第4話 本意
溢れ出る熱気とともに現れたのは、巨大な──ドラゴン。
全身を赤黒い光に照らされ、地面が揺れるような、低く重い声でうなるその姿はまさしく破壊の権化とも言うべきか。そのドラゴン一匹でも国一つ程度いともたやすく無に帰すことができるだろう。そう思わせるには、十分な大きさ、そして威圧感だった。
「グルルルルルル、ヴェリエル。お主の望みは何じゃ?」
「り、龍が喋った……!?」
少し離れている場所にたっていた教師が驚愕したような声で呟く。他の者達も
何も言えず固唾をのんで竜を見上げる。
「望みは……強くなりたい。誰でも守れるように」
「強く。そうか、分かった。改めてここに誓おう。我、太古創世龍が一柱、ティーはお主の使役獣としてお主を守ろう」
「そ、創世龍だと!?バカな、どうして」
教師の驚愕はすぐさま全員へ伝播し、周囲が騒がしくなる。
しかし、ヴェリエルは安心したよう笑顔を浮かべて、ドラゴン、ティーに手をさしのべる。すると、今まで巨大だった体が小さくなりやがて、ヴェリエルにとってはいつもの人間の姿になった。
皆驚きすぎて声も出せない状態であったが、彼を弁護してくれた上級生は
「おやおや」
と、それだけ言った。
「それで、ヴェリエル。こんな事があって尚この場所におるつもりか?」
「うーん、でも辞めることなんて出来ないよ?」
「簡単な話じゃ。その制服の紋章をはずせ。そうすれば、お主はこの学園の生徒ではなくなるじゃろう」
二人がそんな話をしていると、慌てたように教師が割り込んできた。
「い、いやぁヴェリエル君。ドラゴンを召還するなんてす、凄いじゃないですか。今までのことは謝罪しよう。どうだ、この学園にいれば君は絶対に最優秀者になれる。そうすれば将来は遊んで暮らせるし、君のご家族も喜ぶだろう。だから辞めるなどと言うな」
必死に言葉を並べる教師にヴェリエルは少し申し訳なさそうな顔をしたが、ティーは逆に汚物でも見るかのように冷ややかな目で教師を見ると、
「誰に口を利いておる愚民。貴様のような廃棄物の言葉を何故我とコイツが聞かねばならん。勝手に口をひらくな燃やすぞ」
「ティー」
身長百四十程度のティーの剣幕に何も言えず、教師は体をふるわせながら突っ立っていた。下手に動けば殺される。そんなこと、誰もが察することができた。
「でも、皆応援してくれたから……」
「皆というのはお主の家族のことか?だとすれば、子が利用されるだけの人形になっておる方が問題じゃろう。わしも立ち会ってすべて説明する」
「でも……いや、うん、分かった。ティーの言う通りにしてみるよ。それにしてもティー、僕は強くなりたいって言ったのにお前を守ろうってどうなの?」
「強くなるにはそれなりに過酷な状況に立たねばならん。やばいときは助けてやる」
そう、会話しながら二人はその場から歩いて去る。
召喚場から出る際に、ヴェリエルは学校の紋章を制服から外し、適当に投げ捨てた。彼にとって、自分の意志で行った、最初のことだった。
彼も、この学校から解放されたかったのだ。しかし、その気の弱さゆえに押し隠してきただけだった。
誰も何も言えず、ただただ彼らが出て行った扉を眺めることしかできなかった。
夕焼けに赤く染まる空を、一匹の巨大な龍が飛ぶ。
その姿は夕焼けの中にあってなお赤く、燃える灼熱のようなその姿が彼女の強さをより一層強調しているようだった。
「こっちの方角で合っとるんじゃな」
「うん」
その龍の背中に大きな荷物袋を背にして座っているヴェリエルは、沈む行く太陽を見ながら今後どうするか考えていた。
(きっと驚かれるだろうな。あんなに張り切って出て行って応援してもらったのに)
ちなみに、飛んでいる竜をみて地上ではちょっとした騒ぎになっていたりするのだが、彼らの知ることではない。
「ヴェリエル。お主は何のためにあの学園に行ったのじゃ?強くなりたいだけなら剣士育成所にでも行けばよかろう」
「……僕には兄さんがいるんだけどさ、兄さんもあの学園に通ってたんだ。今は卒業してるけど。兄さんは風のフェアリーを召喚して、たまに連れ帰ってきたりしてたんだ。それが羨ましかったってのが最初のきっかけ。だけど……兄さんは仕事の途中で死んじゃったよ。よく知りもしない人たちを守るために戦って、相打ちだったって。フェアリー……リュウエルっていうだけど、彼女が泣きながら教えてくれた。リュウエルは今も実家で家事とかを手伝ってくれてるよ。契約は終わったのに。それを見ていて思ったんだ」
ここでヴェリエルは少し黙った。
「ヴェリエル?」
「……もし、死んだのが僕だったらって思ったんだ。僕の家系は代々その村では魔力が一番高かった。それなのに、僕には魔力が全くなかった。必死に隠してたけど、落胆してるのがよく分かった。僕も平等に扱おうとしてくれる。いい人たちなんだ。だけどさ、もし、兄さんじゃなくて僕が死んでたら……それが一番だったんじゃないかって。だって僕には何もできない。魔力もないから家では役立たずだ。そんな時に、召喚獣を召喚すると魔力が増えるってことを知ったんだ。僕はもっと役に立ちたい。みんなを安心させたい。だから、あの学園に通うことを決めたんだけど……やっぱり僕はだめだったみたいだよ」
ヴェリエルは弱弱しく俯いて言い切った。これは、彼が初めて表に出した真なる本音だった。そのことが分からないほど、ティーも鈍くない。
「その兄さんとやらのことは気の毒にな。じゃが、仮に死んどったのがお主でも大して変わらん。魔力があろうとなかろうと自分の子じゃ。死ねば辛いのは当然じゃろうて。それに、ワシはお主のおかげでこうして生きておる。お主はワシという存在を救ったのじゃ。安心せい。誰が何と言おうとお主が死ぬべきだったなどということはない。ワシの炎にかけてな」
ティーは一瞬上を向くと、すぐに戻した。
「じゃから、死ぬなどというな」
「え、あれ、ティー?どうして泣いてるの」
「な、泣いてなどおらん!ワシは龍であるぞ!」
「声震えてるじゃん」
「うるさい!」
赤き大空に、二人の、正確に言えば一人と一匹の言い合いが響き、時の流れへと飲み込まれていった。
「あ、村が見えてきた」
「あれか。ちょっと離れたところに着地するぞ」
一方その時、村では龍が飛来してきて村の近くに降りたと騒ぎになっていた。
「なんでこんなところに龍が!?」
「知るかよ!とにかくいつでも逃げられるようにしとけ!」
村の入り口に立つ衛兵は、剣を鞘から抜き警戒した様子で龍を睨む。直後その龍が一瞬で小さくなって人型になり、衛兵は驚いたように剣を構えなおすが、その時、隣に誰かが立っていることに初めて気づいた。
「あれは?」
こっちに向かって大きく手を振っているその人影を目を凝らして見て、驚いたような声を出した。
「あーー!!」
「おっと、おい、どうしたんだよ!?龍を刺激しちまうだろ!」
「違う!あいつだ!ヴェリエルだよ!」
「はぁ?そんなわけ……」
二人が言い合っているうちに人影はだんだんと近づいてきて、声が聞こえるぐらいの距離になってきた」
「おーい!!衛兵さーん!」
「!!」
「まじかよ!まじでヴェリエルじゃねぇか!でもどうして!?」
衛兵は慌てたように剣をしまい、ヴェリエルに向かって駆け出す。
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