第12話:散策日和①
「何やってるんだ?」
朝食後ひょこっと部屋を訪れたティトはアンジェルの隣に座ってその手元を覗き込んできた。アンジェルの手にはレース針と糸。
「レース編みのモチーフを作ってるんです」
「へぇ…この糸がこんな花になるのか…すごいな」
すでにいくつか出来ていた花のモチーフを手に取ってティトが感心している。こういったやり取りも少しずつ慣れてきて何だかくすぐったい気持ちになる。
「今日はお出掛けにならないのですか?」
ティト達は基本的には朝食を済ますとどこかに出掛けていく。ペルラン王国には遊学に来ていると言っていたので何か情報を集めたり勉強をしているのだろう。それが今日は珍しくのんびりしているらしい。
「今日はみんなで街に散策に行かないか?」
「え?でも私は外には…」
アンジェルはジラルの塔からこの屋敷に移動して以来一歩も外に出ていない。屋敷の窓は外から見えないように魔力を使っているので外を眺めることは出来る。しかし窓を開けることはできないので外の空気さえ吸っていなかった。行きたいのはやまやまだが時期尚早だと思う。何ヵ月か何年かかるかはわからないが皆がアンジェルのことを忘れた頃にやっとそれが叶うのだ。
「確かにこの姿のままというのはムリだが姿を変えれば大丈夫だろう」
「それは変装ということでしょうか?」
「変装じゃなくて変身」
「?」
楽しそうにニヤリと笑うティトにアンジェルは首を傾げたのだった。
**
「う~ん、今日は最高の散策日和だな!」
「良いお天気だね~」
屋敷の外に出たティト達はその心地良さに伸びをした。アンジェルも久しぶりに太陽の下に出てその空の青さを見上げる――ティトの懐の中から。
「ニャ、ニャ♪」
「そうかそうか、アンジェルも心地良いか~!」
アンジェルは今魔力でクリーム色のふわふわ子猫に変えられている。
変身して街へ行くと決まった後、ひと悶着あった。アンジェルを何に変身させるかというだけのことで一時間近く揉めたのだ。シロクマが良いやらパンダが良いやらペンギンが良いやら…いずれにせよ懐に入れて歩いていたらおかしいし目立つということで無難な子猫に決まった。
「ニャっ…ニャ~ン」
「ハハ、カワイイな~」
「猫の姿の時までセクハラするのはお止めください」
歩きながら顎の下を撫でられ思わずうっとりしそうになるのに必死に抗う。
「ねぇ話ができないと不便だよ」
「うむ、それもそうか」
「!」
口をちょんちょんとティトにつつかれた。何かと思って驚いているとルシアナが覗き込んでくる。
「アンジェル、お話できるよ」
『え、本当ですか!?』
「うん、本当だよ」
「我々以外には飼い主にニャーニャー訴えかけている子猫にしか見えませんから存分に喋っていただいて大丈夫です」
『不思議です…』
こうして意思疏通もできて、気持ちの良い風を頬に受けて外を歩いている。ティトの懐の中でアンジェルは今日の散策に心を踊らせていたのだった。
*
初めての街歩きに思わずキョロキョロしてしまう。街行く人は皆楽しそうでとても活気があった。
「アンジェルはお気に入りの場所とかある?」
『いえ、街のことはほとんど知らないんです。馬車で学園と屋敷を行き来することしか許されてなくて街歩きも初めてです』
「そうなんですか…随分窮屈な生活だったのですね」
『…そうかもしれません』
今思えば両親は領地に居たのだから出ようと思えば出れたのかもしれない。報告されて後でどんな罰が下るかはわからないが。だが幼少の頃から耐えるだけの毎日だったのでその頃には何かアクションを起こそうという気力がなくなっていたのも事実だった。
「だったらどこかでアンジェルの乗った馬車とすれ違ったことくらいはあるかもな」
『ティト様達は二年前に王都にいらしたんでしたね』
今ティトは二十一才、アドルフィトが十九才、ルシアナが十二才だ。二年前、今より少し幼い彼らが今日と同じように街を散策していたのだろうか。考えたらとても微笑ましく思う。
「そうだ、学園に潜入したこともあったわ」
『え、そうなのですか!?』
「ホントにどこかで会ってたかもな」
そう言って頭を優しく指先で撫でられた。本当にその頃に会えていたら、と少し残念に思う。
「私はあの創立記念パーティーに潜入してたので知ってましたよ」
『ええっ!?』
「何かネタが転がってないかと潜入しましたが…酷いパーティーでしたね、あれは」
『……』
だからアドルフィトはあの塔で初対面だったのにも関わらず顔とドレスを隠せとマントを掛けてくれたのか。恥をかかされた場面を見られていたと思うと情けなくなってくる。
「あなたが下を向く必要はありません」
「そうだぞ!よし、今からジェラート食べに行こう」
「アンジェルは何味が好き?僕はチョコにキャラメルソースとチョコチップが入ったのが好き!」
「ルーシーは甘党が過ぎます。砂糖依存症になってもしりませんよ」
『ふふ』
沈みそうになる気持ちを察しすぐに明るい方向へ浮上させてくれる。そんな三人の優しさにアンジェルも笑顔になるのだった。
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