第3話 死闘
一、
隠密与力。直方左近と、その弟分である彦佐は日光街道を、北に向い歩いている。
老中、土屋相模守から、直々の命を受けて、宇都宮へと向かっているのだ。
先に、密貿易を行う薄屋、弥平を取り押さえて、大がかりな、密貿易の軍団を、大勢、捕縛する事に成功、その
利益金も差し押さえる事にも、成功した二人は、幕府から高額の報償金を貰い、左近が
「兄貴、久しぶりのお役目ですね」
「おう、そうだな」
左近は急に立ち止まり、空を見上げた。
「どうしたんですか」
彦佐が
「んー、荒れそうだな」
「快晴だし、風も吹いていませんよ」
「そうか」
彦佐の
二人の目の前に、十数人の浪人が表れた。
「お主が直方左近か」
真ん中に立つ、浪人が言った。
「そうだが、何の用だ」
「悪いが、ここで死んで貰う」
浪人達が一斉に刀を抜く
「数が多ければ、いいってもんでもないぞ」
そう言うと、左近は刀に手を掛け、彦佐の方を見る。
彦佐は
左近は向き直ると、駆け出して刀を抜いた。
浪人達の中に入ると、もの凄い速さで浪人達を次々と斬りだした。
「速いぞ」
「間合いをとれ」
「広がれ」
浪人達が離れて間合いを取ると、今度は彦佐のくないが飛んでくる。
「つぅ、」
「くそっ」
手を止めると、そこに左近の刀が来る。
「ぎゃ、」
「ぐぇ、」
どんどん、斬られていく
それ程、時間は掛からなかった。
「くそっ、」
残りが一人になった。
左近は大して息も切らせず
「さあ、どうする」
「なめるな」
残った一人が上段で斬りかかってきたが、左近にかわされ、胴を抜かれた。
「ぐぅ、」
腹を斬られて、最後の一人も倒れた。
「ふぅ」
左近が息を付き、彦佐も駆け寄ってくる。
「兄貴、」
その様子を遥か遠くから、見ている二人が居る。浪人傘を被った浪人と、深編笠の修験僧だ。
「噂以上の強さですな」
深編笠の修験僧が言う
「腕の立つ者を集めたというのに、それに、あの忍びも厄介だな」
「次は儂らの出番ですな」
「倒せるのか?」
「儂らは、目的の為にはどんな手でも使いますので」
「ふん、手並みを見せて貰おうか」
二、
次の日、利根川の渡し舟に乗る時だった。
商人の老人と、その息子も一緒の舟に乗った。左近の隣に老人が、後ろに乗った彦佐の隣に息子が乗った。
川の中頃で、舟が揺れると同時に老人が咳をしたが、左近は振り向きもしない、川を渡り終わると、左近達は舟を降りて先へと歩き出した。
だが、商人の親子がいつまでも降りない。
不思議に思った船頭が声を掛けると、二人は腹を斬られて死んでいた。
「うわっ、」
船頭が声を上げる。
それを横目に、左近達は歩き続ける。
「咳が合図だったんだろうが、ああ、殺気が出ていてわな」
「そうですね」
舟の揺れに合わせて、老人の方が合図を送り、若い方が後ろから左近を刺す
若い方は小刀を出したと同時に彦佐に腹を斬られ、老人の方は若い方が出した。小刀を左近が受け流して、そのまま老人を刺した。
「やっぱり、狙われていますね」
「あー、面倒くせぇな。奴ら、素人じゃねぇぞ」
左近が頭を抱える。
三、
その日の夕方、左近達が宿を決めて入ると、玄関先に
そこで若い
左近達を見つけて、左近を見つめた。
が、合った視線をそらして、左近は部屋へと向かった。
娼婦はその後ろ姿を、見つめたが
「ちっ、」
舌打ちをして、また酒をあおった。
案内の仲居の後ろを歩きながら彦佐が
「偶然ですかね」
「どうだろうな、そういう娼婦の居る宿もあるからな」
「追っては来ませんね」
「俺に色仕掛けは、あまり、効かんしな」
部屋に入り。二人は風呂以外は何処にも出かけずに部屋の中で食事を取り、酒を飲んだ。
猪ノ刻も中頃を越えようとした時だろうか、突然、左近達の居る部屋の障子戸が開いた。
先ほどの娼婦だ。
酒瓢箪を持って、胸元をはだけさせて立っている。が、目の前には誰も居ない
あっけに取られたが、ふと、上を見ると、左近達が天井に張り付いている。
「何の用だ」
張り付いたまま、左近が言う
「くそっ、」
娼婦はそう言うと
「お玄」
と叫んだ。すると、先ほど左近達の部屋を案内した仲居が走ってきて、部屋に入ると障子戸を閉めて小刀を抜いた。
娼婦も小刀を抜く、左近達は天井から降りて構える。
どたばたと、何回か大きな音はしたが、障子戸が閉まっていて、中の様子は見えなかった。
次の日、左近達は宿を出て歩き出す。
「宿ぐるみでは、なかったようですね」
「そうだな、しかし、なんで俺達がここに、泊まると分かったんだ」
「見張られていて、誘い込まれたんでしょうね」
「そうか」
「あっ、」
「どうした」
「そういえば、昼めしを食ってる時に、料理の上手い宿があるって、あの宿の話しをしている奴が居まして」
「本当か」
「それに」
「それに?」
「宿の前で呼び込みをしていたのは、襲ってきた、あの仲居ですよ」
「ああ、確かにそうだな、娼婦の方の見た目が強くて、忘れてたよ」
宿の仲居が、左近達の泊まった部屋に片付けに入ると、奥の方で体を縛られて、猿ぐつわをした女が二人が転がっていた。
「女二人で、しらふの俺達を殺そうなんて、百年早いですよね」
「俺は結構、酔っていたぞ」
「えっ、兄貴、そんな事だとその内やられちゃいますよ」
「そうか、気を付けるよ」
二人は又、歩き出す。
四、
しばらく歩いていると、田園地帯に出た。
前から修験僧の列が歩いてくる。
「んー、いかにもですね」
彦佐が言うと
「そうだな、八人ぐらいか」
左近が刀に手を掛ける。しかし、修験僧の列は左近達を通り過ぎる。
が、通り過ぎて暫くしてから、修験僧達が急に振り返り、編笠を脱いだ。
「やっぱり、来ましたね」
修験僧達は無言で、二人が彦佐を、残りの六人が左近を囲んだ。
彦佐を囲んだ。二人は仕込み刀だが、
左近を囲んだ。修験僧は二人が仕込み刀、二人が二丁鎌、一人が吹き矢、残る一人が仕込み槍だ。
仕込み刀の二人が、同時に左近に斬りかかった。
左近はそれを受け流し、数回打ち合って、再び刀を受け流して一人を斬り、返す刀でもう一人を斬った。
それを見ながら、吹き矢の修験僧が毒矢を吹き、それをかわした左近に、二丁鎌の二人が上から飛び掛かった。
左近はそれを進んでかわすと、振り返りざまに一人を斬り、
残りは三人。吹き矢の修験僧が、また毒矢を吹こうとしたが
「俺だけ二人とは、舐められたもんだな」
囲まれた二人を倒した彦佐が、くないで吹き矢の修験僧を倒した。
「くそっ、」
じっと争いを見ていた。槍の修験僧が構える。
残りの二丁鎌の修験僧が、彦佐に襲い掛かるが、数回、打ち合って彦佐に斬られた。
残りの一人が、槍で素早く左近を突くが、刀や体さばきでかわされる。
一旦、離れて、突こうとした所を、踏み込んでさらに刀で、槍を受け流した左近に斬られた。
「兄貴、」
彦佐の掛け声に
「苦労をしたぞ、やっぱり忍びは面倒だな」
息を整えながら左近が答えた。
その様子を遠くから、またあの二人、浪人傘の浪人と深編笠の修験僧が見ている。
「また、やられたな。何回目だ」
修験僧は歯ぎしりをしながら
「おのれ左近め、大事な手下達を」
「どうする。もう手駒も、無いんじゃないのか」
「ふん、」
「しかし、このままではまずいぞ、御前に顔が立たぬ」
「お主も、弟の仇どころでは無いな」
浪人傘の浪人はこの間、左近が倒した薄屋、弥平の用心棒の惣衛門の兄、刺野半ノ心で、
深編笠の修験僧は、風魔の残党、あざみ組の頭目、八句郎だ。
「仇どころか儂らの命も危ない」
「奴を殺せずにいれば、
御前とは、房州屋、弥平や半ノ心、八句郎の雇い主で、密貿易や博打場、金貸し、強盗などをしている。悪の軍団の元締めだ。
その正体は幕府の要人だという噂もある。
「二人で勝負を掛けるか」
「我ら二人で行けば、勝てるとは思うが、油断はできぬぞ」
「そうだな、まあ一つ、儂に考えがある」
五、
次の日である。二人が日光街道を北に向かい歩いていると、街道の別れ道。
水戸と書かれた木杭の所に、
「嫌な感じだな」
案の定、左近達を見つけると立ち上がり
「お主が直方左近か」
左近は迷惑そうに
「そうだが」
「待っていたぞ、立ち合いをして貰おう」
「軽いな、あんたは何者だ」
「拙者の名は安田十造」
「十字槍の鬼十!」
思わず彦佐が叫んだ。
十字槍の鬼十、江戸では有名な槍の使い手で、金を積まれれば簡単に侍を殺すと有名だ。
「金を積まれて、俺を殺しに来たのか」
「それもあるが、虎殺しの左近と勝負がして見たくてな」
「おりゃあ、あんたが思ってる程、強くねぇし、虎を倒したのも、たまたまだ」
「ずいぶんと
「もう、虎とは、勝負はしねぇよ」
三人は、街道を外れた荒れ地に移動をした。
十造が槍を構える
「やっぱり、やるのか」
「ああ、これもさだめなのだろうよ」
「あー、そうかよ」
左近も刀を抜く
二人はじりじりと左に廻る。左近は間合いを詰め、十造は間合いを離す。そんなやり取りをしながら、十造が槍を突いた。
左近はひょいと身をかわしたが、戻した十字槍に、肩の所を少し斬られた。
「ほう、さすがは鬼十、大した槍さばきだ」
「そりゃあ、どうも」
十造は、槍をぶんぶんと回し始めた。
その反動を利用して、素早く左近を突く、左近はそれをかわすが、何度も突いてくる。
「はっ、」
何度めか、突いた時に、左近がかわしながら踏み込んだ。
「やっ、」
十造がこの時とばかりに、十字槍を引いたが左近はしゃがみ込んでそれをかわし、更に
「うぉ、」
腹を斬られた十造は驚いたが、にやりと笑い
「さすがだ。虎殺し左近」
そう言って、倒れた。
「兄貴、」
彦佐が左近に寄ってくる。
「酒の飲み過ぎだな、少し足が振らついて居たぞ」
その時だった。
「兄貴、しゃがんで」
左近がかがむと、その上を毒矢が飛んでいく
草むらから八句郎と半ノ心が表れた。
「くそっ、」
毒矢を失敗した八句郎は
「絶対、殺してやる」
「左近、仇を取らして貰うぞ」
八句郎は彦佐に、半ノ心は左近に対峙する。
「仇って、何だ」
「お主が斬った。弥平の用心棒の惣衛門の兄だ」
「なるほど」
「儂等、自らが貴様らを殺してやる」
「おー、おー、やっと親玉のお出ましか」
「ぬかせっ、」
半ノ心は腰を下げて、刀を手を掛けた。
「抜刀術か」
左近も構える。にらみ合った後、左近が上段から斬り掛かる。
半ノ心は素早く刀を抜いた。だが、その刀は空を斬った。左近は斬るふりをして間合いを取ったのだ。
「おう、速いな」
半ノ心は出した刀を、また
間合いを見ながら、左近がもう一度、上段から仕掛けた。
「せいっ、」
半ノ心はまた素早く刀を出したが、左近はそれを刀で弾く。
弾かれた半ノ心は刀を反して左近を斬ろうとしたが、その前に踏み込んだ左近に額を突かれた。
「ぐう、」
額を割られた。半ノ心が倒れる。
「抜いちまえば、抜刀術は遅いな」
振り返り
「こっちは終わったぞ、彦佐」
彦佐は、まだ八句郎と向き合っている。
「くそっ、」
半ノ心が斬られたのを見て、八句郎が
八句郎は紐の付いた二丁鎌で、仕込み刀を二本持った彦佐と対峙している。
数回打ち合い、紐の付いた鎌を投げたり、変則な攻撃をしたが全部、彦佐にかわされていた。
「はっ、」
八句郎が飛び、彦佐も飛んだ。空中で交差しながら二人とも鎌と刀を振る。地面に着地して彦佐が、振り返り八句郎に刀を投げた。
その刀を鎌で受け落とし
「馬鹿め」
刀が一本になった彦佐に、二丁鎌で襲いかかる。
「ほいっ、」
一丁の鎌で、仕込み刀を受けると
「今だ」
残りの鎌で彦佐を斬ろうとした。だが、彦佐はくるりと回り、その鎌をかわして八句郎の脇腹を長い針で刺した。
「なにっ、」
「忍びの武器が、仕込み二本だけの筈が無いだろうよ」
鎌を落として苦しむ八句郎の首筋を、仕込み刀で斬った。悶え苦しみながら八句郎が息絶えた。
二人の戦いを見守っていた左近が、彦佐に近づく
「終わったのか」
左近の問いに
「どうでしょう」
彦佐が答えた。
六、
宇都宮に着くと案内役が待っており、二人を宿に案内すると、そこで連絡を待つように伝えた。
何日か経って、江戸からの早馬で老中、土屋相模守の警護頭の村山角之助がやって来た。
「左近様、殿からの書状を持って参りました」
「もったいつけるな、知っているのだろう、口で言え」
「それでは」
角之助は右近達の前に、どっかと座ると
「左近様の働きにより、密貿易や盗賊などを率いていた悪の首領を、捕まえる事が出来ました」
「悪の首領」
「左近様達が倒した。悪い奴らの親玉を捕まえたのです」
「誰だ。それは」
「大目付の荒木内膳頭です」
「あの、飛ぶ鳥を落とす勢いの!」
彦佐が思わず声を上げる。
「はい、目星は付けていたのですが、証拠がありませんでしたので」
「それで俺達を、
左近が目を吊り上げる。
「はい、左近様が親玉二人を最後に倒した後に、繋ぎの者が、荒木内膳頭の所に行った所を捕まえる事に成功いたしまして」
「あの、狸親父が!」
左近が土屋相模守をなじる。
「大手柄だと殿も申しまして、さすが直方左近だと」
「おだてには
「それでまた、報償金はたんまりと弾むが、その前に宇都宮まで来た事だし、日光まで足を伸ばして。
日光大権現様に参拝を行い、その帰りに、鬼怒川の温泉でゆっくりと、湯とうじでもしたらどうかと」
言いながら角之助が胸元からふくさを出し、広げて小判の塊を左近に差し出す。
「これは、殿からのねぎらい金です」
左近はそれを見つめながら
「これは報償金とは別か」
「勿論です」
聞いたとたんに、左近がにんまりと笑う
「兄貴、鼻の下が伸びていますよ」
「いやー、さすがは老中様、色々と心得て、いらっしゃるな」
「さっきと、言ってる事が違っていますよ」
「温泉浸かって、旨いもん食って、いい酒飲んで、芸者も呼べるぞ」
「まあ、そうですけど」
「苦労した分だけ、良い事が待ってたって事だ」
「そうですね」
「それに、悪の元締めを捕まえたんだから、これで少しは江戸も平和になるだろう」
「そうですね、良い事をしました」
彦佐もにこりと笑う
ころりと態度の変わった二人を見て、村上角之助の顔にも笑みがこぼれた。
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