第14話:セルトン侯爵家潜入
ここ王都には街の喧騒から少し離れた場所に貴族の別邸が建ち並ぶエリアがある。セルトン侯爵家も例外なくそこに屋敷を構えていた。
「じゃあちょいと入ってみるか」
『え、でもどうやって…』
セルトン侯爵家別邸の裏から屋敷を見上げる。領地にある本邸のように広大な敷地ではないがここ別邸もそれなりの規模だ。門番だっているし警備についている者もいる。簡単には入れない。
「魔力で姿消しできますから大丈夫です。声も消せます」
『!』
「アンジェルは俺の体から離れないこと。俺に引っ付いてないと子猫の姿が見えちゃうからな」
『は、はい!』
ティトの胸元にきゅっとしがみつくと良くできましたと言わんばかりに撫でられた。
「(よし、行こう)」
何ということもなく三人が高い塀をひょいっと飛び越えた。身体能力か、或いは魔力なのかはわからないが経験したことのない事ばかりでワクワクする。スタッと降り立ったのはどうやら庭園の奥だった。
『(あーっ!大変です!あそこに庭師が!)』
「(ハハ、大丈夫だぞ)」
姿を消せると言われても見つかりそうで思わず身構えてしまったが、ティトが言うように大声で話していてもすぐそこにいる庭師はまったく気がついていない。アンジェルは感動するばかりだ。
『(すごい!すごいです!)』
「(こんなことまだまだ序の口ですよ)」
アンジェルの賛辞にアドルフィトが得意気にしている間にもルシアナは庭をどんどん進んでいく。
「(それにしてもすごい豪華な庭園だね)」
「(確かに。花も稀少な品種ばかりですね)」
『(…すべて義母の趣味です。祖父や母が生きていた頃の物はすべて捨てられましたから)』
庭の花も屋敷の調度品も使用人さえも義母と異母妹が来てからすべて変えられた。本邸も別邸もだ。義母は趣味が悪いというわけではないが高級思考でとにかく高価なものを好む。母がいた頃の温かみのある屋敷とは真逆になってしまった。
「(ミントを使ってテロでも起こしましょうか)」
「(いいな!生態系崩れるぞ~)」
『(だ、だめです!庭師が罰せられますしどうせまた庭に莫大なお金を費やすだけです!)』
必死で反対するとそれもそうか、と納得してくれた。本当にこっそりミントの種でも投げ入れそうでドキドキする。
「(で、どこが一番ガードが緩い?流石に壁は通り抜けできないからな)」
『(あ、そうですね…それなら使用人の通用口があっちに…)』
アンジェルの手引きで通用口から中に入る。アンジェルの為にはなかなか動かなかった使用人たちも主人の滞在となると気合いが入っているのか忙しそうにきびきび動いていた。
「(虐められた使用人がいたら教えろよ?足引っ掻けてやるからな)」
『(いえ…それは大丈夫です)』
何かいたずらする気満々のティトにヒヤヒヤしながらも屋敷の中を歩いて父親たちを探す。馬車が先ほど街を通ったのならここへ到着してそんなに時間は経っていない。
彼らのいつもの行動パターンだと到着後は応接間でお茶を飲んでいることが多い。しかし応接間を覗いてもお茶を飲んだ形跡さえない。それならばと各部屋、書斎などを見て回ってもどこにもいなかった。
『(いったいどこにいるんだろう…?)』
「(馬車は確かにありましたしすぐに出かけたということもないでしょうしね)」
「(…ん?あっちから話し声が聞こえるよ!)」
先を歩いていたルシアナが話し声に気がつき指をさす。前方の角を曲がった先は。
『(…私の部屋ですね)』
屋敷の部屋の中でも一番奥の日当たりが悪い部屋、そこはアンジェルが使っていた部屋だ。もともと物置として使っていた部屋をわざわざアンジェルの部屋に作り替えた。嫌がらせ以外の何物でもないがそんなことはどうってことなかった。
開け放たれた扉から中を覗くと父、義母、ヴィオレット、それに複数の使用人がいた。使用人の手にはアンジェルのドレス。それを見てアンジェルはなるほど、と思った。
「(アイツらは人の部屋で何をしてるんだ?)」
『(恐らくクレール殿下から頂いたドレスや宝石を持ち出すのでしょう。大変高価なものですから)』
「(ええ!?信じられない神経してるね)」
アンジェルはクレールに家族の不平や不満を訴えたことはない。しかしクレールは何となくアンジェルが冷遇されていたことに気づいていた。だからこそパーティーなどにパートナーとして出席しなくてはならない時はクレールがすべて用意してくれていた。今になって思えばアンジェルへの配慮ではなく、婚約者がみすぼらしい格好をしていては恥ずかしいという思いからだったのかもしれない。
(私より高価な物たくさん持っているはずなのに…)
衣装部屋の中を漁り続ける強欲な義母とヴィオレットにアンジェルはため息を吐いたのだった。
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