第七話 『皇太子レヴェータと悪霊の古戦神』 その128



 ―――星の降る道は続くが、闇は渦を巻いて光を長く許さない。


 無数の星が降り続けてくれるから、二人は迷うことなく進めたが。


 大地の底の奥深く、そこはあまりにも暗い。


 それでもようやく見えて来る、暗さの底のずっと奥に討つべき敵の影がいる。




「逃げて行くね!」


「そうだ。究極に追い詰められて、あの道具は意志を帯びたのだ。邪悪な宿主から心理を学んでもいる。宿主の願いを叶える偽りの神から……自己保存を求めるのみの……」


「アルガスおじいちゃん、むずかしー」


「ん。そうだな。死にたくないのさ。『エルトジャネハ』は、ようやくそれを学べた。ニセモノの命が、ようやく本物の命になれたのだ。しかし……それは許されん。未来のために、今こそ打ち倒す」




 ―――暗い影はみじめな動きで這って逃げる、星の輝きに怯えながら。


 レヴェータのように自分のためだけに逃げ続ける、この大地の底へと。


 追いかける二人に気づいたこの悪神は、呪いの力を使った。


 暗黒のなかに波が起きる、黒い津波が二人を目掛けて近づいてくる。




「わ、わ、わわ!どうしよう、アルガスおじいちゃん!?」


「安心するがいい。お前のために、星が来る……大きくて、強い、『彗星』だのう」


「……『彗星』……っ」


「ちゃんと、二つ来る」




 ―――連なって落ちて来る彗星を、アリーチェは見上げた。


 強い光が二つで一つ、アリーチェの瞳は大きく輝いた。


 誰と誰かはすぐに分かる、彗星が黒い津波を打ち破り……。


 光の奥で笑いかけてくれた。




「お前の両親だのう。可愛い娘のためになら、やはり来るものだ」


「……うん……っ」


「……撫でてもらいたいか?」


「それは、ね……あのね、あとで、いいんだー。全部ね、終わった後で、いいの。それまでは、おあずけだよ。進まないと、行けないから。正しいことをしにいかなくちゃ、いけないから!……だからね、また、あとで。まだ、ガマンできるんだ!!」




 ―――強く輝く笑顔となって、光のくれた道を歩く。


 消えゆく光も笑顔を遺し、消えない心をくれるのだ。


 迷うことはない、ひたすらに進む。


 いつまでも追いかけて来る『強いもの』を、悪神はにらみ返した。




「怖い顔しても、ムダだもんねー。私ね、今ね、さっきまでより、ずっと強いもん!」


「そうだとも、『エルトジャネハ』よ。あきらめるがいい」


「そうそう。さっさとあきらめればいいよ。逃げ切れるはずないもんね。こんなに……こんなに、空には星があるんだから」


『……認めぬわ……神でもない、ヒトの残骸ごときに……力があるなどと』




 ―――悪神は空を見上げた、星はまだまだ輝いている。


 星空よりも多くの星がそこにあるように見えて、悪神は歯ぎしりした。


 説明をつけて陥れようと試みる、信じたくはないのだろう。


 この『奇跡』が自らを完全に滅ぼす力だということから、目を背けたい。




『どうせ、我々の力の一部が、起こしたものに過ぎない。ヒトの力ではない。ただ、我々の力の応用である……つまりは、元々は……この力は私のものだ。私の力が、私を滅ぼすことなど、ありえまい』


「あるもんね!」


「そうだ、あるのだ。私もアリーチェも、消えてしまうがね。刺し違えてでも、貴様ごと全ての呪いを消し去ればいい」


『……『イージュ・マカエル』め……っ。貴様は、古き神の一員でありながら……不死を、終わらそうなどと……っ』




「要らぬさ。貴様の語る不死には、何の価値も意味もないのだから。こんな暗がりで、ただ続くだけなどと……多くの者を呪いに巻き込みながら、不幸を振りまきながら、ただ在り続けるなど……死よりも、つまらぬ害悪だ」


『…………おい、小娘。アリーチェよ、死にたくないだろう?お前は、まだ幼いではないか。その年老いた者に比べて、ほんの一瞬しか生きていない。叶えていない多くの願いが、あるだろう?その小さな手の指では、数えきれないほど、まだまだしたいことがあるはずだ。いくらでも願いがあるだろう。夢とやらも、あるだろう……叶えて、やれるぞ。全てだ。不死を与えてやれる。もう一度、生きてみたくないというのか?こんな、暗い場所で、死んだままがいいのか?』


「……なりたいものは、ある。したいこともね、たくさん、あるよ。でもね、ガマンするの。私はね、短かったけどね……精一杯、生きたもん。だから、他の子たちが、精一杯生きることを、邪魔できない。あなたは、それをしちゃうから、倒さないと!」




『下らぬぞ、己を犠牲にするなどと……っ。みじめで、気持ち悪く、無意味で、無価値な行いである!!!』


「そーかな。そーだったとしても、別にいいかな」


『なにを……』


「この子には、見えているのだよ。真に自由であることは、真に願いにひたむきだということは、全てを己で決めるということだ。誰かからの評価など、そんなものは要らぬのだよ。この子は誰よりも自由である。それは、とても気高いことなのだ」




『分からない。貴様らは、ただただ、愚かで……気持ち悪いだけだ!!!』


「あ!……あいつ、逃げてく!アルガスおじいちゃん!!」


「ああ。追いかけよう……今度の決戦は、千年前よりも多くの星が共に在るのだ。願うがいい、アリーチェ。私は、お前の願いのままに、再び姿を変えるとしよう」


「うん。考えるね!!えーと……えーと……うーんとねー……」




「馬のアルガスでは、どうだね?とても良い馬であるぞ。お前たち家族の馬でもある」


「うん。すごく、いいよね。馬……カッコいい。馬のアルガスもね、大好き……」


「翼だって、生やしてもいい。角だってな!お前の、願いのままに、これだけの祈りの力があるのならば、どんな馬にも変われるぞ。どうだ?」


「あのね……馬のアルガスも、大好きだよ。カッコいいし、強いし、速いよ……でも……」




「でも、何だい?」


「……えーとね…………」


「……ハハハ。他の姿を望んでおるのだな。大丈夫だぞ、アルガスは認めてくれる。戦で使う軍馬というものはな、より強い者には従うものだ。とても、寛容で……つまり、あの馬は許してくれるから、お前の心のままに、願いを伝えてくればいいのだよ」


「……うん!わかった、あのね、あのね!!……『竜』がいいの!!私ね、ソルジェみたく、竜に乗りたいなー!!」




「ああ。その願いのままに……変わろうではないか!!」


「うん!!」




 ―――目を強く見開いた老人の体が、光かがやき大きくなった。


 長い首に長い尻尾、力にあふれた大きな翼と鋭い牙。


 もちろん角だって生えていた、アリーチェが好きだから。


 そして、その大きな体の色は……。




『どうだ、赤い色だ。お前の父親の鎧の色である』


「うん。それに……それに、ね。ソルジェの髪の色でもあるのー」


『ハハハハ。あれは、顔の割りには、モテるようだのう!!』


「さあ、アルガスおじいちゃん!!行こう!!一気に、あいつに追いついちゃおう!!」




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