第6話 囚われた変身人間

 その日の夜、帰宅して、ぼくは、夕飯の準備をする。

今夜のおかずは、大量の野菜炒めだ。泳いで疲れたので、今夜は、手抜き料理だ。ご飯を食べながら、ウワンに聞いてみた。

「ウチを見張ってる人って、誰なんだろうな」

「さぁ、ぼくにもわからない」

「なんでよ。ウワンなら、人の気配とか超能力でわかるだろ」

「距離がありすぎてわからない。家の中ならわかるけど、外までとなると、なんとなくしかわからないんだ」

「ぼくには、見張られる心当たりはないぞ」

「ぼくにもない」

「それじゃ、誰だと思う?」

 ウワンは、少し考えると、こう言った。

「もしかすると、キミの父親が関係しているんじゃないだろうか?」

「まさか。だって、親父は、アメリカにいるんだぜ」

「だから、その部下とか、関係者が、慎一になにかしようとしているのかもしれない」

 そんなこと、考えようもないし、考えたくもない。

もっとも、あの親父のことだから、ぼくの日本での動向を探らせているのかも

しれない。彼女のこともあるから、身辺には気をつけたい。


 それから何日もたって、ぼくは、次第にクラスの仲にも馴染んできた。

話が出来る友だちと呼べる人も数人できた。女子とも少しは話すようになった。

これも、彼女のおかげだ。それと、毎日、持って行くドカ弁も話すきっかけに

なったのかもしれない。

 授業は、今までどおり、成績はあまりよくはない。なるべく普通にやっているつもりだ。

特に、体育の時間は、感情をコントロールするので、気を使ってきたけど、

最近は自然に出来るようになった。

 そんな放課後、またしても、ちょっとした事件が起きた。

ぼくは、彼女やクラスの友だち数人とこれから始まるプールの掃除に向かっていた。その時、下級生の人たちが、寄ってきた。

何かと思えば、体育倉庫の整理に入ったのはいいが、鍵が壊れて出られなくなったというのだ。

とりあえず、先生に知らせて、開けてもらおうとしたらしいが、頑丈で錆付いていたので、簡単には開けられないということで、騒ぎになっていた。

「ねぇ、慎一くんなら、開けられるでしょ」

 彼女がそっと耳元で聞いてきた。

ぼくは、黙って頷いた。でも、返事はしなかった。こんなに大勢の人の前で、

大人の先生たちが数人でやっても開けることができないドアを、ぼくが開けたら、どう思われるか、それを考えるととても無理だ。

「助けられない?」

「出来ると思うよ。でも、こんなに人が見ている前じゃ、変身出来ないよ」

「そうよね……」

 彼女もぼくの気持ちは、察してくれた。ぼくも、早くここから出してあげたい。

きっと、ぼくの右手一本でドアを壊して開けることはできるだろう。

何しろ、右手は、ゴリラだから。

 すると、先生の一人が、中の気温が上がって、熱中症になるか、酸欠になるかもしれないという。こうなると、一大事だ。なんとかして、早く開けたい。

「ウワンに助けてもらおう」

 ぼくは、彼女にそう言って、騒ぎの中から抜け出して、テレパシーを送った。でも、何の反応もない。

「ダメだ。ウワンは、寝てるみたいで、何も返事が返ってこない」

 彼女にこっそり伝えた。

「どうしよう……」

 彼女もガッカリしている。しかし、事は急を要する。なんとかしなきゃ…… でも、どうすればいい?

「頼みがある。みんな、手を貸してくれ」

 ぼくは、そう言って、体育倉庫のドアに手をかけて開けようとする。

「無理だよ、開かないよ」

 見ている生徒が言う。当然だろう。でも、ぼくは、諦めなかった。

「これだけの人数がいるんだから、開けられるわよ」

 彼女もそう言って、ドアに手をかけて力任せに開けようとする。

そんな彼女を見て、他の生徒たちもドアを開けようと手を貸してくれた。

もちろん、それくらいじゃ、ビクともしない。

「行くよ、せーの!」

「ダメだよ。全然開かない」

「もう一度、せーの」

 何度やっても開かない。その時、ぼくは、着ている制服の上着を脱いで、

自分の右手に巻き付けた。

それを見た彼女は、ぼくのやることに気がついたのか、自分の上着を脱いで、

ぼくの左手にも巻き付けた。

彼女は、ぼくの目を見て、軽く頷く。ぼくは、精神を両手に集中させた。

制服の上着で隠れたぼくの両手が、どんどん太くなる。力加減を制限しながら

力をこめた。

「もう一度、みんな、いくよ。せーの」

 彼女の掛け声に合わせて、みんなで力を合わせてドアをこじ開ける。

すると、少しずつドアが動き出した。

「もう少しよ。せーの」

 声を合わせて、ドアを左右にこじ開ける。ぼくは、みんなの力に合わせてドアをひき開ける。

すると、一気にドアが左右に開いた。先生が、中に閉じ込められていた生徒に

駆け寄る。

 その隙に、ぼくは、両手を元に戻して、上着を羽織った。

ぼくの着ているワイシャツの袖は、左右ともビリビリだ。

また、ウワンに怒られるな。

「慎一くん、カッコよかったよ」

 そう言って、彼女は、ぼくの背中をポンと叩く。

「だけど、大丈夫かな。見られなかったかな」

「みんな、ドアを開けることに夢中だったから、気が付かなかったと思うけど」

「それならいいけど、また、帰ったら、ウワンに怒られるな」

 ぼくたちは、助けられた生徒を見送って、プール掃除に向かった。

「なんだこれ? 熊の爪痕みたいな傷がついてるぞ」

「こっちは、ドアがすごい力で凹んでる」

 そんな声が背後から聞こえてきた。ぼくと彼女は、顔を合わせて、

舌を出した。


「まったく、慎一は、これじゃ、シャツが何枚あっても足りないじゃないか」

 帰宅早々、ウワンから怒られた。てっきり、寝ていると思っていたら、起きていたのだ。肝心なときは、寝ているくせに、こんなときだけ起きているなんて、調子がいい。

「怒らないで、ウワンちゃん。生徒を助けたんだから」

「それとこれとは別なのだよ、美樹。ただでさえ、我が家は、慎一の食費で家計は大変なんだ。シャツだって、もう、何枚ダメにしたと思っているのだ」

「ごめんよ」

「慎一は、口だけで、ちっともわかっていない」

 ウワンは、ゆりかごから乗り出していちいち、ぼくに指を刺して怒っている。

「あたしも悪いんだから、この辺で許してあげて」

「しょうがない。美樹、これからは、学校では、ちゃんと気をつけてくれ。

何しろ、キミだけが頼りなんだ。慎一は、頼りにならないからな」

 なんか、ぼくの言われようは、かなり気に障る。ぼくは、話を変えて、食事の準備をした。

今夜のおかずは、特製カツカレーだ。しかも、彼女もいっしょだ。

楽しくないわけがない。

 彼女にカレーを大鍋で煮込んでいる間に、ぼくは、カツとかメンチとか、

トッピングの具材を揚げていく。

「やっぱり、たくさん作るとおいしくなるのよね。慎一くんといると、作りがいがあるわ」

 うれしいことを言ってくれる。すごく恥ずかしくなる。こんな感情は、彼女がウチに来てからも新鮮だ。

「美樹、慎一を甘やかすようなことは、言わないでくれ」

「いいじゃない。ホントのことだもん。ハイ、ウワンちゃんは、ミルクどうぞ」

 そう言って、ゆりかごから抱き上げると、膝に抱いて、ウワンに哺乳瓶を咥えさせた。

「ウワンだって、美樹ちゃんに甘えてるじゃん」

 ぼくは、聞こえないように呟いたつもりだけど、ウワンの耳には、しっかり聞こえていたようだ。

前髪に隠れた片目が、きらっと光ったのをぼくは、見逃さなかった。

「こうやってると、ホントに、お母さんになった気分のなるから不思議ね」

 彼女は、そう言いながら、ミルクを飲んでいるウワンに微笑んでいる。

相手は、赤ん坊とはいえ、ちょっと焼ける。

「ハイ、お腹一杯になりましたね」

 そう言うと、ウワンを抱き上げると、背中をポンポンする。

「ねぇ、慎一くん。ウワンちゃんてオムツってどうしてるの?」

「たまに取り替えるくらいだよ。ウワンは、おねしょとかおもらしとかしないから」

「オムツ換えがないと楽ね。ウワンちゃんは、ホントにお利口さんですね」

「赤ん坊扱いは、やめてくれないか。ぼくは、たまたまこの体になっただけなんだから」

「ごめん、ごめん。ウワンちゃんは、特別だからね。でも、こうやってると、

ホントの赤ちゃんにしか見えないんだもん」

 そう言って、ウワンをゆりかごに戻す。ウワンは、ホッとしたのか、横になると、ゆりかごごとリビングのソファに向かってふわふわと緩く飛んでいく。

そこが、ウワンの定位置なのだ。

 こうして、カレーも揚げ物もご飯も出来上がった。あとは、食べるだけだ。

「それじゃ、いただきます」

「いただきます」

 ぼくたちは、向かい合って、カレーを食べる。

目の前に置かれたカレー鍋とてんこ盛りの揚げ物を好きなだけとって、カレーをかけて食べる。

「おいしいよ」

「よかった。たくさん食べて」

 ぼくは、夢中になってカレーを食べた。彼女も少しずつだけど、食べてくれる。

おいしいものを食べるときの顔は、幸せそうで見ているだけでお腹一杯になる。

「今日は、ちゃんと送って行くからね」

「うん、ありがとう。それじゃ、今夜は、少し遠回りして送ってもらおうかな」

「えっ?」

「だって、ウチから真一くんちは、近いでしょ。空を飛んだら、あっという間

なんだもん」

 確かにそれはそうだろう。ゆっくり歩いても、15分とかからない距離だ。

空を飛んだら、5分とかからない。

「もう少し、長く飛んでいたいな」

 彼女には、いろいろ世話になってることだし、これくらいのリクエストは

聞いても大丈夫だろう。

念の為に、ウワンを見た。ぐっすり寝ているので、大丈夫だろう。

後は、人目につかないように気をつければいい。それが、難しいけど……

 食後は、片づけをしながら、今流行のテレビのことや世間のニュースなんかを聞かせてくれた。

携帯電話は持っているけど、彼女とのメールのやり取りくらいで、特にネットには使っていないので使い方も丁寧に教えてくれた。こうして、ぼくは、少しずつだけど、社会勉強もするようになった。

 余り遅くなると彼女の親が心配するので、早めに送ることにした。

彼女特製の背中が開いているシャツに着替えて、外に出る。

そして、背中に精神を集中させて、翼を出すと、彼女を軽く抱き上げて空に飛び上がる。

 一気に空高く舞い上がると、高層ビルやマンション郡も見下ろせるくらいだ。

「どう、怖くない?」

「もう、慣れたわ。風が気持ちいいわ」

 彼女の長い髪が風になびいて、それを間近で見ると、その横顔は、月の明かりに照らされてさらに可愛く見える。

ぼくは、彼女を抱き上げたまま、彼女のマンションを三回回って見せた。

「このまま、山とか海に行きたいなぁ」

「そうだね。ピクニックとかいいね」

「でも、慎一くんとじゃ、荷物が多そうね。お弁当のね」

 そう言って、彼女は、微笑んだ。その顔は、まさに、女神の微笑みに見えた。

いつもよりも時間をかけて、ゆっくり飛びながら、ぼくは、屋上に降りた。

「ああぁ~、たのしかった。ありがとね、慎一くん」

「こちらこそ、今日は、いろいろありがとう」

「うん、また、明日ね」

 彼女は、明るく手を振って、屋上から消えていった。

ぼくは、いつまでも彼女の行った方向を見ていた。

また、明日が楽しみになった。


 しかし、ぼくは、このときは、まだ、自分に起きる事件のことを知らなかった。

翌日、学校にいつものように行った。授業も昼休みの給食のときも、いつもと

同じ平和な学校生活だった。

 今日は、彼女は、塾があるので、買い物には付き合えない。

ぼくは、一人でいつものスーパーに行って、食材を買った。

そのまま、いつものように帰宅する。

今日は、学校でも、特に問題は起きてないので、ウワンにも怒られないですむ。

 そんなことを考えながら帰宅した。玄関の鍵を開けて中に入る。

「ただいま」

 そう言いながら靴を脱いで中に入る。

「お帰り、慎一くん」

 ぼくをそう言って、出迎えたのは、見知らぬ男二人だった。

ぼくの全然知らない男たちだった。スーツ姿で帽子を被り、黒いサングラスを

かけているので顔はわからない。いったい、誰だろう?

知らない人をウチに上げるなんて、ウワンらしくない。

 そうだ、ウワンはどうしたんだ?

「ウワン」

 ぼくは、ウワンを呼んだ。でも、返事がない。代わって答えたのは、見知らぬ男だった。

「ウワンくんは、寝ているよ。睡眠期間中のようだ」

 そう言って、ウワンが眠っているゆりかごをテーブルに置いた。

ホントに寝ている。なにかで眠らされているようには見えない。

まったく、肝心なときに寝ているから、役に立たない超能力者だ。

「それで、あなたたちは、どなたですか? 勝手に人の家に上がり込んだら、警察を呼びますよ」

 ぼくは、少し用心しながら言った。強盗か、空き巣か?

でも、ウワンの存在を知っているということは親父の関係者かもしれない。

「警察を呼ばれたら困るのは、キミの方じゃないのかね。変身人間の慎一くん」

 ぼくの正体も知っている。これは、困った。まずいことになったというのが、動物的感でわかった。

「驚かせて申し訳ない。私たちは、キミのお父さんの協力者とでも思ってくれたまえ」

「無断にあがりこんだことは、謝る。申し訳ない。でも、こうでもしないと、

キミに会えないと思ったのでね」

「丁度、超能力者の赤ん坊も睡眠期間に入っているから、お邪魔しただけだ」

 親父の関係者なら、ぼくたちのことを知っていても不思議ではない。

だからと言って、こんな話は聞いてないし、親父からも何も連絡がない。

「それで、ぼくに何のようですか?」

 ぼくは、なるべく気持ちを落ち着かせていった。

「我々の機関に同行してもらいたい。協力してほしいんだよ」

「協力? なんのですか……」

「決まってるだろう。変身人間の研究だよ」

「ぼくをどうするつもりですか?」

「キミの体をさらに強力にするんだよ。キミのお父さんの願いでもあり、夢でもあるんだ。ぜひ、いっしょに来てもらいたい」

「断ったら?」

「キミの正体を学校や友人たちにばらす。もちろん、そんな手荒なことはしたくない。我々は、事を荒立てたくないんだよ」

 やはり、そう言うことか。いつか、こんな日が来るとは思っていた。

覚悟はしていたけど、ついにきたか。

「親父は、どうしてるんだ。話をさせて欲しい」

 ぼくは、はやる気持ちを抑えていった。

「キミには、もっと早く教えるべきだったが、残念だが、キミのお父さんは、

実験中に事故死した」

「親父が、死んだのか?」

「残念ながら。だから、キミは、お父さんの実験の後を継いでほしい」

 親父が死んだことは、大してショックではなかった。実の息子を実験台に

して、変身人間なんてふざけたことをした親なんて、親だとは思っていない。

だから、死んだと聞かされても、それも酬いだと思った。

「さぁ、我々といっしょに来てもらおうか。もちろん、ウワンくんもいっしょだ」

 その言葉遣いは、丁寧な中にも、有無を言わさない圧力があった。

「もちろん、断るのもキミの自由だ。そのときは、キミの本当の姿が、白日の下に暴かれる。そして、彼女にも危険が及ぶだろうね」

 そう言って、テーブルにぼくが変身した姿や、彼女を抱いて空を飛んでいる

写真を何枚も並べた。隠し撮りされていたのか。もしかして、この数日、ウチを見張っていたのは、こいつらだったのか。

「彼女は関係ない。手出しはしないでくれ」

「もちろんだよ。我々は、普通の人間には興味はない。興味があるのは、変身人間のキミだ」

 もはや、ぼくに選択の余地は残されてないようだ。

「これから、いっしょに来てもらう。申し訳ないが、学校には、しばらく……

もしかしたら、二度と行かれなくなるかもしれないが学校の方には、キミのお父さんに不幸があったということで、連絡を入れておくから、心配ない」

 何から何まで、お膳立てができているようだ。ウワンも寝ているし、ぼくは、残念だけど、同意することにした。

そして、ぼくは、二人の男に促されて家を出た。一人の男のほうが、ウワンを

ゆりかごごと抱いている。

外には、黒い車が止まっていて、ぼくは、後部座席に乗り込んだ。

「それで、どこに行くんですか?」

「我々の研究所だ。もちろん、アメリカではない。ほんの二時間ほどで着く。

それまでの辛抱だ」

 そう言って、車は走り出した。ぼくは、自分のウチの見納めかと思いながら、目に焼き付けておいた。

そして、彼女には、もう会えないのかもしれないと思うと、胸が苦しくなった。


 車は、高速道路を走り、二時間ほどで目的地に着いた。

そこは、ぼくの知らない山の中だった。外は、真っ暗で、車のライトしか見えない。ここは、どこなんだろうと考えても、場所が特定できるようなものがない。

 やがて、山道の途中で車は止まった。降りるように言われて車から降りる。

目の前には、高い絶壁というか、崖が見えるだけだった。

 男の一人が、歩いて岩のある部分を触った。すると、静かな音をさせながら、岩がスライドして中が開いた。

「こちらへ、どうぞ」

 促されて、ぼくたちは、その穴の中に入った。一歩中に踏み入れると、ライトがついた。

明るい中は、とても山の中とは思えない、洞窟とも違う、周りをコンクリートで固められた秘密基地のようなところだった。

 その通路を歩くと、すぐに視界が開けた。そこは、まさに、秘密の研究所の

ようだった。

中は広く、コンピュータや機械に囲まれて、白衣姿の男たちが忙しく動き回っている。

そして、あらゆる動物たちが、カプセルの中に標本のように入っている。

ぼくは、その中をゆっくり歩きながら、男たちの後について歩いた。

 研究施設を通り過ぎて、さらに奥に入ると、そこは、病院の手術室のような

ところだった。

無機質な空間で、ひんやりしている。周りは白いタイルに囲まれて、冷たい感じがする。

 正面に小さな机があった。そこに、親父の写真が飾ってある。

遺影のつもりだろうか……

そこに、ウワンが寝ているゆりかごも置く。相変わらず、熟睡している。

「これが、何かわかるかね?」

 男が透明の水筒のようなカプセルを見せた。中に、何か赤いなにかが入って

いる。

「さぁ?」

「これは、チグリスフラワーの種だよ」

「なんですか、それ?」

「一種の花だ。それも、太古のね」

 それが何だというんだろう。ぼくには、サッパリわからない。

「これは、まだ生きてる。しかし、このままでは成長しない。これから、蕾に

なって、花を咲かせるんだ」

「要するに、花ってことですか。見たことないけど」

「それはそうだよ。まだ、世間には、発表されてない未知の植物の種だからね」

 そして、男は、得意げに話し始めた。

「これが成長すると、花になる。この花は、いわゆる食虫植物だ。しかし、もっと大きくなる。だから、食べるのは、動物だったり、人間かもしれない」

 ぼくは、驚いてその種を見る。

「この種を、キミの体内に移植するんだ。そして、細胞ごと、キミの体に取り入れる」

「バカバカしい。そんなこと、できるわけないでしょ」

「イヤ、キミなら出来る。すでに、キミの体内には、10匹の動物の細胞が生きている。そして、キミの意思で、自由に出来る」

 なにを言ってるんだ。この男は。そんな話、信用できるわけがない。

「キミは、世界初の、植物と動物を体内に取り込んだ、素晴らしい変身人間に生まれ変わるんだよ」

「そんな話、信じられるわけないでしょ」

 ぼくは、相手にしないことに決めた。さっさと、ウワンを連れて、ここから

出て行こうと思った。

「それが、できるんだよ。キミの父親は、それを実験していた。しかも、自分の体を使ってね」

「親父が?」

「しかし、残念なことに、実験は失敗した。体が拒否反応を示した。そのために、キミのお父さんは、亡くなった。理由は、いろいろ考えられる。細胞が一致しながったこと。でも、何よりも体が高齢のために、持たなかった。その点、

キミは、若い。体力もある。しかも、すでに、動物を体内に取り込んでいる実績がある。だから、キミなら出来る。ぜひ、我々に力を貸してほしい。そして、

お父さんの夢を叶えてほしい」

 まったく、親父は、何をやってるんだか。実験が失敗して、死んだというのだって、自業自得というものだろう。

ぼくの責任じゃないし、そんなの継ぐ意思は最初からない。

「そんなにやりたいなら、自分たちの体でやったらどうですか」

 ぼくは、突き放すように言った。

「もちろん、やったさ。ここにいる研究員は、全員、生体実験として、自分の体を提供したんだ。だけど、失敗した。幸い、命は取り留めたが、体は、この通りさ」

 そう言うと、着ている服を脱ぎだした。帽子もサングラスも取ると、その下は、包帯に巻かれていた。

それどころか、手も足も全身包帯だらけで、まるでミイラ男のようだ。

そして、その包帯も解き始めた。すると、驚くことに、その下から現れたのは、人間の肉体ではなくただの細かい粒子だった。目だけが浮いている。

不気味そのものだ。

「見たかい。私だけじゃない。ここにいる全員が、このような粒子状の細かい体になっているんだよ。キミのような肉体はないんだ。骨も肉も血もね。だから、こうして、包帯でまとめて人間の体にしているんだよ」

 そう言って、体に包帯を巻き始め、服を着始めた。帽子にサングラスをつけると、正体不明の怪しい人物の出来上がりだ。

もっとも、中身は、もっと怪しいけど……

 ぼくは、言葉を失い、余りのことに絶句していた。親父は、こんな実験をしていたのかと思うと、恐ろしくなる。

「それをぼくの体に取り入れるってわけですか?」

「その通りだよ」

「そんなの絶対、イヤですよ。変身人間だけでもいやなのに、これ以上、ヘンな花なんて体に入れたくないから」

「どうしても?」

「イヤなもんは、イヤです。あんたたちのことは、誰にも言わないから、ウワンといっしょに、ここから出して下さい」

「残念だよ。キミなら、お父さんの意思を継いで、賛成してくれると思ったのに」

 なんて言われようが、イヤなもんはイヤだ。あんな花を体に入れるなんて、

それじゃ、植物人間じゃないか。

「仕方がない。力づくでと言うのは、我々としては、遺憾ともしがたいが、実験体が拒否するなら、仕方がない」

 そう言うと、手元にあるスイッチを入れた。すると、ドアが開いて、怪しい

研究員たちが大勢入ってきてぼくを取り押さえようとした。

「変身しようとしても無駄だよ。この施設内では、キミは、変身できない。変身できないキミは、ただの人間だ」

 ぼくは、掴まれた両手に精神を集中させた。しかし、ゴリラも熊も出てこない。ぼくの両手は、細い人間の腕だ。そして、取り押さえられたぼくは、連行されて、檻の中に閉じ込められた。

「キミに、時間の猶予を上げよう。考えが変わったら、ここから出してあげよう」

「考えは、変わらないよ。ぼくは、このままでいい。むしろ、変身人間なんて、なりたくない」

「しばらく、そこで、頭を冷やすといい。それまで、ウワンくんは、我々が預かっておく」

 そう言うと、ぼくは、檻の中に閉じ込められたまま、狭い部屋の中に取り残された。

なんてことだ…… このままじゃ、どうすることも出来ないじゃないか。

どうすれば、いいんだ。

頼りのウワンは、寝たままだし、助けを呼ぶことも出来ない。だからといって、このままあいつらの言いなりにはなりたくない。

なんとかして、ここから逃げ出さないといけない。何より、彼女に会いたい。

このまま、別れるなんてイヤだ。二度と会えないなんて、そんなの絶対イヤだ。とはいえ、いくら精神を集中させても、体からライオンも鷲の羽もゴリラや熊の腕も出てこなかった。みんな、眠らされているのか、ぼくがいくら問いかけても反応がない。

 このままでは、彼らの言うとおり、ぼくは、ただの無力な人間ということに

なる。

抵抗すら出来ないままに、手術されるしかないのか……

 だいたい、親父がそんなことを考えるからいけない。確かに犠牲になった

人たちには、申し訳ないがだからと言って、ぼくを無理やり実験台にしてもいいわけがない。

でも、逃げ出す術がない。どうすればいい…… でも、頭が悪いぼくには、

考え付かない。もっと勉強しておけばよかった。

そんな後悔が頭をよぎる。せめて、彼女と連絡が取れれば、何か言い考えが思いつくかもしれない。

でも、彼女を巻き込むわけにはいかない。

大ピンチで絶体絶命の自分の立場を思い知った。

 

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