第七話 『皇太子レヴェータと悪霊の古戦神』 その129
―――赤い竜が羽ばたきを使い、暗闇を飛び抜けて行く。
瞬く間に加速して、這いずり逃れる敵を追う。
少女の願いのままにある、竜の翼が生む速さから悪神は逃げられない。
その醜い姿が見えて来た、崩れかけた姿であった。
『来るな!!来るな!!来るなあああああ!!!』
「ううん!追いつく、もう、逃げられないよ!!!」
『あきらめろ、『エルトジャネハ』。古い呪いは終わる。それだけのこと』
『うるさ!!無限の命を、永遠の命を……これだけの力が、達成した偉大なる力が、消えてなくなっていいはずないだろううううううううううッッッ!!!』
―――悪神が呪いを放つ、巨大な紫色の稲妻だ。
赤い竜は翼で闇のなかを旋回して、その攻めを回避してみせる。
この老人に、悪神の攻撃は当たらない。
夥しいほどの戦いの記憶が、悪神の攻撃を読ませてくれるのだ。
―――そして、アリーチェの願いのままにある竜の翼は……。
ゼファーのそれよりも速さがある、理想の力がそこに体現されていた。
無数の祈りが力を与えてくれているからでもあり、流れ星の速度で飛翔する。
輝きが軌跡を描き、悪神を幻惑していった。
『攻撃が、当たらない……だと!?』
「竜って、すごいんだからー、当たらなくても、しょうがないよね!!」
『ということさ。あきらめろ。我々は、二人だけではない。ここの空に輝く星々の全ては、どこまで遠くにいたとしても、力を与えてくれるのだよ。弱くて情けない、ニセモノの神さまでしかない私にさえも……これほどの力をくれるのだ』
『私の力を、奪っているだけに過ぎん者に!!!』
―――最後の抵抗は繰り返されるが、空の二人は笑顔で避ける。
速さと読みが、その完全な回避を組み上げていた。
そして、避ければ避けるほどに悪神の力は弱まっていく。
攻め疲れを起こしていく敵を見下ろしながら、星で出来た竜は口に焔を灯した。
『やめろ……やめろ!!私を殺そうとするなあああああ!!!こんなに、長く、生きて、続いたのだ!!それを、それを消そうとするな!!小娘、小娘ええええ!!!生き返してやろう!!生きられるのだぞ、こんな暗がりから、元いた場所に戻れる!!私だけが、私の力だけが、お前を救って、やれるのだッッッ!!!』
「……いらないよー。ガマンするって、いったでしょ!……どんなにね、怖くても。どんなに、さみしくても……どんなに、生きていたかったとしても……っ。私は、自分だけの人生がいいんだもの!!」
『意味が分からない!!気持ち悪い、気持ち悪いぞ!!!』
『かりそめの生になど、真の生を生きた者は満足しないのさ。それが、分かっておれば。本物の神さまにでもなれたかもしれないなあ、『エルトジャネハ』よ。千年、ヒトの心を見ても、気高さを分からない。それが、貴様の限界ということだ!!』
『貴様の息子だって、蘇らせてやれる!!!』
『いらぬわ。死体で動く、息子の人形など。それは、その提案は、あまりにも下らんぞ。たんなる侮辱でしかないのだ』
「『エルトジャネハ』。ヒトってねー、正しいことをしたいんだよ。そうじゃないとね、良く生きられないとね、嫌なんだよ。悪い生き方をするとね、いつか死んじゃうそのときに、今のあなたみたいにみじめになるの。正しく生きていれば、終わりに満足できるよ。周りに、悲しんでくれる人がいれば、泣いてくれる人がいれば……私たちは、ちゃんと死んで行けるの。あのときもそうだった。今度だって、そうなの」
『意味が、分からんと、言っているだろうがああああああああああああああッッッ!!!』
―――悪神の底力だ、全ての魔力を解き放つような勢いで術を使った。
空には逃げ場がない、アリーチェと星で出来た竜を術が傷つける……。
……いいや、もう傷つけることも出来ない。
術は二人の体を素通りして、虚空へと飛び去ってしまった。
「アリーチェ……っ。アリーチェ……っ。お前は、もう……この世のものではなくて……もう…………うう、うう……っ」
『……『まーじぇ』……』
「なあ、リエル。あの子のために、応援してやろうぜ」
「……う、うん。ソルジェ……そうだな……アリーチェよ。成し遂げてみせるのだ。これは、悲しいことではない、これは……お前たちにしかやれぬ使命なのだ。やれ……やるのだ……がんばれ、ありーちぇ」
―――彼女は正しく生きたのだ、それゆえ星が力を貸した。
力強く、竜の背で指を使う。
倒すべき者を示すのだ、悪神を消し去れば『奇跡』の時間は終わると知っていても。
さみしくても、かなしくても、つらくても……少女は笑顔でがんばった。
「アルガス!!歌えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッッッ!!!」
『GHAOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』
―――竜の歌と共に、星の宿った火球が放たれる。
どうにか逃げ伸びようともがく悪神に、それは最後の罰を与えた。
白い爆発が起きて、千年の悪神が千々に裂けていく。
焼き払われながら消えて行き、断末魔の叫びさえも遺せない。
―――完全な消滅であった、『侵略神/ゼルアガ』の力をも組み込んだ。
『古王朝の祭祀呪術』が産み落とした、最大の災厄はこの瞬間に消え失せる。
中海と赤土の大地は解放されて、全ての偽りの神々は消えていく。
老人に戻った竜の瞳には、故郷の海が見えていた……。
「今度こそ、ただいま、だ……私の、海よ―――――」
彼は、ようやく漁師に戻れた。
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