見ているのだ。
「何だか、面倒くせぇな」
そう言って、左近は団子を持ち、坊主に近付いた。
「こら、くそ坊主。何見てんだよ」
近付くと、坊主は団子をまじまじと見つめ
「面目無い、三日ほど、大した物を食ってなくてな」
「団子、買う金も持ってないのか」
「申し訳ない」
そう言いながら、今にもかぶりつきそうにじっと団子を見つめている。
「分かったよ。もう、これ、やるから喰っていいよ」
左近が団子を渡すと、坊主は一心不乱に団子を食った。
「んふっ、ふぅまい」
「声にもなってねぇよ」
彦佐も近付いて来た。
「兄貴、大丈夫ですか」
左近は彦佐の残っていた団子を取り、それも坊主に渡した。
「ほら、これも喰え」
「あっ、」
取られた彦佐が驚く
「もう二本も喰ったんだから、良いじゃねぇかよ」
「そんなぁ」
坊主は、それも平らげると
「旨かった。こんな旨い団子、喰った事がない」
「大の大人が、何で、一銭も持ってねぇんだ」
「実は久しぶりに、江戸に戻って来たのだが、川の渡し賃が勿体なくて、歩いて渡ったら、財布を流してしまってな」
「何で、川を歩いて渡んだよ、あぶねぇだろう」
「まあ、元々、そんなに持って無かったんだがな、わはははっ」
左近は高笑いする。坊主を見て
「馬鹿だよ。こいつ、やべぇ奴に声を掛けちまったよ」
「所で、お坊さんは何をしに江戸へ」
彦佐が口を挟んだ。
「
「仇討ち!」
二人が声を
二、
家に戻ると、左近の妻である霞と、彦佐の女房である茜が廊下の掃除をしていた。
左近達を見つけると
「ああ、左近様。お帰りなさいまし」
霞は、左近よりも一回りも年下で、見目麗しい若妻だ。
霞は、見た目の美しさとはうらはらに、裏柳生の頭領、柳生木人斎の娘であり、剣の達人でもある。
茜は、元々は霞の警護役兼守役の忍びで、彦佐と祝言を挙げた後も、直方家のお手伝いとして働いていた。
左近の後ろにいる。体格の良い坊主を見つけると
「そちらの方は」
「ああ、こいつは道海と云ってな、佐倉の寺で住職をしている」
「道海様」
道海は頭を抱えて、礼をしながら
「はははっ」
と愛想笑いをする。
「茜、釜に飯が残ってただろ、握り飯を握ってくれ、彦佐は風呂を
「えー、俺だって、道海さんの仇討ちの話しを聞きたいですよ」
「後で、じっくり教えてやるよ」
「私は何を」
霞の言葉に
「霞は、酒とするめを持って来てくれるか」
「はい、かしこまりました」
「なにやら、申し訳ございません」
霞の後ろ姿を見ながら、道海が言った。
「気にするな、役目柄の事もあるしな」
左近は小棚にあった。
彦三が握り飯を持ちながら、やって来た。
「お前、風呂は?」
「茜に変わって貰いました」
「茜も人が良いな」
「どうぞ」
霞も酒とするめを持って来て、彦三の隣に座った。
「彦三さんも飲みますか」
「ええ、」
左近と道海、彦三におちょこを渡し
「どうぞ」
三人に酒を注ぐと、ちゃっかりと自分のおちょこにも酒を注いだ。
それを、いぶかしそうに横目にしながら、左近は、握り飯と酒を道海に進めて
「喰いながら、飲みながらで良いので、仇討ちの話しを聞かせてもらえねぇか」
道海は合掌して、仏様に感謝をすると、握り飯にかぶり付きながら話し始めた。
「実は拙僧は、江戸で浪人をしておりました。父の代に改役に会い、奥州から江戸に出て、父は
武士のくせに恥ずかしいと、若い時は反発して悪行をしたりしましたが、優秀な弟がおりましてな。
その弟が川内藩、江戸屋敷の勘定方に仕官が決まり、母はもう亡くなっておりましたが、病床の父が大層喜びまして、
それで、拙僧も悪行をしていた時に、近くの住職に助けて頂き、僧侶への憧れもあったので、父が死に、弟の祝言と共に
「ふん、ふん、なるほどな、それで」
左近は、彦三にするめを火鉢で
「高野山での修行が終わり、佐倉に副住職に入り、住職が亡くなってしまったので、住職になり、過ごしておりました」
良い酒なので、皆の酒の進みも早い、霞はもう顔が赤くなっている。
「ところが幸せに暮らしている筈の弟が、切腹させられたと、縁者が知らせに来たのです」
皆の手が止まった。
「なぜだ、」
円海は、涙を浮かべながら、話しを続けた。
「縁者の話しでは、弟が長年に渡り、横領を働いていて、それが露見し、腹を切らされたのだとか、妻も後を追い、首を斬り自害したそうです」
「横領は、間違い無いのか」
「いえ、そんな筈はありません。弟は真面目で、曲がった事が嫌いな男なのです。
それに苦労してようやく仕官が叶い、やっと親孝行が出来たと、これから妻と、慎ましくも幸せな家を築いて行くと言っていたのです」
彦三が、道海の背をさする。
「きな臭い話しだな」
左近の言葉に、道海が話しを続ける。
「どうにも納得がいかぬので、真言宗のお偉いさんに頼み込みまして、弟の事を調べて頂きまして」
「何故、真言宗のお偉いさん」
彦三の問いに霞が答えた。
「居るのですよ、お坊様の中にも、そう云う事などを探索する人達が、組織が大きいので下手な探索方よりも探るのが上手でしょう」
三、
真言宗の探索方の調べによると、こうだ。
川内藩江戸家老である。原島玄蕃は江戸家老の立場を利用して
川内藩江戸屋敷での博打場の開場。それを資金にしての高利貸し、挙げ句には御禁制の品物の売買まで行い、それで稼いだ金を吉原などで、豪勢に使っているそうだ。
それを
切腹と云っても、無理矢理にさせたようである。
「非道い話ですね」
「絵に書いたような悪党だな」
「それで仇討ちを」
道海が
「よし、決めた」
左近はそう言って、右膝をぽんと叩くと
「俺がその仇討ちを手伝ってやろう、江戸に居る悪党は、少しでも退治しとかねぇと、住みづらくてしょうがねぇからな」
「あっしも手伝いますよ」
彦三が答え
「私も手伝います」
霞も答えた。
だが、道海は改めて正座をして
「お気持ちは有難いのですが、拙僧には皆様にお支払いできる。謝礼などはございません」
「そんな、謝礼など入りませんよ」
霞が答えて、右手を左右に振ったが、左近が霞の肩を掴み
「大丈夫だ。ただではやらん」
「えーっ」
人でなしを見る目で、霞と彦佐の二人が左近を見た。
四、
次の日、道海と彦三は深川の材木問屋、秩父屋に居た。
左近の所では、ここから
そして、道海と彦三は、一心に薪割りをしている。
「すいませんね、薪割りなんかしてもらって」
道海は、手拭いで汗を拭きながら
「いや、いや、薪割りは寺でもやっているので得意です」
確かに周りの職人も目を見張る程、道海は良い音を立てて、素早く切っていく
「それに何にでも使って貰えるのは、嬉しい事です」
買った蒔を、荷車に積んで家に帰ると、庭先で左近が待っていた。
「帰って来て早々に悪いが、道海、俺の稽古の相手をして貰えぬか」
「荷車を引いて、帰って来たばかりですよ、少し、休ましてあげたら、どうです」
彦三が口を挟むが
「駄目か?」
「いえ、大丈夫ですが、拙僧は木刀は使えませんが」
「お主の鍛練錫杖で良い、長物相手の稽古をしたいのだ」
「分かりました。それでしたら、お相手させて頂きます」
庭先で二人は木刀と鍛練錫杖で対峙した。
左近は正眼に、道海は錫杖を
「手加減しなくて、良いぞ」
左近の言葉に
「それでは遠慮なく」
隙を付いて、道海が一突き突いた。道海の錫杖は鍛練用なので飾りは少なく実戦的だ。
「ふん」
左近は身を振りながら、たやすく木刀でかわす。
「そんなものか、遠慮はするな、遠慮するなら、こちらから打ち込むぞ」
「はい」
道海は姿勢を正し、隙を見て今度は素早く突いた。また、左近にかわされたのだが
「いいぞ、なかなか鋭い突きだ。」
軽く、あしらわれているので、道海も少しむきになった。
「それではこちらも、本気を出させて頂きます」
錫杖を、頭の上でぶんぶんと振り回し、右から叩いてきた。
かなりの威力のはずだが、左近は木刀で受け上に流して、錫杖を弾き飛ばす。
弾かれた錫杖を又、頭の上でぶんぶん回して今度は左から叩く、それも弾き飛ばされると、今度は錫杖を回さず上から素早く叩いた。
左近はたまらず、後ろに引いて身をかわした。その瞬間を狙っていたのか、道海は素早く左近を突いた。
「あっ、」
見ていた彦三が、左近がやられたと思い声を挙げたが、左近は正面に木刀を構え、前に突き、すんでで錫杖を受け流した。
これには取っておきの技を仕掛けた道海も
「お見事」
と声を挙げた。
「いやいや、そっちこそ、大したものだよ」
避けた左近も、驚きながら、道海の棒術を誉めた。
夕方、左近が縁側に居ると、酒とつまみを持って、霞が現れた。
左近も霞に気付き、おちょこを受けとる。
霞は、酒を注ぎながら
「道海様の腕を試したのですか」
そう言った。
左近は照れ笑いしながら
「がたいは良いが、弱くてはな」
「薪割りは修練ですか?」
左近は酒をあおりながら
「何もしないでは、あいつも居ずらかろうと思ってな」
「そうですか」
霞もおちょこに酒を注ぎ、口を付ける
「仇討ちは、成しとげられそうですね」
「そうだな」
夕焼けを見ながら左近が答える。
五、
道海は朝早くには起き、
七日目は昼前から、道海の姿が見えなくなった。
珍しく思い、左近が彦三に
「昼前に道海が居ないなんて、珍しいな」
「ああ、知り合いを訪ねたいので、早くに出掛けたいと言ってましたね」
「そうか」
そう言って、左近は縁側に腰を掛けた。少ししてから茜が駆け込んで来た。
「大変です」
「どうした」
「柳生の草からの報告によると、原島玄蕃が供を連れて、北沢村に向かったそうです」
「それでか」
左近は居間に入り、急いで刀を取ると
「彦三、いくぞ」
と家を飛び出した。
六、
原島玄蕃は駕籠に乗り、供、六人を引き連れて、知り合いの別邸がある北沢村に向かっている。
町屋を離れて杉林に入ると
「その駕籠、待ていっ、」
杉林の奥から、虚無僧が出て来た。
「川内藩、江戸家老。原島玄蕃の駕籠に相違ないか」
供の侍が答える。
「何者だ」
虚無僧は
道海だ。
「貴様に無実の罪を着せられた。高槻次ノ介の敵を取りに来た」
そう言うと
「おもしろい」
駕籠から原島玄蕃が姿を表した。供の者がすぐに玄蕃の周りを固める。
「逃げも隠れもせぬわ、くそ坊主め、やって見よ」
道海は錫杖を構えると、向かってくる侍二人の刀をかわしながら、あっという間に突き飛ばした。
「気を付けろ、中々やるぞ」
道海は更に構えて、他の侍達に備えた。
が、その時、銃声が鳴った。
「ぐっ、」
鉄砲の玉が道海の肩を貫いた。
錫杖を落とし、道海が膝を付く
「卑怯な」
すぐに侍達が道海の周りを囲み、錫杖を蹴飛ばした。玄蕃が道海の前に立ち
「屋敷の
罠を仕掛けたのよ、こんなに簡単に引っ掛かるとは、何とも不甲斐の無い」
「くそっ、」
「お主は、高槻次ノ介の何じゃあ、」
「儂は、高槻次ノ介の兄じゃあ」
「兄じゃと、はっ、はっ、兄弟揃って、
「このっ」
道海は素手で玄蕃に掴み掛かろうとしたが
「うぐっ、」
後ろから、供の侍に
「痴れ者が、悔しみながら死ね」
玄蕃が目で合図して、供の侍が止めを差そうと刀を振り上げた。
「待て、」
「ぐわっ、」
左近の投げたくないが、手に当たった。
そのまま、左近は間に入り、歯向かってくる侍の刀をかわしながら、二人を素早く、そして正確に斬り捨てた。
遠くから又、足軽が鉄砲で狙ったが、飛び掛かった彦三に斬られた。
左近が道海の側に寄る
「道海、大丈夫か」
「左近様」
道海は虫の息だ。
「彦三、」
確かめると、左近は彦三を呼んだ。
彦三と霞、茜が駆け寄る。霞達は浪人姿の男装をしている。
「まだ息がある。絶対、殺すなよ。霞達は下がっていろ」
玄蕃と残った侍達は、驚いて左近達を見ている。
「何者じゃ」
「助太刀だ」
「江戸最強の助太刀です」
霞が付け加える。
「何が、江戸最強だ。やれっ!」
侍、四人が同時に、左近に斬り掛かった。
左近は踏み込んで、得意の逆袈裟で一人を斬り抜いて、返す刀で逆に踏み込み、もう一人を斬った。
それから身を翻して、もう一人を斬り、驚き固まっている。最後の一人を斬った。
一瞬の出来事だった。
「ぐぇっ、」
「ぎゃっ、」
計、六人の侍が転げ回っている。
転げ回っている理由は、左近が、利き腕の筋だけを斬ったからだ。
「あれだけ、逆上しながらもこれだけの事を」
霞は感心した。
原島玄蕃は、凄まじい剣技を見せられて、腰を抜かしている
じりじりと左近が、鬼の形相で詰め寄る。
「ま、待て、金ならいくらでも払う」
「それは無理だな。俺は助太刀だからな」
「くそっ、」
玄蕃は一か八かで斬り付けたが
「ぎやっ、」
肩を斬られた。
そして、左近が迫る
「命が惜しいなら、ちゃんと話せ、高槻次ノ介は、貴様に濡れ衣を着せられて死んだのか」
玄蕃は必死に首を横に振る
「言えっ、」
左近が刀を素早く横に振ると、玄蕃の
「痛いっ、」
「少し斬ったか、頭にきているから手元が狂うな」
「ひっ、分かった。しゃべる、国元に儂のやっている事が、ばれそうになったので、高槻に罪を着せて切腹させた」
「間違いないな」
「間違いない」
玄蕃は何度も
「聞いたな」
「はい」
霞と茜が頷いた。
「大丈夫か」
道海に近付き、彦三に聞いた。
「止血はしましたが傷は深いようです」
「そうか」
暫くして、左近が手配した役所の者達が現れ、原島玄蕃や供の侍達を連れて行った。
左近達は
七、
道海は何とか命を繋ぎ止め、左近の家で療養した。
原島玄蕃は悪事が幕府や藩に知れて、切腹。
お家は断絶となった。
道海は無事に、仇討ちを果たしたのだ。
一ヶ月後、元気になった道海は佐倉の寺に帰る事になり、左近、彦三、霞、茜が見送った。
「いやー、皆様にはすっかりとお世話になり頭が上がりません。
「傷が深いから、もっと掛かるかと思ったら、馬鹿だから治りも早いな」
「兄貴、めでたい日に、憎まれ口は、やめて下さいよ」
「まだ、無理はしないで下さいね」
「落ち着いたら、又、お礼に伺います」
「もう、財布は流されるなよ」
「また、一緒に神田明神で、団子喰いましょう」
「これ、傷口に良く効く、塗り薬です」
茜が薬を渡す。
「有り難うございます。それでは」
「じゃあな。達者で暮らせよ」
橋を渡り。大きな体を左右に揺らしなから小さくなって行く道海を、四人はいつまでも見ていた。
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