第六話 『死貴族たちは花嫁の祝歌に剣を捧げ』 その9


「いざ、敵情視察であります」


 オレの左肩に手をひっかけると、キュレネイは眼下の世界を覗き見る。この高さなら、覗き返されたとしても矢を当てられることはない。飛来して来た矢があればキュレネイは左手でも捕まえられる。


 機会は平等でも、実力というものは人それそれに違うものだ。才能も、それを磨いた人生でも。『赤い兜と背後に十字の槍』を掲げた騎士の手下に、『パンジャールの番犬』と同等以上の戦士は一人だっていないさ。


 ルビー色の瞳はいつも通りに冷静そのものでね。敵の船団を見回したあとで、的確な評価をくれる。ガルーナの野蛮人よりも、はるかに賢い頭と通りのいい綺麗な声を使ってね。


「敵の動きは止まらないであります。『ちゃんと、こちらの攻撃が単独だと理解した』」


「ああ。理想的だな」


 二の足を踏んでもらっては、拍子抜けである。立て続けに軍船二隻を失っただけだ。その程度で退くようなヤツなら、最初からこのタイミングで突撃など仕掛けては来ないだろうがね。


 沈む二隻は炎に焼かれながら航行不能の状態だ。闇の中では目立ってくれている。こちらがどういう存在なのかを悟ったろうな。


「勇敢なのはありがたい。だが、それでも……ルルーシロアの襲撃も、脳裏にまだ残っている」


『……っ』


 どうにも神経質にその名前には反応してしまうな。ゼファーにとっては、最大のライバルであるのは確かでね。だが、囚われ過ぎてもいけない。使えることは、使うべきだ。戦場ではとくに。下手なことをするほど、こちらの死傷者がムダに増えて敗北に近づく。


「ルルーは、海の中から攻めたはず!」


「そう。それを知っているからこそ、海中にも意識を回すはずだ。それでも止まらない。勇敢である以上に、確信がある。この攻撃に参加した戦力が、竜だけだと考えている」


「竜の被害を想定しても、勝てると踏んだでありますな。というか、竜さえ倒せばどうとでもなる―――そんな考えをしている。そして、おそらくそれは正しい」


「ヤツらも疲れているだろうが、こっちはそれ以上だからな」


 中海を横断するような長い航路を行ったり来たり、お互い様に。しかし、こちらの戦士たちは『モロー』で帝国軍と一戦交えている。その疲労と傷は、まだ癒えちゃいない。戦力不足……それを補うために、竜を使った陽動と牽制に出ることは敵も承知の上だ。


「舐められているでありますな。『パンジャール猟兵団』ではなく、『奪還派』の戦力そのものが」


「ああ。腹も立つが、連中の芸風には好ましい油断の形ではあるぜ」


「おかげで追いかけ続けてくれるんだね」


「そういうことさ。戦略的には強気なコンセプトであり、実力もありはする。勝てる戦と計算した上で、こちらを舐めているわけだが……あえて、その態度を示すことで部下を掌握してもいやがるのさ」


 舐めた振る舞いを貫くことで、『攻め気を崩すな』と示している。慎重になり過ぎれば攻撃は緩んでしまう。愚かさもいるのだ。攻めの威力を組み上げるときには、蛮勇さは好ましくもある。


「賢く、バカを演じる。あの旗の厳つさには相応しい」


 だんだんとだが、理解しつつあるよ。この敵船団を統括する哲学の形質ってものが。その予想に矛盾を感じさせる気配は、どこにもない。暗闇にも、竜の奇襲にも怯まずに、『弱い』と定めた相手に襲い掛かり続ける。


「あの兜の赤は、敵の返り血でもあり……自分たちの流す血でもあるらしい」


『なら。もっと、しかけよう!』


 ライバルの姿でも見えてしまっているのかもな。ゼファーがやる気を出してくれる。だが、攻撃に必要なものはバカさ加減だけではない。突撃して軍船を沈めることには、リスクが生まれてもいる。


 オレたちだって疲れているからな。


 だから、こちらはちょっと知恵を使う。


「『恐怖』を使うぞ」


『きょーふ?』


「戦場では、誰しもが大なり小なりそれを抱く。勇敢であっても敗北は怖いさ。死よりも痛みよりも、怖いものなどいくらでもある。オレたちもあの連中も勇敢なのは分かっているが、オレたち四人と、ヤツらの平均的な根性は全く違う」


「イエス。兵士の全員が、勇敢ではないであります。指揮官と組織哲学が覚悟を決めていたところで、竜に怯えている兵士は多い。不運であれば、末端の者たちは見捨てられることも知っている」


 ルルーシロアに襲われて、沈んだ船。全員が助けられたわけじゃないのは、さっき目の当たりにしている。あの指揮官は下級の兵士にやさしくはないのさ。


「勇敢な指揮官の悪癖だ。誰しもが、自分の半分の勇敢さは持ち得ていると勘違いする。それゆえに、こいつは有効な攻撃になるんだよ」


 鏑矢の一つを取り出す。


 我が悪友にして愛すべき発明家。遊び心の塊の片腕野郎が作った、何とも意地の悪い道具さ。


『えー。それ、つかうのー?』


「嫌がらないのー。ギンドウちゃんの作ったアレ、ぜんぜん竜の歌には似ていないけど。でも、敵を騙すことはやれちゃうんだから!」


「とても有効であります。リエル監修が入り、少しは竜らしい音になっているような気もするであります」


『そうかな。ぜんぜんちがうけど……でも、ゆうこうなら、がまんする!ぼくは、せんじゅつをりかいする、がるーなのりゅうだもん!』


「偉い子だぞ、オレのゼファー」


 名誉よりも大事なことはある。勝利だ。それを請け負っているのが、傭兵稼業さ。


 『竜吠えの鏑矢』を弓につがえて引き絞る。


「勇敢さを、試させてもらうぜ」


 誰しもが恐怖を抱く。恐怖と対面する。だが、優れた戦士は―――猟兵は、その恐怖を使いこなすものだと、ガルフ・コルテスは教えてくれているのだ。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る