第2話 創生竜

「ワシは太古、創世龍が一柱、マニダンじゃ」

 創世龍。

 一番最初の、神によってつくられた龍。その力は強大にして、一体いれば軽く一つの大陸程度灰燼に帰すことが出来る。

 そんな授業で習った知識を頭の中で並べながら彼は一瞬言葉を忘れていた。

「龍?」

「そうじゃ」

「龍って、所謂ドラゴン?」

「そうともいうな」

 どうやら、本当に龍らしい。そう直感で感じた彼はとりあえず今できる限りのことをしようと立ち上がろうとしたが、すんでのところで彼女に止められてしまった。

「おやおや、逃がさんぞ?まだ礼も言っておらぬというのに」

「礼……いや、いいよ別に。見逃せなかったし」

 彼がそう言っても、マニダンは引き下がらなかった。

「ふむ、何かできることはあるかのう。人間界で貴重なものというと……龍の鱗?無理じゃ。龍の血?それも無理じゃ。……この世界は龍に対して優しくないのう。おい、お主も何かないのか」

「そ、そういわれてもパッとは浮かばないよ」

「ふむ、そうか。ではゆっくり考えるとよい。ワシはそれまでお主の傍におる」

「え!?え、いや、大丈夫なの?」

「問題はない。この部屋も居心地がよさそうじゃ。少なくとも洞窟よりかはな」

 何故か創世龍が自分の家に住み着くことになったヴェリエルは、終始何が起こったのか、しっかりとは理解していなかった。

 結局、その日彼女は彼の部屋に居座り、夜は彼のベッドを使わせた。

 ここまで、彼が文句ひとつ言わず彼女をいさせているのは、当然彼女の言葉もあったが、何より、妙に安心した様子の彼女を放っておくことが出来なかった。

 龍であるという彼女にできることなど、このぐらいだろうと彼は考えたのだ。

 彼女は恩返しのためにここにいるのだが。


 翌朝になっても、当然のように彼女はいた。

「む、起きたな。ここはどうやら学校らしいな。行かんでいいのか?」

「え、あ、もう出ないと。えっと、どうしますか?えー、マニダン?」

「うーむ、正直言ってわしはその名前は好きじゃないんじゃがな」

「そうなんですか?」

「む、なぜそんな丁寧な話し方なのじゃ。昨日は普通に話しておったろうに」

 マニダンがジトっとした目で彼を見る。

「いや、よくよく考えてみると、創世龍にため口で話すのは失礼かと……」

「む、ワシはそういうのは気にせん。今まで通りでよい」

「そ、そっか」

(うーん、好きじゃない名前で呼ばれるのは嫌だろうなぁ。何か代わりにいい名前とかあるかな)

 彼はそんなことを考えながら制服に着替えて部屋から出る。

 時刻は七の刻二半。 

 早朝の朝日で地面に敷き詰められた大理石が輝いているのが眩しく、まるで地面そのものが光を発しているようにも感じられる。

 その道を歩きながらヴェリエルは明日に迫った召喚儀式のことを考える。

 召喚儀式――術式を用いて霊獣を呼び出し己の使い魔とするための儀式で、この学園に通う生徒は全員が参加する義務がある。

 霊獣にはいくつかランクがあり、一般的な“霊獣”、やや珍しい“魔獣”、そしてめったに召喚されることのない“神獣”の三つである。

 また、マニダンのような創世龍は、その神獣の中でも一層珍しく、過去に召喚された例はない。

 そもそも、創世龍とは神が世界を作る際、最初に創った生物である。そのような存在が、人間風情に使役され付き従うなど、彼らからすればありえない話なのである。

 しかし、人間は創世龍を使役できるような人材を育てようと妙な実験を行っていたりするのだが、今のところ成功する兆しはない。

 そして、卒業すると自動的に衛兵か騎士になるかれらにとって、明日のその儀式はそのまま人生のかかった行事なのである。

(正直、僕の召喚に応じてくれる霊獣なんているのかなぁ……魔力量は使役する霊獣によって大きく変わるけど、最初からほとんどないような僕につきたいなんて普通考えないよなぁ)

 早朝から後ろ向きなことばかり考えている彼だが、実は彼は実技面でこそ人より劣るが、学術面では学園最高峰に位置しているのである。この学園では成績公開制度はないため、教師達と本人以外、そのことは知らない。といっても、それだけの実力がありながらも彼がここまで後ろ向きなのは、魔力がほとんどないということにずっと囚われているからである。

 霊獣を使役する騎士や衛兵にとって、魔力とは必須となるものである。彼はそのことを当然知っており、それを一層重く感じているのである。

「おーいおい、暗い顔じゃねぇかヴェリエル。そんなんじゃぁ明日はやっていけねぇぞ?まぁ、最初からもうだめか」

「ハハハ!それは言い過ぎだぜ!」

 途中で通りがかった例の三人組が、相変わらず卑しい笑い声をあげながらわきを通り抜け去っていくのを、彼は特に見もせずに俯いて歩く。

 彼のこの後ろ向きな考え方には、彼らの言葉もある。常に馬鹿にされて続けていると、自分が駄目なのかと思いがちなのは、気の弱い人にはありがちなことで、彼もそれに洩れなかった。

 

 時が過ぎ、二の刻二半。

 翌日嫌なことが舞っているときほど、やたら時は早く感じる。彼は一層憂鬱な気分で部屋に帰った。

「おう、帰ったか。なんじゃ、憂鬱そうな面をしておるな。何かあったか」

「いや、別にそうじゃないんだけど……明日召喚儀式があるんだ。だけど、僕は魔力が全然ないから、きっと何も召喚できないよ。精々ゴアラぐらいかな……」

「ゴアラは霊獣じゃなかろう。だがしかし、魔力がないとは災難じゃのう」

 自嘲気味に笑う彼にマニダンは一瞬憐れむような視線を投げた後、すぐに表情を戻し、大きく咳払いをした。

「とにかく、何でもいいから飯を作れ。ワシは腹が減った」

「あ、うん……僕は朝は食べないけど、もしかして君今日一日何も食べてないの?」

「うむ。いつ帰るのかと思っていたらおちおち遠出もできん。いくら早く飛べるからと言って、狩りをしていれば遅れるやもしれなからな」

 マニダンはしみじみといった風にうなずきながら早速机の近くの椅子に座る。

 ヴェリエルは龍も大変なんだなぁと思いつつ、食糧庫から食材を取り出す。

「やっぱり、お肉の方が好きなんですか?」

「当然じゃな。植物などという苦いものをなぜ食わねばならん」

「ははは、おいしいものもあるんだけどね」

 彼は料理を作りながら、ふとあることを思い出した。

「あ、そういえば、マニダンって名前好きじゃないって言ってたよね」

「む?そうじゃな。なんとも気に入らぬ」

 そこでマニダンは本当に嫌そうな顔をした。よほど自分の名前が嫌いらしい。

「それで、ちょっと考えたんだけど。ティーってのはどうかな」

「……どういうことじゃ?」

「ティー。ずっと嫌いな名前で呼ばれるのも嫌だろうから。代わりとなる名前を考えてみたんだ。ど、どうかな?」

「ティー……ティーか。うむ。気に入ったぞ。ワシはティーじゃ!」

 彼女は嬉しそうに自分の名前を連呼し、ニコニコしており、そんな彼女を見て、ヴェリエルは安心したように微笑を浮かべた。

「気に入ってもらえてよかったよ。気に入らないとか、失礼だとかで消し炭にされやしないかと心配だったけど」

「お主、龍を何だと思ってるんじゃ。……ふふ、ティーか」

 よほど気に入ったらしく、ずっとニコニコしている。が、突然真面目な顔になると、改まった様子でヴェリエルの方へ体を向けた。

「ど、どうしたの?やっぱり嫌だった?」

「そうではない。お主、魔力がなく召喚ができるか心配なのじゃろ。ワシがなってやる」

「は、なるって何に?」

「お主の使い魔に決まっておろう。明日の儀式のときに、ワシが出れば問答無用でワシがお主の使い魔じゃ」

 突然のティーの発言にヴェリエルは狼狽し、慌てて料理を落とすところだった。

「そっそんなの、大丈夫なの!?だって、ティーは創世龍だし、僕は魔力も持たない未熟者だよ!?」

「ふん、問題はなかろう。ワシが選んだんじゃ。それに、ワシが使い魔になればお主の魔力量は一気に増えるぞ。それに、誰よりも強い使い魔を得ることになるのじゃ。利点しかなかろう」

「いや、そうだけど……本当にいいの?」

「うむ。何度も言わせるな。ワシがお主がいいと思ったのじゃ」

「あ、ありがとう」

「うむ」

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