第11話:君の好きなもの



(まだ、慣れない…)


朝食の席でふぅ、とアンジェルは小さくため息を吐いた。その頬はほんのり赤い。


「いい加減寝起きを襲うのやめたらどうですか?」


盛大なため息を吐きながらアドルフィトが眼鏡をくいっとあげる。注意された本人はどこ吹く風といった感じでパンを噛っていた。

ここに来てからずっとだが、夜は一人で眠ったはずなのに朝目を開けると同じベッドでティトが眠っている。そして毎回お約束のように唇を奪われているのだ。


「可愛いから絶対止めないし、あんなもの襲ったうちに入らん。朝の挨拶だ」

「だそうなので諦めて慣れてください」

「……うぅ」


絶対に止めない宣言をされアンジェルの頬がより赤くなる。すると朝食もそこそこにガタッとティトが立ち上がった。


「よーし、今日はアンジェルの物たくさん買ってくるから楽しみにしてろよ」

「え、あ…ありがとうございます」

「僕はアンジェルとゆっくりお茶でもして待ってるよ」

「え、ルーシー様行かないんですか!?」


うん、とルシアナが頷く。ルシアナが行かないとなると下着や夜着はセクシー路線か謎の柄になるのでは…と不安になる。まぁルシアナが選んでもひらひらふりふりになるのは間違いなさそうだが。


「じゃあアドと行ってくるか。少し遠いが同胞がやってる店があってな、一通りそこで揃うと思うから」

「夕方には戻ります」

「じゃあ、行ってくる」

「はい、行ってらっしゃいませ」

「……」

「?」


行ってくると言ったままアンジェルの前に立ち尽くしてるティトに首を傾げた。何かあるのだろうかとキョロキョロするがティトはずっとアンジェルを見つめたままだ。


「あ、あの…」

「ティト様、アンジェルの行ってらっしゃいのちゅーが欲しいんだって」

「え、ええ!?」


見かねたルシアナが助け船を出すとアンジェルの頬は一気に真っ赤になった。出掛けられませんので早くお願いします、とアドルフィトに言われよりまごつく。ティトの笑顔で無言というプレッシャーが半端ない。


(でも、私のために出掛けるのだし、これくらいはっ)


ゴクッと息を飲み、そっとティトの両肩に触れ背伸びをした。彼の頬に触れたか触れてないかくらいの掠めた程度のキスであったが、ふわっと花びらが数枚舞った。


(あ…喜んでる…?)


ちらりとティトの顔を見れば甘く微笑んでいる。その笑みに気を取られていると、


「んっ…! ん~~ぷはっ」

「ハハ!じゃあ、行ってきま~す」


ティトはしっかりと唇を奪って花びらを撒き散らしながらご機嫌で出ていった。その後ろ姿を見送りへなへなと崩れ落ちる。


「アンジェルはいつか羞恥心で死んじゃいそうだね」

「………」


(ホントに死ぬかもしれない…)


腰が抜けてしまったアンジェルはルシアナに引っ張りあげられたのだった。


**


 ティト達を見送ったあとはルシアナと朝食の続きをし、片付けたあとはソファに座り本を読んでゆっくりと過ごしていた。


「はい、アンジェルこれあげる」

「あ、ありがとうございます」


大きな缶を持ってきて隣に座ったルシアナが手渡してくれたものはキャンディのようだった。ピンク色の包み紙を剥がすと同じ色のキャンディが出てくる。可愛い色だと思いながら口に含むと、


「!」

「おいしいでしょ?これも、これもあげるね」


(甘い~~!)


ピンク色だからイチゴ味か何かだと思ったがまるで世の中の甘い食材を全部混ぜて作ったような甘さのキャンディだった。気に入ったと思われたのかポイポイと色々なお菓子を次々に手の平に乗せられる。勧められたお菓子を順に食べたがどれも激甘でアンジェルは段々胸焼けし始めた。


(苦しい、けどルーシー様が嬉しそうだし)


「僕の好きなお菓子とってもおいしいでしょ?」

「はい、甘くておいしいですね」


そう言って笑うとルシアナは真顔になって突然お菓子の入った缶に蓋をした。アンジェルの心に一抹の不安がよぎる。


「…本当は美味しくないんでしょ」

「え!?そんなことないです!」

「無理しなくて良いよ」


どうやら怒らせたしまったようだと鼓動が早くなる。どうしたら良いのかわからずにとにかく謝ろうと頭を下げようとした時、ぎゅっと両手をルシアナに握られた。


「嫌なら嫌って言って良いんだよ、アンジェル!」

「え…」

「僕らはそんなことで怒ったりしない!」


真剣な顔でそう言われアンジェルは面食らった。


「アンジェルが今まで大変な思いをして過ごしてきたのは何となくわかってる。でもここでは嫌なものははっきり言って良いんだよ、そのワンピースだって」

「! そんなことは…」


確かにアンジェルにはあまり似合っていないかもしれないがせっかく皆が選んで買ってきてくれた服だ。決して嫌ではないと伝えてもルシアナは首を横に振る。


「嫌いなものも言わなきゃダメ。そうやってお互いの事をわかっていくんだよ?僕たちはアンジェルの無理した笑顔が見たいんじゃない。アンジェルが嬉しいのが嬉しいんだ」

「っ…!」


そんなこと初めて言われた。

母親が亡くなり弟がいなくなってからは居場所などなく息を殺すように生きてきた。アンジェルが喜ぶことが嫌いで、逆にアンジェルが悲しむと喜ぶ義母と異母妹の前では喜怒哀楽を出さないようにしていた。好きなもの、嫌いなもの…そんなこと考えないようにしていたのだ。


「ねぇ、アンジェル。本当はどんな服が良い?」

「…私は、」


その時バタン、と扉が開きティト達が帰ってきた。まだ昼過ぎだし随分早い帰りだ。


「お帰りティト様。早いね」

「すまん、アンジェル!」


帰ってくるなりアンジェルの肩をガシッと掴みティトが謝る。何事かと目をぱちぱちさせた。


「店のマダムにめっちゃ怒られた。サイズも好みもわからないのにお前達が勝手に選ぶな!女性はお前達の着せ替え人形じゃないわ!って」

「正直怖かったです…」


よほど怖かったのか二人とも真っ青な顔をしている。その話を聞いてルシアナがプハッと吹き出した。


「ねぇ、アンジェルの好きなものをいっぱいにしようよ」

「そうだな。それが一番だ」


ルシアナの提案にティトが深く頷いた。

好きな色だとか柄だとか色々尋ねては紙に書き込んでいく。

とても、とても大事にしてくれる三人にアンジェルの心はこれまで以上に感謝で溢れていた。


**


「アンジェルすごく似合ってるぞ!」

「ありがとうございます」


ラベンダー色のシフォンワンピース。スタンドカラーでウエストの切り替えまではフロントボタンがついている。程よいロング丈で歩く度にふわりと揺れる裾がとても綺麗だ。作って貰った服や下着はアンジェルのイメージを見事に反映させた物ばかりだった。

新しい服に身を包んだアンジェルを見て嬉しそうにしていたティトが何かを思い付いたのかポンと手を叩いた。


「そうだ!ネグリジェ姿も見たいから今夜からは一緒に寝るわ」

「ええ!?」

「まぁ下着の披露はもうちょっとだけ待つか」

「~~~!」


また羞恥でぷるぷる震えているとルシアナにちょんちょんと肩をつつかれた。まるで大丈夫?と聞いているような表情にアンジェルは笑顔で頷く。


「恥ずかしいけど嫌じゃないから…大丈夫」

「アンジェル!!」


それを聞いて感極まった様子のティトにぎゅうっと抱きしめられ胸が高鳴る。ティトの肩越しにチラリと見えたルシアナは嬉しそうに何度も頷いていた。


(少しずつ、少しずつ…)


自分の気持ちにも素直になれたら、とアンジェルは心に刻んだのだった。


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