第3話 召喚儀式

 先日、ティーの突然の提案によりまさかの創世龍が使役獣となることになったが、彼はそれで安心することはなかった。そもそも、魔力がないため、すべての大前提である召還用の魔法陣を起動させることができるかも分からないのだ。

 彼が俯きながらとぼとぼと学校に向かっていると、当然ながら前は見ていないので、必然の流れとして人にぶつかった。

「あ、すいません!」

「おー、問題ない。俺も前を見ていなかったし、君も前を見ていなかった。お互い様だろう」

 彼がぶつかったのは学園でもっとも成績優秀と言われる上級生。龍を召喚できるほどの人材と言われていたが、彼はなんとサキュバスという悪魔を召喚。それから外でその姿は見られなかったため、ヴェリエルは彼の姿を見たのは初めてだった。

「君は下級生か?」

「は、はい……」

 ちなみにこの学園では、学年として下級生、中級性、上級生の三つに分かれており、成績が良ければ上に進めるが、逆に悪いと永遠と下級生のままである。ちなみに、召喚が出来なくても昇給はできない。

「そうか、じゃぁこれから召喚儀式だね。がんばりたまえ。少なくとも、俺のようにはならないようにね」

「?」

 ヴェリエルは彼のことを本当に知らないため首を傾げていたが、気にせず彼はどこかへ歩き去っていった。

「……だれ?」

 当然の疑問であるが彼は特にそれ以降気にすることなく学校へ向かう。

「おー!ヴェリエルが来たぜ!」

「お前、今日どうするんだ?召喚もできねぇのによぉ」

 例の三人がまた絡んでくるが、ヴェリエルは意識して無視してさっさと通り過ぎる。三人は特に気にした風もなく相変わらず大声で笑っているがヴェリエルはすでにくじけそうだった。

(まったく、何でいっつも嫌なことを言ってくるんだろう。ぼくはなにもしてないのになぁ……)

 彼は、結構鈍感だった。

 止まりそうな足を必死に動かしながらヴェリエルは今日の儀式のことを再び考え始めた。

(本当にどうなんだろう。魔法陣は魔力がないと起動できないのかな。確かに魔力がない人なんて前代未聞だろうけど……)

 そんな感じでうだうだと考えている間にとうとう召喚儀式の時間が来てしまった。

「それじゃぁ、順番に儀式を行っていくから、召喚者以外は離れて」

 先生がそう言うと、みんなそれぞれ魔法陣が見えやすい位置に座り、どんな使役獣を召喚するのかを楽しみに待つ。

 召喚するには、まず自分の魔力を魔法陣に流し込み、想いを込める。例えば、誰かを守りたいとか助けたいとか、友達が欲しいとかいうのもあり。

 そうすると、それに応えた霊獣もしくは魔獣が魔法陣から出てくる、といういたって簡単な作業である。

「それでは、始めてください」

 まず最初の召喚者が魔法陣に手をつき目を閉じる。

 しばらくすると、魔法陣が激しく輝き、視界が青色に包まれる。

「で、でた!」

 彼らが目を開くとそこには人の軽く五倍はあろうかという大きさの蜘蛛がいた。

「ほう、蜘蛛ですか。扱いは難しいですが、ちゃんと使役できるようになればかなり心強い使役獣となりますよ」

 その人が蜘蛛を連れて戻ってくると入れ替わりに次の人が出る。

 そうやって、次々と召喚が進んでいく。

 ちなみに、あの三人はそれぞれリーダー格の男が大蛇、他二人がリザードマンとフェアリーを召喚した。

 そして、とうとうヴェリエルの順番が来たのだが、

「ん?あぁ君か。君は魔力がないからどうせ召喚できんだろう。時間の無駄だ。次の人が来い」

「そ、そんな、やらせてください!!」

「だから、どうせできんならやるだけ無駄だろう。さっさとどきなさい」

「そうだぜヴェリエル!お前はそもそもする資格なんてないんだよ」

 あまりのショックに、ヴェリエルは何も言えずそのまま俯いて召喚場を出てしまった。そしてすぐそこでしゃがみこんだ。

(どうして、どうして僕だけ……)

 これでは、せっかくティーが使役獣になってくれると言ってくれたのに意味がなくなってしまう。

「聞いておった。なんとも不快な下賤どもじゃ」

「……ティー」

 いつの間にか隣に立っていたティーがイライラしたように吐き捨てる。ここまで飛んできたのか、背中には翼が生えていた。

「いっそのこと、奴ら全員消し炭にしてやってもいいのじゃが」

「そんなことしなくていいよ。僕が駄目なんだよ……たぶん」

「そんなわけなかろう!お主は何も悪くない」

 ティーはなんとかヴェリエルを励まそうとするが、彼は俯いたまま顔を上げない。

「~~~~!!」

(本当に忌々しい!さっさと消し去ってやりたいが、奴はそれをダメというし、何より奴が悪者になってしまう!)

「あれ、さっきぶつかった子じゃないかい?そんなところでどうしたのさ」

 ティーがどうしようか考えていると、今朝の上級生が歩いてきた。が、ティーは当然そのことを知らないため、露骨に警戒する様子を見せる。

「おや、知らない子も。そんな警戒しないでよ。いったい何があったの?」

 ティーは警戒しながらも、自分のことを除いて事情をすべて彼に話した。

「……それは、王国法違反だけど、分かってるのかな」

「知らん」

「うーん、とにかく、俺も行くからもっかいさせてもらいに行こう」

「この場合、こっちが奴を救うことになるのは少々いけ好かないがな」

「仕方がないよ。じゃぁ行こう」

「うん」

 そして、中に入っていく二人をティーは一歩下がって見送り、次の瞬間にはその姿を消していたが、二人は気づかなかった。

「あ、おい、何しに戻ってきたんだ?」

「えぇ、少々ここに反逆者がいると伺ったもので」

「……反逆者、ですか?」

「はい。この学園に通っているものは召喚を行うことが義務であり、それを妨げるものは重罰に処す。知ってますか?王国法の一節ですよ」

「そ、それが、どうしたんですか」

 明らかに先程まで毅然としていた教師の様子が変わった。

「分かるでしょう?先生。あなた彼に時間の無駄などと言って召喚をさせなかったそうじゃないですか。明らかに、違反ですよね。まぁ、と言って、すぐに騎士団に突き出すつもりはありません。単純に彼に召喚をさせなさい。そうすれば見逃しますよ」

 彼は、その顔に不敵な笑みを浮かべてじっと立っている。対して、教師は先ほどから視線が泳いでいる。

「わ、分かりましたよ。ヴェリエル、さっさと儀式を行いなさい」

 観念したように教師がそう言うと、ヴェリエルはほっとしたように魔法陣に向かって進む。

「あ、そうだヴェリエル君、血を魔法陣に垂らすんだ。そうすれば魔法陣は起動する。昔はそうしていたからできるはずだ」

 周りがざわつき、教師は苦しそうな顔をする。要するに、教師は意図的にヴェリエルを排除しようとしていたということらしい。

「分かりました!」

(と言っても、どうやって血なんか出せばいいんだろう。ここに刃物は……あ、ここの出っ張りうまく刺さりそう)

 ヴェリエルは、見つけはしたものの自分で刺すのはやはり怖い。しかし刺さないことには始まらないため、目を瞑っておずおずとそのでっぱりの先に指を押し付ける。

 奇しくも、それはかつて血を使って召喚を行っていた時の名残であった。かつては皆がこれで血を出していたため、彼のやり方は少しも正規から外れてはいなかった。

「――っ」

 指の皮を針が破り、そして血管に穴が開く。想定以上に深く刺してしまい、血がものすごい勢いでこぼれる。

 こぼれた血は魔法陣に吸い込まれるように落ち、そして――――

 突然、魔法陣から激しい熱気が溢れ、皆が一歩下がる。今魔法陣に触れれば確実にやけどでは済まないだろうということが誰にでもわかった。さらに、地面が大きく揺れ、近くにあった棚や照明が倒れた。

 魔法陣は赤く染まり激しく赤黒い煙を出している。そして、そこにそびえたつは、巨大な――――、

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