第七話 『皇太子レヴェータと悪霊の古戦神』 その130



 ―――星で出来た竜が去り、闇の奥底にはアリーチェがいた。


 疲れ果てた者に訪れる眠りに襲われながら、その瞳はゆっくりと閉じていく。


 役目を終えたことを悟った星々も、静かにどこかへと消えていった。


 真っ暗な闇の奥深く、少女は……願いの一つと出会う。




「……よく、がんばりましたね、アリーチェ」


「……姫さまだ。えへへ……キレイ。花嫁さんの、ドレスだ……」


「ええ。そうよ。あなたが、守ってくれたの……はい、これを」


「……わあ……お花の冠……花嫁さんの、やーつ…………」




 ―――願ったものの一つがあって、それは少女らしい憧れで。


 花嫁になりたいという気持ちはある、恋心もまだ知らない年であったとしても。


 小さな少女の頭に、それは捧げられる。


 お姫さまからのご褒美だ、全ての花嫁を……アリーチェは守ったのだから。




 ―――笑顔となって、光に還る。


 周囲には星々の残滓があって、誰もがアリーチェの見知った顔ばかり。


 もちろん、バハルとセリーヌと馬の方のアルガスだっていた。


 思い出にある場所と、まったく同じで……全てがそろっている場所だ。




「……さあ、バハルとセリーヌのところに行きましょう」


「はい。姫さま。えへへー……姫さまの手、綺麗で、あったかいねー。いつかと、同じだ」


「よく、がんばったわね。二度も、三度も……とても怖い目に遭ったでしょうに。私は一度しか死ななかったのに、とても怖かったのよ。あなたは、こんなに小さな手なのに……すごいわね、アリーチェ。私たち古いファリスの誇りだわ」


「『狭間』なのに?」




「ええ、そんなものはね。もう関係ないのよ。そんなことに、こだわっているなんて、間違いなんだから。だって、あなたはこんなにも勇敢で、正しくて……偉大なことをやってのけたのよ!」


「うん。嬉しい。すごく、褒めてもらってる。嬉しい……花嫁さんにも、なれたしー」


「そうね。さあ……バハルとセリーヌが来てくれたわよ。さあ、アリーチェ……」


「うん。えへへー……ほめにもらって、いってくるねー!!」




 ―――小さな足が元気よく、花畑を奔った。


 花嫁の冠に使われる、美しい花たちに覆われたその場所で。


 戦い抜いた少女は、両親に飛びつき抱きしめられた。


 愛を込めた手と言葉で、望みの通りに褒めてもらうのだ。


 


 ―――小さな頭を撫でられて、抱きしめられて。


 周りの者たちも、笑顔を浮かべ……。


 やがて誰もが、光に還っていく。


 『奇跡』の時間が、終わるのだ。




 ―――死者たちと生者の絆を紡いだ、『往古の風』の力が解ける。


 『古王朝の祭祀呪術』の全ては去り、残るのは新しい心だ。


 アリーチェの最後の戦いを見た者たちの心は、変わる。


 彼女もまた世界を一つ、変えてみせたのだ。




「……眠たくなって来たからねー……じゃあねー……ばいばい。そるじぇ……りえる。みんなー……いつか、また……いっしょに、あそぼうね―――――――」




 ―――少女の安らかな寝顔を見送りながら、『プレイレス』にいる者たちは。


 それぞれの知覚の元へと戻るのだ、戦いの終わった疲れた世界に……。


 多くの者が、親しい者の魂と別れを告げるために。


 泣きながら名前をつぶやき、それでも行動を開始するのだ。




 ―――全ての呪いの消え去った『プレイレス』にも、戦いの爪痕が残っている。


 壊れた街並みも元通りにしなくてはならない、避難民を救援しなければならない。


 星になった死者たちに背中を押されるように、誰しもがすぐに働き始めた。


 世界は奪還したが、それでは足りない……より良い未来を求めているべきだから。




 ―――多くの仕事が待っている、復興も必要であるし第九師団の兵士への対処だ。


 追放するのか捕虜にするのか、あるいはそれ以外の選択があるのか。


 考え抜いて決めなくてはならない、戦いが終われば政治が残る。


 世界は戦いが終わった後の方が、複雑だということもあるのだから……。




 ―――それでも、おそらくは……。


 楽観視してもいいだろう、キートたちを始め多くの帝国兵に戦いの意志はない。


 この土地に災いを与えようという意志を、もはや彼らの心は持てなかったから。


 昨日まではありえなかった道さえ、見えるだろう。




 ―――『狭間』の少女は、誰よりも正しいことをしたのだから。


 『奇跡』は大きな遺産を与え、帝国兵の心を変える。


 アリーチェを知っている者が、『狭間』を吊るすことはない。


 ユアンダートの進める人間族第一主義は、彼らの心に入る余地がなかった。




 ―――世界の全ては変わらなかったけれど、この場所で共に戦った者たちの心は。


 昨日までと大きく違っていたんだ。


 だから、ソルジェも動かなくてはならない。


 泣きじゃくっているリエルをなだめ、ゼファーに乗るべきだ。




「……仕事をしに行くとしよう。色々と、勢力がごちゃ混ぜな状況だ。オレたちが指揮を執り、不必要な衝突を招かないように努力しよう。アリーチェが残してくれたものを、この調和を、より確かなものにしなければならん。良い『未来』を、作らねばな」


「……うむ……うむ。アリーチェよ、忘れぬぞ。お前のことは、ずっと私の心にあるのだ」




 ―――涙を拭い、猟兵たちは竜に乗る。


 戦いと千年の呪いの去った土地の、青い夏の空へと戻った。


 ゼファーは、すべきことを知っている。


 星々たちは見なくとも、真昼の空にもいるのだから。




『GHAOOOOOOOOOOOOOOOOOOOOHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHHッッッ!!!』




 敬意と鎮魂の祈りを込めて、ゼファーは星に歌を捧げた。




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