第13話:散策日和②


「どうだ、アンジェル。美味しいか?」

『とってもとっても美味しいです!』


悩みに悩んで選んだフランボワーズのジェラートは甘味と酸味のバランスがとても良い。アンジェルはティトの手に持たれたジェラートを夢中で食べていた。猫の姿というのは少し残念だが、こうして街で食べ歩きするなど夢のようだ。


『ティト様は食べないのですか?あっ…私に付きっきりだから…すみません』

「いや、俺はお前が食べるのを見てるだけで十分だ」


ちょんちょんと頭を撫でられ夢中で食べていたことが少し恥ずかしくなる。


「あ、でもひと口貰おうかな」

『はい!もちろん…』

「ん、うま」

『!』


何故か体が浮いたと思ったらティトに持ち上げられペロリと口を舐められた。びっくりしたアンジェルの毛がボボっと逆立つ。


『ティト様!もう~っ』

「もう、まーたアンジェルで遊んでる!」


呆れるルシアナに本人は悪びれることなく笑っている。アドルフィトはピスタチオのジェラートに夢中でこちらを見てもいなかった。


「だってアンジェル可愛い…おっと」

『あ、ごめんなさい!ジェラートが…』


遊んでいるうちにジェラートが溶けてポタポタとティトの手に垂れていく。子猫のアンジェルの食べるスピードでは溶ける方が早いようだ。


「え!?アンジェル!?」

『ん…』


ティトの汚れてしまった手をキレイにしなくてはと思わずペロペロ舐めてしまった。何故だかぷるぷる震えだしたティトに不思議に思い顔を上げると真っ赤になっている。


『?』

「ア、アド…」

「……何です?」


食べるのを邪魔され迷惑そうにアドルフィトがティトの方に振り返る。


「今すぐアンジェルをベッドに連れ込みたいんだけどどう思う?」

『!!』

「いい加減にしないと本当に逃げられますよ」

「アンジェル、危ないからこっちおいで」

「ダメだ、俺のアンジェルはやらん!」

『……』


(頑張って早く食べちゃおう…)


いつもの調子で騒いでいる三人の声を聞きながら、溶ける前に食べなくてはとアンジェルは一心不乱にジェラートを食べ続ける。すると三人が何かに気がつき辺りを見回した。


「…何だ?」

「空気が変わりましたね」


今まで賑わっていた街の空気が急におかしくなった。一度シン、と静まり返った後は陰口でも言うようにひそひそ声があちこちから聞こえてくる。

アドルフィトがすぐそばにある屋台の主人に何かあったのか尋ねに行った。


「何かあったのですか?」

「え、ああ…今向こうの通りをセルトン侯爵家の馬車が通ったらしい。どうやら領地からこっちに来たようだ」


(っ…!)


びくりとアンジェルが反応するとそれに気がついたティトが優しく撫でてくれた。少し離れた場所から会話に聞き耳をたてる。


「アンジェル嬢の儀式からまだ一月も経っていないってのによく王都に顔を出せたもんだ。ほとぼりが冷めるまでは雲隠れしてると思ったがな」


いったい何しに来たんだか、と主人は呆れてため息を吐いた。セルトン侯爵家が良く思われていないのは明白だ。


(お父様たちが王都に居る…)


そう思うとアンジェルの胸が嫌な音をたて、鼓動が少しずつ早くなっていった。


「私はここ一月ほど王都にいなくて知らなかったのですが…皆さん不審に思うところが?」


アドルフィトが探りを入れると主人が声を潜める。


「そりゃそうだ。誰が聞いたってアンジェル嬢に罪があるなんておかしな話だ。クレール殿下はもう少し聡明かと思ったが…この国も段々おかしな方向に行ってるんじゃないかと思うね、ホント」

「…そうですね」


あまり王家の悪口を言うと不敬罪に問われることもある。このくらいで、と主人に礼を言いアドルフィトが戻ってきた。


「良かったですね」

『え…』

「あなたに罪があると思っている人はいないようですよ」

「まぁそう思ってても誰も助けてくれないんじゃ意味ないわな。割に合わん」


見て見ぬふり、結局それが一番だ。アンジェルだって他の誰かが同じ目に会ってたら声を上げられるのかと言われたら何もできないかもしれない。


「で、どうするの?」

「行ってみますか?」

『え…どこに?』


ルシアナとアドルフィトに問われ首を傾げるとティトに背中を撫でられた。


「セルトン侯爵家」

『!』


あの人たちが何を思い、何をしに来たのか確かに気になる。だけど嫌な思いするのも怖い。


『……』

「それか私とルーシーで少し探って来ましょうか?」


アドルフィトの提案に少し考えたが、自分の目で確かめた方が良いだろうと決心する。


『…行きます』


その決断が幸か不幸かは別にして――



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