第4話 勇気を持って、初めての……

「まったく、慎一は、美樹の気持ちがまったくわかってないんだな」

「ごめん」

「少しは、美樹の気持ちも考えたほうがいいと思う」

「でも、俺は、こんな体だし……」

「それが、どうしたというんだ。キミは、ただの高校生じゃないのか?」

 帰宅して、今日のことを報告したら、ウワンから説教を食らった。

ただでさえ、夕飯の買い物を忘れたから、怒られているのに、彼女の話を

したら、さらに怒られた。

 結局、出前を取ることになった。宅配のお寿司を五人前を三つとピザの

特大サイズを三枚だ。

それが届くまで、ウワンの厳しい説教が続いた。

「キミは、確かに普通の人間ではない。でも、学校にいる間は、普通の高校生

として、学校生活を楽しんでも、罰は当たらないだろう」

 確かにそれは言える。でも、ぼくは、普通の人間じゃないから、友だちを

作ったり、クラスの人たちの輪に入るのが正直言って怖い。

これまで、外の世界を知らなかったから、何を話したらいいのかわからない。

実際、クラスの人たちの話を聞いていても、何を話しているのか、サッパリ

わからないのだ。

だから、今更、友だちを作っても、話についていけないし、相手にしてくれない。ぼくは、それでいいと思っていたのだ。

「いいか、慎一。キミは、普通の高校生として、友だちを作ったり、学校で勉強をしたり、クラブ活動をすることは当たり前なんだ。慎一は、今更と思うかも

しれないが、キミは、まだ若い。今からでも、遅くはない。今しか出来ないことを、取り返す時間は、まだあるんだ」

「でも、ぼくの正体がバレたらどうすんだよ。みんなに迷惑がかかるし、もしかしたら、ぼくは……」

「嫌われるとでも思っているのか? そのときは、そのときでいいじゃないか」

「イヤだよ。友だちから嫌われるなんてイヤだよ。だったら、一人でいるほうがいい」

 ぼくは、ウワンの言うことに逆らってみた。

「ぼくは、いつか、殺されるんだよ。変身人間として、解剖されたり、実験台にされたりするんだよ」

「そのときは、二人で逃げればいい。ぼくたちだったら、どこででも生きていける。知らない土地で静かに暮らすのもいいじゃないか」

 ウワンの言うことももっともなのだ。こんな体になった以上、いつかは抹殺

されるだろう。

そのときのことを思うと、なるべく悲しい思いをさせる人間を作りたくない。

ぼくと関わりあったことで、危険が及ばないとも限らない。

だから、なるべく関係ない人たちを巻き込みたくない。

それには、一人でいるのが一番いいんだ。ぼくは、そう思っていた。

「慎一、明日、美樹を連れて来い。ぼくから、キミの事を頼んでみよう。

今、慎一を救えるのは、美樹しかいない」

「やめてくれよ。美樹ちゃんを巻き込まないでくれよ」

「勘違いしないでほしい。美樹を巻き込むなんて言ってない。慎一を人間らしくしてほしいと頼むだけだ」

 ぼくは、彼女を巻き込みたくない。いっしょに撮ったプリクラの写真の笑顔を壊したくなかった。

「キミは、人間なんだ。そのことを忘れないでほしい」

 そう言って、ウワンは、寝てしまった。そこに出前が届いた。

ぼくは、今夜は、久しぶりに一人の食事となった。おいしいはずの食事が、

今夜は、おいしく感じない。

一人で食べる食事には、慣れているつもりなのに、今日は、彼女がいない。

それだけで、味気ない食事に感じた夜だった。


 翌朝、ぼくは、登校するとき、ウワンに言われたことを思い出しながら

歩いた。

素直にクラスの輪に入ってみよう。ぼくの方から、話しかけてみよう。

友だちも作ってみよう。わからないことのが多いけど、そのときは、こちらから聞いてみよう。

学校にいる間は、普通の高校生という自覚を持とう。

そう思いながら、登校した。

 ぼくにしては、かなり緊張しながら教室に入った。

「お、おはよう……」

 ぼくにしては、ものすごく勇気を出して、朝の挨拶を言った。

当然、クラスのみんなは、ぼくからそんな一言が出るとは思っていないはず。

ビックリするに決まってる。ぼくは、そう思っていた。ところが、違った。

「おい、中村、ちょっと来い」

 いきなりクラスの男子に言われて、教室の後ろに連れて行かれた。

何事かと思っていると、男子数人に囲まれてしまった。ぼくは、なにをされるのか、どうしたらいいのかわからず、パニック状態になる。

「お前、全然目立たない割りに、五十嵐と付き合っているって、どういうこと?」

「お前みたいな暗いやつが、なんで五十嵐とデートなんかしてるの?」

「黙ってないで、何とか言えよ」

「俺、見ちゃったんだよね。昨日、お前と五十嵐が、駅前でデートしてるとこ」

 そうか、昨日のことを見られたのか。確かに地元だから、知り合いに見られることも考えられる。そんなことにも気が付かないなんて、ぼくの大失敗だ。

「イヤ、別に、付き合うとかそういうんじゃなくて……」

 ぼくは、消えそうな声で言い訳する。その時、彼女の姿が目に入った。

彼女は、彼女で、女子たちに囲まれてなにか言われているようだった。

そんな彼女の姿を見ると、自分のしたことが悔やまれる。

やっぱり、彼女と仲良くしてはいけなかったんだ。

彼女を巻き込んでしまった自分を責めた。やっぱり、普通の高校生なんて、

ぼくには無理なのだ。

「おい、なに言ってんだよ。お前ら、二人で笑ってたじゃないか。楽しそうに

見えたけどな」

 ぼくは、もう、何も言えなくなった。ダメだ、もう、ここにいられない。

彼女に迷惑がかかる。ウワンに言って、帰ったらこの街から逃げよう。

ぼくは、そう思っていた。

「ごめん」

「なにがごめんだよ。ごめんじゃないんだよ」

 別の男子が声を荒げる。ぼくは、下を向いたまま黙ってしまった。

「ちょっと、いい加減にしなさいよ」

 その時、彼女の声が教室中に響いた。その声に、男子も女子も、そしてぼくもビックリした。

そして、彼女は、席を立って、ぼくの方に歩いてくる。男子たちを分けて、

ぼくの前に立つ。

「あたし、慎一くんと付き合ってるの。それが、なにか、文句あるの?」

 その一言で、教室が静まり返った。なにを言ってるんだ、彼女は……

「慎一くんと付き合うのが、そんなに悪いことなの? 慎一くんはね……」

 彼女がなにか言おうとした。ぼくは、動物的感で、まずいと思って、彼女の

口を手で塞いだ。

「ダメだ」

 ぼくは、彼女にだけ聞こえるように言って、首を左右に振った。

「ごめん」

 ぼくは、そう言って、彼女の口から手を離した。

「なんで、謝るのよ?」

「もう、いいんだ。ぼくのことは、もう、いいんだ」

 ぼくは、彼女ことも忘れることにした。でも、彼女は、そうじゃなかった。

「よくないわよ。あたしは、慎一くんが好き。あたしは、慎一くんのファンだもん。もしかして、逃げようと思ってない?」

 彼女の感はよく当たる。ぼくが、今思っていることを的確に当てる。

「逃げたりしたら、承知しないからね。あたしは、どこまでも慎一くんについていくからね」

 話がだんだん逸れてきたので、クラスの人たちも黙っているしか出来ない。

「男子も女子も、付き合うとか、そんなことで、慎一くんをいじめたら、先生に言うから」

 それだけ言って、彼女は、自分の席に戻っていった。

始業のチャイムが鳴って、先生が教室に入ってくると、他の生徒もそれぞれ自分の席に着いた。

 ぼくも自分の席について、右斜め前に座っている彼女の後姿を見た。

女の子がクラスの前で、はっきり言った。それって、すごく勇気と度胸がいる

はずだ。

今後、彼女に対する視線や付き合いが変わるかもしれない。

それなのに、生徒たちの前で、宣言して見せた。それに引き換え、ぼくは、

謝ることしかできなかった。

なんて情けない男なんだ。変身人間なんて、カッコいいこと言っても、所詮、

弱い男なんだ。

もし、変身人間じゃなかったら、きっと、登校拒否でもして、引き篭もりに

なっただろう。

 それほどのリスクを覚悟してまで、ぼくを守ってくれた。

ぼくに対して、宣言した。

それなら、ぼくも、それに答えないと男じゃない。

それでも、引き下がるようじゃ、彼女に申し訳ない。

ウワンじゃないが、ぼくも学校では、普通の高校生なんだ。

友だちを作ったり、彼女に告白して、振られたり、付き合ったりすることは、

この年の子供なら、当たり前じゃないか。

変身人間が、青春してなにが悪い。ぼくだって、こうしているときは、

普通の高校生なんだ。

好きな女の子が出来たら、ドキドキだってする。友だちと話をして、楽しく

笑ってみたい。そう思ってもいいじゃないか。

ぼくは、心の中でそう思うようになってきた。

 それから授業の合間の休憩時間になっても、だれもぼくに言ってくる人は

いなかった。

ぼくも彼女も、話を交わすこともなかった。それなら、やっぱり、自分から輪に入らなきゃいけない。

でも、どうやったらいいのかわからない。そして、昼休みがやってきた。

 ここで、初めての試みをしてみた。言葉で表せないなら、態度でしてみよう。

そう思ったぼくは、いつものように給食をあっという間に平らげると、カバンの中から、いつものドカ弁を机の上に出した。

いつもなら、それを持って、屋上で一人で食べる。でも、今日は初めて、みんなの前で、教室の自分の机で食べてみようと思った。

これで、なにか言われてもいい。先生に注意する人がいてもいい。

そのときは、そのときだ。また、屋上で食べればいい。

 一度、覚悟が決まると、気持ちが楽になった。

ぼくは、机の上にドカ弁を三個並べて、一つ目の蓋を開けた。

それを見て、一番ビックリしたのは、彼女だった。

でも、それを見ると、明るく微笑んで、自分のかばんの中から、小さなパックを取り出してぼくの前に置いた。

「ハイ、これ。デザート」

「ありがとう」

 ぼくと彼女にしかわからない会話だ。ぼくもそれを笑顔で受け取った。

「相変わらず、おいしそうに食べるわね」

 彼女は、そう言って、自分の席に戻っていった。

唖然としているのは、他の生徒たちだった。まだ、給食の途中の人たちもいた。

その手が全員止まっていた。その目は、ぼくの特大弁当を食べている姿を

見ていた。

 クラスの中で、もっとも体の大きな男子が、恐る恐る話しかけてきた。

「お前、それ、全部、一人で食うの?」

「そうだよ」

 きっと、これが、クラスの生徒と交わした初めての会話だ。

「マジかよ……」

 どう見ても一人分の量ではない。それを、ぼくは、平然と食べているのだ。

二個目のドカ弁を食べ始めているときになって、ようやく時間が戻った。

 そんな会話がきっかけとなったのか、隣の男子も話しかけてきた。

「それ、お前の母ちゃんが作るの?」

「いや、ぼくが自分で作ってる」

「マジで……」

 そんな会話を聞いた女子も振り向いて聞く。

「そんなに食べて、大丈夫なの?」

「ホントは、まだ、足りないんだけどね」

 そのときの女子の顔は、目を丸くして驚いていた。

そんな初めてのクラスの人たちとの会話を聞いて、一番うれしそうだったのは、彼女だったに違いない。

実は、ぼくも、すごくドキドキしていた。初めてのクラスの生徒たちとの会話は、緊張する。何気ない返事も、ホントは、かなり大変だった。

 そして、ほんの数分で、すべてのドカ弁を完食した。

もちろん、彼女のデザートのウサギのリンゴもおいしくいただいた。

 ぼくは、すべて食べ終えると、窓から外を眺める。昨日までなら、屋上で時間をつぶしていた。

それが、今日は、教室から外を見ているなんて、自分でも信じられない。

 彼女は、教室では、みんなの目を気にして、必要以上にぼくに話しかけたり

もしない。そんな気配りが、ぼくには、すごくありがたかった。

 それからも、何人かの男子も女子も、話しかけてくることがあった。

でも、申し訳ないが、今までそんなことをしてこなかったので、顔と名前が一致しない。

ぼくは、会話をしながらも、胸の名札と顔の印象を記憶することのが

優先だった。

「弁当の持ち込みは、先生に見つかったら、怒られるぞ」

「わかってる。でも、お腹が減るんだから、しょうがないんだ。先生には、黙ってて」

「もしかして、今までもずっと、食べてたの?」

「見つからないように、こっそり、屋上でね」

「その割には、お前、太ってないよな」

「食いしん坊なんだよ」

 そんな返事をしている間も、背中は、冷や汗が止まらなかった。

ぼくにしては、このアドリブは合格だろう。

 それよりも、彼女に対しての質問攻めのが大変そうだった。

女子たちからいろいろぼくとの事を聞かれている。なのに、ぼくは、彼女を

助けに行くことが出来ない。

下手に口を出すと、ボロを出すから、黙っていることにした。

どんなことを聞かれて、何を話しているのか、気になったけど、聞くわけには

いかない。

 こうして、ぼくにとっては、初めての昼休みが終わった。

なぜか、午後の授業が始まると、ホッとする。

 午後の授業の最初は、体育の時間だ。ぼくにとっては、一番気を使う授業だ。

今日は、男子も女子も陸上らしい。ぼくは、他の男子と更衣室で体操着に着替える。

昼休みの給食のこともあって、初めて一人ではなく、男子数人と更衣室に向かうことになった。

一人じゃないって、なんかすごく居心地がよかった。話すことは、やはり、

あのドカ弁のことだ。

それでも、ぼくは、楽しかった。笑うことを意識しながら返事をする。

 そんな時、廊下の向こうから、三年生の先輩が三人歩いてくるのが見えた。

「危ないから、こっち、こっち」

 ぼくの袖を引っ張りながら、男子が廊下の端に避ける。

いわくつきの三年生の先輩たちだ。誰もが避ける存在なのだ。

 しかし、ぼくたちとすれ違うとき、先輩たちのほうが、道を空けた。

しかも、ぼくに、軽く会釈したのだ。ぼくは、それに釣られるように同じく会釈する。そして、逃げるように走っていく先輩たち。あの人たちは、ぼくを屋上の階段から突き落とした人たちだ。

でも、彼女が言い返したことで、ぼくは、特殊能力で、気絶させた。

そのことがトラウマになっているのか、向こうがぼくを避けるようになった。

 それに驚く、回りの男子たち。それは、そうだろう。まさか、あの先輩たちのほうが、道を譲るとは思わなかった。

しかも、通り過ぎるときに、会釈したのだ。信じられないのは、当然だろう。

「お、おい、今、お前にお辞儀しなかった?」

「さぁ……」

 ぼくは、何事もなかったように、返事をした。

そんなことがあってか、男子たちも、ぼくに積極的に話しかけるようになった。

 とは言っても、体育の時間は、ぼくの本能というか、特殊能力を出さないように、注意しないといけない。それのが気になった。

そして、全員、校庭に集合する。体育の先生の指導で、今日は、

短距離走らしい。長距離走じゃないのが救いだ。

走っているうちに、足が変身してしまうかもしれない。

 すると、隣に彼女が近づいて、こっそり耳打ちする。

「本気で走っちゃダメよ」

「わかってるよ」

「でも、本気で走ってるとこ、見てみたいな」

「ダメだって」

 ぼくは、思わず笑いそうになる。見ると、彼女も笑っていた。

彼女の前で、いいところを見せたい。でも、それは、絶対にまずいのだ。

 ぼくは、いつものように、ものすごく手を抜いて、軽く走った。

当然、タイムは悪い。

50メートル走を何本か走ると、普通は、息が切れるものだが、ぼくは、まったく平気だ。それくらい、走ったうちに入らないからだ。

 彼女は、女子の中でも足が速い方で、タイムもよかった。

ぼくは、足が遅いグループに分けられた。その中でも、ぼくは、ダントツに

遅い。

「もっと、腕を振らないと、早く走れないぞ」

 先生に言われても、そうするわけにはいかない事情があるのだ。

誰にも言えないけど。

「苦労してるね」

 彼女が近寄ってきて、そう言われた。ぼくは、軽く頷きながら、苦笑いを浮かべる。ぼくの苦労を知ってるのは、彼女だけだ。

「だけど、こんなに細い脚の、どこにそんな力があるのかしら。今度、じっくり見せてね」

 彼女がぼくの足を見ながら言った。ちょっと恥ずかしかった。

ぼくの足には、チーターの細胞が埋められているので、基本的に足は細い。

でも、筋肉はちゃんとついている。

 そんなこんなで、何とか体育の授業が終わった。かなりホッとした。


 次の授業は、歴史の時間だった。

いつも思うが、この時間は、とても眠くなる。

そんなときだった。ウワンからテレパシーが頭の中に届いた。

『帰りは、注意しろ。誰かがウチを見張っている』

 誰だろう? そんな怪しい人物に心当たりはない。とりあえず、わかったとだけ

返事をした。

ぼくの秘密を知ってるいるのは、ウワンと彼女だけだ。親父は、アメリカだし、日本には、いないはず。まるで心当たりがないだけに気になった。

 そして、学校が終わると下校時間だ。ぼくは、いつものようにスーパーに

買い物に行く。

昨日は、買い物を忘れて、出前を取ることになって、余計な出費をして、ウワンに怒られたことを思い出す。

「待ってよ、慎一くん」

 後ろから彼女が走ってきた。

「今夜は、夕飯をいっしょに作ろう」

「いいの?」

「もちろんよ。あたしが作りたいの。今夜は、なにするの?」

「なににしようかな……」

 ぼくは、相変わらず、今夜のオカズは決めていない。

そんなことを思っていると、ウワンからのテレパシーのことを思い出して、

足を止めてこう言った。

「やっぱり、今夜は、やめよう。美樹ちゃんは、ウチに来ないほうがいい」

「えっ、どうして?」

 そう言われても、返事のしようがない。ホントのことは言えないし、そんな怪しいことに彼女を巻き込みたくない。

「今夜は、ぼくが作るから」

「急にどうしたのよ? もしかして、ウチで、なんかあったの? ウワンちゃんから

なにか言われたとか……」

 いつものことだが、彼女は、鋭い。ぼくが返事に困っていると、彼女は笑いながら言った。

「何があったか知らないけど、あたしは、慎一くんのウチに行くよ。ダメって言っても、行くからね」

「それじゃ、気をつけるんだよ」

「うん。それで、何があったの?」

「それが、ぼくにもわからないんだ。ウワンからなんだけど、誰かがウチを見張っているみたいなんだ」

「警察に言ったら?」

「そんなこと、言えないよ」

「なにか、心当たりは?」

「まったくない」

「う~ん、それは、困ったわね」

 彼女も首を捻っている。とにかく、今は、買い物を済ませて、明るいウチに

帰ることだ。

結局、彼女の提案で、今夜は、お好み焼きにすることにした。

これなら簡単で、野菜も肉もバランスよく食べられる。ソースを変えれば、味も変わってたくさん食べられる。

 ぼくと彼女は、両手一杯に食材を持って、ウチに帰る。

もうすぐ自宅と言うところで、ぼくは、特殊能力を使ってみた。

「ごめん、ちょっと、ゆっくり歩くね」

 ぼくは、彼女にそう言ってから、耳と目に精神を集中させた。

ウサギの耳とトンボの目なら、何か異変があれば、すぐにわかる。

 彼女は、初めて見る耳が長くなるぼくの顔を見て、目をパチクリさせている。

「ホントにウサギなんだ」

 彼女が見た感想は、それだった。見たまんまだ。

ぼくのウサギの耳が、ピクピク動いて回りの音を聞き取る。

トンボの目が緑色に光って、景色を観察する。

その角を曲がれば、すぐに自宅だ。家の回りには、誰もいない。

隣の家から聞こえるのは、テレビの音と人の声だけ。壁の向こうにも誰かが潜んでいる気配もない。

「大丈夫みたい。誰もいないよ」

 ぼくは、すぐに耳と目を元に戻していった。

「ある意味、便利な耳と目よね」

 彼女は、そう言って笑った。確かに便利は便利だけど、そんな能力は、

いらない。

「ただいま」

 ぼくは、少し大きな声でドアを開けながら言った。

「お邪魔します」

 彼女もそう言って、靴を脱いで中に入る。

リビングから、ゆりかごに乗ったウワンがふわふわと宙を浮かびながら出てきた。

「慎一、美樹を連れてきてはいけない」

「大丈夫だよ。外には、誰もいなかったから」

「あたしなら、大丈夫だから」

「まったく……」

 ウワンは、呆れたように言って、また、ゆりかごに乗ったままリビングに

戻っていった。

「それじゃ、作ろう。あたしは、野菜を切ってるから、慎一くんは、粉を溶いて」

 彼女の手際のよさで、お好み焼きは、段取りよく出来た。

ホットプレートにお好み焼きの元を焼いて、野菜を乗せて、卵を乗せる。

「まだかな」

「まだ、早いわよ」

 ぼくは、せっかちなのか、焼けるまで待てなくて、コテで焼き加減を見る。

「もう少しだから、慌てないのが、おいしく焼くコツよ」

 ぼくは、二人きりで、ワイワイ言いながら作るのが楽しかった。

コテを使って、裏返す。ちょっと形が崩れる。

「慎一くん、下手。今度は、あたしがやるね」

 実際、やってみると、彼女のが上手だった。

ソースをかけると、おいしそうなニオイがする。小さく切り分けて、お皿に

よそった。

「ハイ、どうぞ」

「美樹ちゃんも食べなよ」

「あたしは、たくさん食べられないから、慎一くんから食べて。どんどん焼くから」

 そう言って、二枚目のお好み焼きを焼き始める。その間、ぼくは、食べることに集中した。

そして、焼けたそばから、ぼくは、もりもり食べる。

やっぱり、一人で食べる食事より、おいしく感じるし、楽しい時間に思えた。

 三枚目が焼けたところで、彼女も食事に参加する。

「うん、おいしい」

「美樹ちゃんは、お好み焼きを焼くの上手だね」

「好きだから、ウチでも焼くのよ」

 彼女は、そう言って、おいしそうに食べる。

「最近、ちょっと太ってきたのよね。慎一くんのせいだからね」

「えっ、ぼくのせいなの?」

「慎一くんがおいしそうに食べるのを見てると、釣られてあたしも食べ過ぎちゃうのよ」

 そう言いながら、彼女は、お好み焼きを大きな口を開けて、食べている。

結局、ぼくは、お好み焼きを四枚と半分食べて、彼女が半分を食べた。

「もう、お腹一杯。また、太っちゃうわ」

 そう言う彼女は、笑っている。

ぼくは、片づけを終えて、お茶を飲んでいると、ウワンが起きてきた。

「美樹、ぼくから、キミにお願いがある」

「どうしたの、改まって。ウワンちゃんのお願いなら、何でも聞くわよ」

 ウワンは、ゆりかごごとテーブルの上に降りた。そして、ゆりかごの縁に手を乗せて、身を乗り出して彼女の方を見る。

「キミに頼みとは、慎一のことだ」

 そう前置きして、話を続けた。ぼくがなにか言おうとしても、テレパシーで

口を挟ませない。

「慎一は、確かに特殊能力を持っているが、一人の人間なんだ。学校では、普通の高校生として、生活させてやって欲しい。友だちを作ったり、勉強をしたり、普通の高校生としての時間を過ごさせてやりたい。それは、ぼくには出来ない。

だから、キミに頼みたいんだ」

 すると、彼女は、はっきりと言った。

「任せて。学校では、あたしがちゃんと慎一くんを見てるから」

 そして、今朝のこと、給食のことをウワンに話して聞かせた。

ぼくは、恥ずかしくて、顔から火が出る思いだ。

それを聞いたウワンは、安心したような顔をした。

「そうか。慎一、がんばったな。だけど、美樹の気持ちにもちゃんと応えてやらないとダメだ」

「わかってるよ」

 ぼくは、顔から火が出る思いで、彼女に向き直ると口を開いた。

「今日は、ありがとう。美樹ちゃんの気持ち、ちゃんと伝わってるから。ぼくも美樹ちゃんのこと好きだよ。これからもよろしくお願いします。彼氏というには、まだまだ頼りないけど、がんばって強くなって、友だちも作るし、キミの事も大事にするから」

「なにを言ってるのよ。慎一くんは、強いよ。昼間だって、すっごくがんばったじゃない。すごく勇気がいったよね。友だちの前で、お弁当を広げたんだよ。

出来ることじゃないわ。慎一くん、すごかったのよ。ウワンちゃんも褒めてよ」

 ぼくは、うれしくなった。彼女から、そんなことを言われて、なんだか心の奥が熱くなってきた。

すると、なぜだか、ぼくの頬になにかが伝ってくるのがわかった。

「慎一くん、泣いてるの?」

「えっ?」

 頬に手をやると、涙で濡れていた。まさかと思った。ぼくが泣くことなんか

あるのか? ぼくの目は、トンボの細胞で出来ている。だから、涙なんて流れる

はずはない。

「慎一、わかっただろ。それが人間ということだ。キミの体は、普通ではないけど、感情というものは残っている。それでいいんだ。泣きたいときには、泣いてもいい。笑いたいときは笑ってもいい。それが人間というものだ」

 そうなのか。それでいいのか。ぼくは、涙を手で擦って、彼女とウワンを

見た。

「それと、美樹には、残酷な話かもしれないが、慎一は、いつかは死ぬ。この体をなにかに利用しようとする者が現れるだろう。生体実験にされることは、予想できる。しかし、慎一をそんなことに利用させない。そのときは、ぼくと逃げる」

 彼女は、黙って聞いている。ウワンは、続けて話す。

「慎一を殺されるくらいなら、どこまでも逃げるつもりだ。実験台など、二度とさせない」

 すると、彼女は、ウワンに言った。

「ウワンちゃん、人間は、いつかは死ぬときがくる。あたしもいつかは死ぬのよ。慎一くんと同じよ。だけど、慎一くんを実験台なんて、そんな残酷なこと、二度とさせたくない。逃げるときは、あたしもいっしょよ」

「しかし、慎一は、変身人間になったときから、その運命からは、逃げられないんだ。キミという人間を巻き込むわけにはいかない」

「そんなことない。あたしは、慎一くんが好き。だから、どこまでもいっしょに生きたいの。慎一くんは、ずっと一人だったのよ。そんな思いは、もうさせたくない。せめて、あたしだけでも、傍にいたいの。そりゃ、あたしは、ただの人間だから大した力はないし、役にも立たない。でも、慎一くんを安心させたいの」

 ウワンも黙って聞いている。ぼくは、言葉もなく、彼女を見ているだけ

だった。

「わかった。学校では、慎一のこと頼む。普通の高校生にさせてやって欲しい。そして、もし、慎一の身に危険が迫ったときは、キミにも協力してもらう。それでいいか?」

「うん。ありがとう、ウワンちゃん。あなたのことも、あたしは、大好きだからね」

 どうやら、ぼくの出番はないらしい。ウワンと彼女の間で、話し合いはついたようだ。

「それじゃ、帰るね。ご馳走様。ウワンちゃん、またね」

「送っていくよ」

「平気よ。そんな、毎回送ってもらわなくてもいいわ」

「イヤイヤ、今日は、怪しいやつがいるかもしれないし、危ないから」

「ありがと。それじゃ、お願いしようかな」

 そう言って、玄関に向かう彼女の後をついていく。

外に出ると、回りに人がいないことを確認して、シャツを脱ごうとした。

「待って、今日は、もう少しゆっくり話したいから、歩いていこう」

 そう言って、彼女は、歩き出した。

ぼくも、もう少し彼女といたかった。これって、初恋なのか?

誰かを好きになるという気持ちとは、こういうことなのか?

そんなことにも今まで気付かなかった自分は、まだまだ人間として修行が足りない。暗くなりかけた道をぼくたちは、歩いた。

「さっき、ウワンちゃんが言ってたことだけど、何かあったら、あたしにも

言ってね」

「うん」

「それと、今日のこと、言い過ぎたかな。ごめんね」

「そんなことない。ぼくの方こそ、クラスの人たちの前で、あんなこと言わせてごめん」

「いいのよ。だって、ホントのことだもん」

 こうして並んで歩いていると、ほんの少しの間でも、普通の人間になった

ような気がした。

「慎一くん、手を繋いでいい?」

「えっ! 」

「イヤならいいのよ」

「そうじゃなくて、ぼくの手は、その……」

「いいじゃない。あたしは、気にしてないよ」

 そう言うと、彼女は、ぼくの右手を握ってきた。

その手は、とても小さくて、柔らかくて、少し温かくて、ぼくは、緊張して

きた。女の子の手を握るなんて、これが初めてのことだ。

ぼくは、彼女の気持ちに応えようと、軽く握り返す。

「全然、普通じゃない。ちゃんとした人間の手だよ。ちゃんと温かいし、気にすることないよ」

 彼女に言われると、なんとなくだけど、自信がつくから不思議だ。

「でも、熊の手も触ってみたいけどね」

 そう言って、彼女は、笑った。その笑顔が一段と可愛い。

「イヤイヤ、そんな手で触ったら、美樹ちゃんの手なんて壊れちゃうよ」

「そうかな? 熊の手だって、慎一くんの手じゃない。大丈夫だと思うけどな」

 そう言って、握った手をぼくに見せるように出した。

この時間がずっと続くといいなと、思いながら歩いた。

ぼくは、この日のことは、きっと忘れない。





 

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