第7話 開花した変身人間

 アレから何日立ったのか、まったくわからない。昼も夜もわからない。

部屋の中というか、檻の中は、常に明るい。

鉄格子をはずそうと力を入れても、今はただの人間だから、ビクともしない。

なんで、変身能力が使えないのか、わけがわからない。

 そういえば、ここに来てから何も食べてない。毎日、食べきれないくらい、

大量に食べていたのに今は、水すら口にしてない。なのに、お腹が減った感じがしないのも不思議だ。

 ぼくの体は、どうかしたのだろうか…… 10匹も動物を体内にいるのに、

お腹が減らないというのは、理解できない。

まして、ぼく一人の体でも、お腹が減るに決まっている。それなのに、ちっとも食欲がわかないのだ。

だからと言って、このまま飢え死にするような感じもしない。この部屋に謎が

あるのだろう。

とにかく、ここから出たかった。それに、ウワンが寝たきりだというのも、

考えられない。

そろそろ起きるはずだ。それなのに、ちっとも起きる気配がないのだ。

手を伸ばせば届くところにウワンは、ゆりかごといるのに、話しかけても反応がない。

 いったい、これから、ぼくは、どうなるんだろう……

そう思っていると、部屋の扉が開いて、白衣姿の男たちが入ってきた。

「久しぶりだね、慎一くん」

 サングラスの男が言った。ぼくは、返事をしなかった。

「アレから、一週間もたつというのに、元気そうで驚いたよ。キミの体力は、

ホントに素晴らしい。キミを作った、お父さんは、ホントに天才だったね。それに、順応したキミも素晴らしい」

 ぼくは、無視してやった。

「どうかね。実験に協力する気になったかね?」

「まったく、その気にならないですね」

「どうしても?」

「返事は、一回限りと決めているんです。お生憎様」

 ぼくは、そう言って、背中を向けた。

「それじゃ、最後の手段だ。彼女をキミの代わりに、実験台に使うとしよう」

 その言葉は、聞き捨てならない。ぼくは、振り返ると、鉄格子に両手で握り

締めて怒鳴りつけた。

「そんなことしてみろ。お前ら、全員、ぶち殺すぞ」

「だったら、我々の言うとおりに、実験に協力して下さいよ」

「……」

「我々は、事を荒立てたくないといったはずですよ。キミ以外の人間に危害を加えるつもりもない。それでも拒否するなら、話は別ですよ」

 もう、ダメだ。これ以上、引き伸ばすことは出来ない。拒否することも出来ない。ぼくは、観念するしかなかった。

せめて、ウワンが起きてくれれば…… ぼくは、黙って、頷くより他に

なかった。

「わかってくれて、感謝するよ。慎一くん」

 そう言うと、檻から出された。もはや、抵抗する気もないぼくは、言われる

とおりに手術台に寝た。

「すぐに済むからね。痛くはない。キミの心臓に、チグリスフラワーの種を移植するだけだから」

 そういい終わらないうちに、麻酔を嗅がされ、意識を失った。

次に目が覚めたときは、ぼくは、全身を包帯で巻かれて、病室に寝ていた。

隣には、ウワンがゆりかごの中で寝ている。起きようとすると体が痛い。

「もう、目が覚めたとは、さすが、変身人間だね。順応性がある。実験は、成功だよ」

 男が部屋に入ってくると、そう言った。

「包帯が取れたら完成だ。あとは、体内の種がキミの体から、栄養分を吸収して、成長すれば大丈夫」

「ちょっと聞くけど、成長したら、どうなるの?」

 一番心配なことだ。これは、聞いておかないと、この後のことがある。

「成長すると、立派な花を咲かせる。その花は、なんでも吸収する。しかし、

キミの意思次第では、10匹の動物同様、自由に使いこなせるはず」

「使いこなせなかったら?」

「そのときは、キミは、チグリスフラワーに意識を奪われて、キミごと飲み込まれてしまうだろうね」

 冗談じゃない。それこそ、本当の植物人間じゃないか。

「その種を取り出そうとしてもムダだよ。そんなことをしたら、キミの心臓を傷つけてしまう。そうなれば、キミは、ホントに死んでしまう」

 要するに、何も抵抗できないということか。

「それで、ぼくは、どうすればいいんだ」

「10匹の動物と同じく、自由に使えるようになれば、今までどおり、普通の高校生として学校に行くことが出来る」

 一瞬、それなら、いいかなと思ったが、すぐにその考えを打ち消す話を

聞いた。

「但し、今も言ったように、チグリスフラワーは、生き物なら何でも吸収するから、キミの周りの友人たちを食べられないよう、気をつけないといけないね。

それだけ、キミの精神と意識を高めて、コントロールしないとダメだ」

 肉食の花のバケモノを体に飼ってることになるわけか。

「キミの精神力が、どこまで耐えられるか、それにかかっている。それに負けるようでは、キミは、チグリスフラワーのエサでしかない」

 どっちに転んでも、ぼくは、逃げられないってことか。

こんな運命、こんな人生、もうイヤになってきた。

このまま死んだほうがいいのかもしれない。一人になると、自殺することを

考えるようになった。

 体の中から、なにかの息遣いが聞こえるようになってきた。

胸が熱くなってくる。種が成長しているってことなのか??

このままだと、ぼくは、意識も精神も、支配されてしまう。

すると、ぼくがぼくでなくなる。人間でもなくなる。

10匹の動物たちは、どうなる? ぼくと同じように、支配されるのか?

だとすると、ぼく自身が、化け物になってしまう。人間でなくなるのか……

 死ぬことも出来ないぼくは、ただ、漠然と天井を見つめるしかない毎日が数日続いた。


 ほとんど寝ているだけの毎日だった。そして、この日も、わけもなく寝て

いた。その時、夢を見た。夢の中で、誰かがぼくを呼んでいる。誰だろう? 

知ってる声だ。ぼんやりと思い浮かんだその声の主は、ウワンだった。

しきりにぼくを呼んでいる。

その声がだんだん大きくなってくる。頭に響いて、ついに、目が覚めた。

「慎一、起きろ」

 今度は、はっきり聞こえた。ぼくは、勢いよく、体を起こした。

机の上にあるゆりかごが揺れて、ウワンが体を起こしている。

ぼくは、ベッドから起き上がり、ウワンを抱き上げた。

「ウワン」

「すまん、慎一。キミには、取り返しのつかないことをさせてしまった」

「目が覚めたんだな」

「ついさっきね。それで、キミの記憶を見せてもらった」

 寝起きでいきなりそんなことを言われると、まだボーっとしているぼくの頭では、理解できない。ぼくは、勢いよく頭を振って、目を覚ます。

「ウワン、とにかく、ここから逃げよう」

「わかってる」

 よく見ると、体に巻かれていた包帯は、すべてなくなっていた。

手で体を触っても、いつもの肌の感触だった。傷痕もない。

「ウワン、ぼくの体は、どうなってるかわかる?」

「わかる。キミの心臓にチグリスフラワーの根が直結している」

「やっぱり、夢じゃなかったんだな。それで、どうにかならない?」

「無理だな」

「無理って…… ウワンの超能力で、何とかならないの?」

「やってやれないことはない。しかし、それをすると、キミの心臓を傷つけることになる。そうなれば、キミは、確実に死ぬ」

「大丈夫だよ。ぼくには、心臓は10個あるじゃないか」

 ぼくの体には、10匹の動物がいる。つまり、10個の心臓がある。

一つくらい止まっても、生きていられる。

「確かにそうだ。しかし、動物たちの心臓は、キミの心臓が動いているからこその心臓なんだ。大基の慎一の心臓が止まれば、彼らの心臓も止まってしまう」

「そんな……」

 ぼくは、愕然とした。これじゃ、もう、どうすることもできない。

「それじゃ、ぼくは、どうすればいいの?」

「キミの精神力で、チグリスフラワーをコントロールするしかない。他の動物

たちのように、自由に使いこなせるようにするしかないんだ」

 でも、ぼくには、その自信がなかった。今にも芽が出そうなほどの

チグリスフラワーを、どうにかするってぼくの精神力だけでは、とても無理だ。

「ダメなんだ。ぼくの力だけじゃ、抑えられないんだ」

ぼくにはわかる。もうすぐ、芽が出る。蕾になる。花が咲いたら、終わりだ。

 ウワンは、黙ってしまった。

「とにかく、ここを出ようよ。話は、それからだ」

「そうだな」

「でも、どうやって出る? この中じゃ、変身できないんだよ」

「わかってる。この部屋の中には、麻酔のニオイがする。動物たちを眠らせて

いるんだ。だから、キミがいくら呼びかけても目を覚まさない。目を覚まして

くれないのでは、変身することは不可能なんだ」

「この檻を壊せない?」

「やってみたけど、ダメだった」

「それじゃ、瞬間移動で、別の場所に移動するとか……」

「この檻が邪魔して、出来ないんだ」

「それじゃ、ダメじゃん。どうすんだよ」

「一つ方法がある。相手に、この檻を開けさせることだ」

「そんなことできるのかよ」

「できる。ぼくを信じてくれ」

 ウワンが言うなら、ぼくも信じようと決めた。ぼくとしても、ウワンが目を

覚ましてくれれば心強い。

ぼくは、ウワンの言う通りにした。まずは、おとなしくベッドに寝る。

しばらくすると、部屋のドアが開いた。誰かが入ってきたらしい。

ぼくは、目を閉じて寝た振りをする。

 ゆっくり近づいてくる。そして、檻の鍵を開けて、寝ているぼくに近づいて

きた。

何かするのか? 手には、なにかを持っている。どうやら注射器らしい。

寝ている毛布をはだけて、ぼくの右手を掴んだ。その時だった。

ぼくの脳にウワンがテレパシーを伝える。

「今だ」

 ぼくは、その男を弾き飛ばし、檻から飛び出した。ついで、ウワンがゆりかごごとテレキネシスで宙を飛ぶ。

そのまま部屋を飛び出した。ぼくの脱走は、想定外だったらしく、すぐに人が

集まって取り押さえようとする。

変身できないぼくは、非力な弱い人間だ。数人係で取り押さえられたら、すぐに掴まってしまう。

しかし、今は、違う。ウワンがいるんだ。ウワンは、サイコキネシスで男たちを弾き飛ばす。

その隙に、ぼくは、全力で出口を求めて走った。

「慎一くん。まさか、もう、目を覚ますとは、思わなかったよ。しかし、それはそれで、我々には、うれしい誤算だ」

 ぼくを拉致した男が現れた。

「慎一くんが目を覚まして動けば、当然、心臓も動く。それだけ、チグリスフラワーの活動も早まるというものだ」

 男は、落ち着き払って言った。

「慎一、気にするな。逃げるんだ」

 ウワンのテレパシーを受けて、ぼくは、男の脇をすり抜けて走った。

白衣姿の男たちが、ぼくを追ってくる。

「とにかく、外に出るんだ。外まで出れば、変身できる」

 ウワンの声が聞こえる。ぼくは、必死で走った。自分の足で走ったのは、

久しぶりだった。

これまでなら、自然と足がチーターに変身して、速く走れる。

どんなに走っても、息が切れることもない。

でも、今は、自分の足で走らないといけない。だんだん息が切れて、足が遅く

なってきた。

「急げ、慎一、もう少しだ」

 ぼくは、息を大きくつきながら走り続けた。もうダメだ……走れない……

「がんばれ、慎一。自分の足で走るんだ」

 ウワンの声援を聞いて、ぼくは、両手を大きく振って、勢いつけて走る。

でも、人間としての体力は限界だ。こんなときに、変身能力に頼って、体力を

付けてなかった自分を後悔した。

こんなことなら、真面目に体育の授業を受けていればよかった。

 そして、ついに、追いつかれたぼくは、白衣の男に肩を掴まれた。

「待て、逃げるな」

 それでも、ぼくは、必死にその手を振りほどいて、走ろうとする。

しかし、今度は、足がもつれて転んでしまう。

体力がなさすぎだ。情けないにもほどがある。

「ちっくしょ~」

 ぼくは、自分に気合を入れるために声を出して、起き上がるとまた走り出す。

でも、足がもたついてうまく走れない。

「何をしている。早く捕まえろ。外に出すな」

 男が後ろで喚いている。とにかく、今は、外に逃げるしかない。

ぼくは、ヨロヨロしながら足は止めなかった。すると、はるか前方に小さな光が見えてきた。

「もうすぐ、出口だ」

 ウワンの声が頼りだ。もう、フラフラだ。もう、走れない……

帰ったら、彼女に頼んで、体力作りを手伝ってもらおう。

そんなことを考えていた。

そのためにも、帰らないといけない。こんなとこで捕まるわけにいかない。

彼女にもう一度会うんだ。そして、いっしょに夕食を食べるんだ。

ぼくは、彼女の顔を思い浮かべた。

「負けてたまるか」

 ぼくは、大きな声を上げてよろめく足に気合をこめた。

だんだん光が大きくなってくる。もうすぐ出口だ。

 ぼくは、力の限り走り続けた。出口は目の前だ。しかし、その時だった、

すごい発砲音が狭い通路に響いた。

ぼくは、違う力を受けて、壁に叩きつけられた。

「慎一!」

 ウワンの声が聞こえる。何かが体に当たった。右足にひどい痛みが走る。

触ってみると、真っ赤な血が流れていた。どうやら、拳銃かなにかで撃たれた

らしい。

「くっそ、飛び道具なんて、ありかよ」

 ぼくが、憎しみをこめて言うと、男が笑いながら近づいてきた。

「すまない。でも、逃げたキミが悪いんだよ。安心したまえ。それは、拳銃などと野蛮な道具ではない。ただの麻酔銃だ」

 どっちも変わらないじゃないか。ぼくは、絞るようにいった。

「すぐに眠くなるはずだ。早く捕まえて、ベッドに寝かせろ」

 男の命令で、白衣姿の男たちが、ぼくに掴みかかる。

もうダメか、一巻の終わりか……

「慎一、走るんだ」

「もう、走れないよ。足に力が入らないんだ」

 麻酔銃の効き目なのか、足が痺れて動かない。

「諦めるな。美樹に会いたくないのか? ここで、捕まったら、二度と美樹には会えないんだぞ。キミは、それでもいいのか?」

 そうだ。彼女に会わなきゃ。ここで、捕まるわけにいかない。彼女に会いたい。彼女ともう一度、会うんだ。

ぼくは、右ひざに両手を置いて、力一杯押して体を起こした。

それでも、だんだん眠くなってくる。足だけではなく、体も痺れてきた。

走るどころか、立ってもいられない。こんなときは、どうすればいいんだ……

 その時、テレビで見た、あるアニメのワンシーンを思い出した。

麻酔を嗅がされて、意識が遠くなってきたとき、そのヒーローは、自分の体を

傷つけた。その痛みで、意識を戻した。ぼくは、そんなにカッコよくはない

けど、今の自分には、それくらいしか出来ない。

 ぼくは、そこに転がっていた尖った石を、左腕に思い切り叩きつけた。

心の中で、左手の熊にごめんと言いながら……

すると、一瞬でも、意識が戻ってきた。痛みのが大きかった。

 ぼくは、足を引きづりながら出口に向かった。

「早く捕まえろ」

 男の声がする。取り押さえようとする男たちは、ウワンが超能力で近寄らせない。

もうすぐだ。出口は、目の前だ。そして、やっと、出口に着いた。

 しかし、飛び出そうとしたぼくの目の前は、断崖絶壁だった。

そこは、出口ではなく、ただの山の洞穴だった。落ちたら確実に死ぬ。

「そこまでだよ、慎一くん。おとなしく、戻ってもらおう。それと、そこの

赤ん坊。お前を甘く見ていたようだ。超能力者だということをすっかり忘れていたよ」

 男は、ゆっくりぼくに近寄ってくる。絶体絶命の瞬間だ。

「慎一、飛び降りろ。そして、変身するんだ」

 ウワンがテレパシーで話しかける。

「無理無理、変身できないし、落ちるだけだって」

「大丈夫。動物たちは、目が覚めている。信じて、変身するんだ」

 体の中の動物たちが起きている? だって、まだ、足が痺れているし、体に力が

入らない。

「早くしろ、慎一」

「くっそ…… もう、どうにでもなれだ」

 ぼくは、崖から飛び降りた。飛び降りたというより、飛び落ちた感じだ。

「慎一、変身するんだ」

 ウワンの声が脳に直接聞こえる。ぼくは、落ちながら精神を背中に集中する。

目を閉じて、ものすごい速さで墜落する自分の体を、飛ぶイメージを思い浮かばせる。

 その時、背中から大きな白い翼が羽ばたいた。

落ちる速度がゆっくりになる。体が浮き上がる。ぼくの背中の羽が何度も羽ばたく。

「変身できた」

「そうだ。慎一。もう、大丈夫だ」

 ぼくは、翼を羽ばたかせて、空を飛んでいる。

しかし、体の中の動物たちが目覚めると同時に、チグリスフラワーの種が芽を

出した。

「うわっ!」

 ぼくは、急に苦しくなって、胸を押さえてそのまま墜落した。

「慎一、どうした?」

「胸が…… 胸が苦しい」

 翼をコントロールできず、そのまま崖下に落下した。

背中から落ちたので、体のダメージは少なかったが、羽が何枚か散らばってしまう。

ぼくは、胸を押さえて転げまわるしかなかった。

苦しくて、息もできないくらいだ。違う意味で、このまま死んでしまうのでは

ないかと思った。

「慎一、しっかりしろ。意識をしっかり持つんだ」

 ウワンも必死で話しかけてくるが、こればかりは超能力では、どうすることも出来ない。

そこに、白衣の男たちがやってきた。

「いよいよ、チグリスフラワーの開花のときがやってきた。慎一くん、しっかり、精神を集中しろ。チグリスフラワーに意識を乗っ取られたら、キミは、人食い植物人間になるんだぞ」

 そんなこと、されてたまるか。ぼくは、胸を押さえて必死にこらえた。

すると、胸から、小さな赤いものが飛び出した。苦しいのが、少しずつ和らいでいく。

「見ろ、もう、蕾が出た。花が咲くのは、間もなくだ」

 なんてことだ、もう、開花するというのか……

「ウワン、なんとかしてくれ」

「すまん、慎一。ぼくの力では、どうすることもできない。意識を保つんだ」

 そんなこと言っても、ぼくの精神状態は、最悪の状態で、とても意識を維持

することが出来ない。

目も霞んでくるし、息が上がってくる。このままでは、意識を乗っ取られる。

「ウワン、ウワン……」

「なんだ、慎一」

 ウワンを苦し紛れに呼ぶと、ゆりかごごとぼくの傍にやってきた。

「もし、ぼくが、意識を乗っ取られて、植物のバケモノになったら、そのときは、ぼくを殺してくれ」

「バカな…… そんなことできるわけがないだろ」

「人を襲ったらどうするんだ。そんな姿で、美樹ちゃんの前には、出たくない。だから、その前に、殺してくれ」

「慎一……」

「頼む」

「わかった。そのときは、ぼくが殺してやる」

「ありがとう、ウワン。でも、その前に、あいつらをぶちのめしてやる。ぼくを殺すのは、それからにしてくれ」

 ぼくは、胸を押さえて体を起こし、ぼくをこんな目に合わせたやつらを睨みつけた。

「気分は、どうかね、慎一くん。さすが、変身人間だ。この期に及んでも、

まだ、花を開かせないとは、素晴らしいよ」

 胸から芽を出した蕾は、次第に赤く大きくなってきた。その分、胸の苦しさが増してくる。

「もうすぐ、チグリスフラワーの花が咲く。慎一くん、キミは、ホントにすばらしい変身人間だ」

「うわぁーっ!」

 蕾は、少しずつ花が開いていった。ぼくの意識が少しずつ薄くなってきた。

頭がボーっとしてきて、目が霞んできた。体中のコントロールが聞かない。

体の中の動物たちが、勝手に暴れだす。ぼくの意識が薄れてきたことで、

動物たちを押さえられなくなった。

精神的に、破滅しそうだった。これ以上、耐えることが出来ない。

ウワンの呼びかけも聞こえない。

 その時だった、チグリスフラワーが、一気に開花すると同時に、体中の

動物たちが、目覚めた。

耳が伸び、目が光り、首が伸び、翼が開き、両腕が変身して、胸からライオンが飛び出し、両足はチーターの足になり背中から背びれが顔を出す。

「慎一……」

 そして、心臓がある左胸から真っ赤な花を咲かせている。ぼくの変わり果てた姿に、ウワンも言葉を失う。

「うおぉぉ~」

 ぼくは、吠えた。動物の雄叫びをあげた。もはや、ぼくは、人間の姿をして

いない。

一度に、すべての動物たちを呼び出していた。ぼくの意識は、すでになかった。

ぼくの意識は、チグリスフラワーに取って代わられた。もはや、ぼくは、人間ではない。

「やったぞ。成功だ。慎一くん、さぁ、その花を支配しろ。そして、世界初の

植物変身人間になるんだ」

 しかし、ぼくには言葉は届かない。

かすかな意識が、ぼくを人間としての理性を留めている。

「許さない。ぼくをこんな体にした、お前たちを許さない」

 完全に開花したチグリスフラワーは、中央の花弁の部分が口のように開閉している。

なにか食べ物を求めているのだ。ぼくは、チーターの足で、大きくジャンプすると、白衣姿の男たちの前に立ちはだかる。

「な、何をする気だ? まさか、我々を食う気なのか……」

「ぐおぉぉ……」

 ぼくの意識は、もうないも同然だった。体の自由も利かない。理性もない。

人としても知性もない。

ただの変身人間となったぼくは、もう、止められなかった。

「うおぉぉぉ……」

 チグリスフラワーが、大きな口を開けて、白衣姿の男たちを吸い込もうとしている。

「やめろ、やめるんだ、慎一くん」

「おおぉぉぉぉ~」

 ぼくは、動物のような雄叫びをあげて、白衣の男たちを吸い込んだ。

「やめろ、やめてくれ、やめるんだぁ……」

 ぼくは、叫ぶ男たちを一人残らず吸い込んでしまった。

そして、翼をはためかせ、どこかに飛んでいった。

「待て、待つんだ、慎一」

 ウワンの声など、もう聞こえなかった。自分もでも、どこに行くのか

わからないまま、翼をはばたいているだけだった。

ぼくは、どこに行こうとしているんだ。ただ、本能のまま、飛んでいるだけだった。

こんな姿で、街に出たら、大騒ぎになる。こんな姿を彼女はもちろん、学校の人たちにも見られたくない。

せっかく、仲良くなれたのに、こんなバケモノみたいな姿を見られたら、もう、学校に戻れない。

「ウワン、ウワンはどこにいる? 早く、ぼくを殺してくれ。みんなに見られる前に、殺してくれ」

 ぼくは、かすかな意識の中で、ウワンを探していた。

幸いなことに、都心は夜になっていた。ぼくは、翼をはためかせたまま、

どこへともなく飛び続ける。

 そして、ぼくがたどり着いたのは、高いビルだった。

しかし、ここは、見覚えがある。

来たことがある。だけど、思い出せない。ここはどこだ? なぜ、ここにいるんだ?

ぼくは、ライオンの雄叫びをあげて、月に向かって吠えた。

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