第9話:電撃プロポーズ



「助けてくださって本当にありがとうございました」


アンジェルは心から感謝し頭を下げた。あの時、絶望から身体も心も彼らに救われ温かさをたくさんもらった。感謝してもしきれないほどだ。


「それで、その…これからのことなのですが」


死ぬ覚悟で塔に入ったはずなのにこうして助かるとやはり生きることへの執着が生まれる。頭を下げてお願いし、しばらくここに置いてもらおうと覚悟したとき、ティトが思い出したようにポンと手を叩いた。


「そうだ、アド。アンジェルを俺のお嫁さんにしたいんだけど良いか?」

「良いですよ。願ってもない」

「よっしゃ」

「ええっ!?」


ランチのメニューを決めるくらいのノリで結婚を決めてしまう彼らにアンジェルは面食らった。


「そ、そんな、王太子殿下の婚姻を簡単に決めてはいけません!」

「何で?」

「何でって、だって…私なんかじゃ」


例え非がないとしてもアンジェルは罪人とされている。それにアンジェルはもう死んだ、あるいは死ぬと国民は思っているだろう。一生隠れて過ごさなくてはいけないのだ。そんな人間が妻に、しかも王太子妃になるなどあってはならない。


「拒否されてるじゃないですか。同意なく勝手に決めたんですか?」

「いや、だって俺魔物だもん。生け贄アンジェルは俺に捧げられたんだもん!」

「ティト様それ全然可愛くないよ」


アンジェルが深刻な顔をしているのに対し三人は何でもないことのように盛り上がっている。


(確かに私が生け贄でティト様が魔物なら私はティト様のものなのかしら…?)


そういえば塔を出る時も同じようなことを言われたのを思い出す。いやそもそもティトは魔物ではなく人間ではないか、と考えていると最初に会った場面を思い出しハッとした。


『…塔の上に棲む魔物は、あなたなのですか?』


あの時ティトは答えようがなくてアンジェルの言うことに合わせてくれたんだと今になって気がついた。


「すみません!私、塔でティト様やルーシー様を魔物だなんて言ってしまいました!なんて失礼な事を…」


塔で勝手に魔物認定してしまったことを思い出しアンジェルは頭を下げた。魔物なんて言われたら本当は怒ってもいいはずだ。


「…ほら、めっちゃ良いだろ?」

「ええ、とても」

「カワイイ」


ティトの言葉にアドルフィトとルシアナがウンウンと頷いている。とりあえず怒ってはいないようだと安心するが彼らの会話と微妙に噛み合ってなくて不安になってくる。


ティトはコホンと咳払いをするとアンジェルの前まで来て跪いた。


「アンジェル。俺はお前をあの塔で見た時感動したんだ」

「え…」


自分に感動されるような事があっただろうかと考えるがそんな事はひとつもなかったように思う。


「お前はグリズリー相手に恐れもせずあの美しいお辞儀カーテシーを見せた。その姿がとても気高くて俺は心を打たれた」

「あ…」


あの時は優しいこの人になら命を捧げてもいいと覚悟ができたからだ。


「正直一発で惚れた」

「!!」


そっと手を取られ指先に口づけをされる。唇が触れたところから全身がじわりと熱くなった。


「俺と結婚してくれませんか?」


信用しても良いのだろうか?私なんかで良いのだろうか?頭の中でそんなことがぐるぐると回る。だけど、


(この方のそばにいたい…)


また傷つくこともあるかもしれない。だけど今ティトから離れたくないとアンジェルは強く思った。


「…はい。よろしくお願いいたします」

「…うん」


愛しくてたまらないというように甘く見つめられて胸が高鳴る。ティトの周りにはまたふわっと花びらが舞った。


「良い返事が頂けて良かったですね、ティト様」

「ティト様、アンジェルおめでとう!」


プロポーズの一部始終を見ていたアドルフィトとルシアナの拍手が聞こえる。気分を良くしたティトはアンジェルをひょいっと抱き上げた。


「しかしその美しいカーテシーは私も見てみたかったです」

「ものすごくキレイだったぞ。しかも美しいお辞儀をしながら“私を食べて抱いてください”って言ったんだ。今思い出しても悶えるわ!」

「!?」

「おや。そんなことが?」

「いや、全然違うと思う」


ティトの勝手な脳内変換にルシアナの突っ込みが入る。三人の軽快なやり取りに口を挟むこともできずアンジェルは頬を赤くするばかりだ。


「しかしあなたも変わった方ですね。普通の女性は怖がるばかりでグリズリーといちゃいちゃなんてできませんよ」


(またいちゃいちゃって言われた!)


「俺はアンジェルからすれば可愛いの対象なんだよ!」

「グリズリーは可愛くはないでしょう」

「だってアンジェルは寝てる間にこっそり俺の肉球触ってきたんだぞ?」


(触ってました!)


「耳もこしょこしょ触ってきたんだぞ?」


(そこも触りました!)


「誘ってるんかと興奮して押し倒しそうになったわ!」

「~~っ!」

「グリズリーで押し倒したら死ぬのでお止めください」


楽しげに暴露話をするティトとそれに冷静な指摘をするアドルフィト。恥ずかしさで小さくなっているとアンジェルはハッとあることに気がついた。


(私はずっとティト様に抱きしめられていたのでは!?)


ほぼ一日中くっついていて、夜は抱きしめられて同じベッドで眠る。グリズリー=ティトに変換すればとんでもないことをしでかしたと羞恥心でいっぱいになる。


「あ、アンジェル。ジラルディエールは婚前交渉オッケーなお国柄だからな!」

「なっ!!」

「それは良いですけど子作りは計画的にお願いしますね」

「~~~!」


羞恥に耐えていたアンジェルであったがついにプシュっと魂が抜けたような音がしティトが覗き込む。


「…アンジェル?」

「わー!また気を失ってるよ!!」

「ティト様のセクハラが過ぎるからですよ!」

「お前もだろ!」


気を失ったアンジェルに、早く寝かせて!やら揺さぶらない!やら、三人の男がわたわたと慌て出す。


少々騒がしくはあるが…アンジェルの幸せな日々は始まったばかりであった――


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