第六話 『死貴族たちは花嫁の祝歌に剣を捧げ』 その7
攻撃特化の陣形。ヤツらは飢えた狼のようなもんだ。我々の船団のケツに喰らいついて、崩壊させたがっている。怒り狂っているようだから、少しばかり竜の脅威を見せつけられても止まらない。
それなりには、やりやすい相手というわけだ。繊細な判断力よりも、武勇を尊ぶような敵はな。しかも、敗北した主君の報復の最中にある。楽団を乗せていたら空を揺らすような音楽でも奏でるかもな。ラッパか角笛か太鼓あたりは乗せちゃいるだろうが……まだ甲板の上には出ていなかったよ。
大型船は帆を張り巡らせながらもオールを使っている。最大船速を目指しているな。『大学半島』の影は、この高度からはもう見えていた。オレのひねった首を見て、キュレネイが蛮族の考えを把握する。
「三時間。それだけ粘れば、我々の完勝であります」
「何でもやれる時間じゃあるな」
『どんなこうげきするの?』
「一割程度の損耗なら、連中は怯まないな」
「30隻いるからー……3隻しか沈めちゃダメってこと?」
「いいや。戦力で、考えるべきだ。船員の数で一割という考えで大丈夫だ」
「船員の数ってことは、小さな船なら沈めても連中は気にしないんだね?」
「そうだ。前衛の船は、あくまでも先導。主力の大型船で、こちらの大型船を狙う。カール・エッド少佐の旗艦目掛けて、デカい船で突っ込みたいのさ」
「騎士は目立ちたがり屋でありますな」
「戦場では不利になりもするが、どうにも代々で戦争屋をしているとああなりがちかもしれん。おかげで、読める」
「イエス。攻撃の提案、敵船団の前衛の端から潰す。敵船の北上の邪魔をするために、西側から。潮流と風に乗せて船の残骸を進軍ルートに残せば、障害になる。効果的に速度を邪魔するであります」
「良い考えだな」
「ただし、敵船団が残骸に接触しやすく、兵士や物資を回収されてしまうリスクもあります」
『へいしのかずを、へらしにくいんだね』
「イエス。回収作業に時間を取らせることで、敵戦力を南北にストレッチすることも狙えるでありますが」
『のばすんだー』
そう。船員と物資の回収作業を行う船は、北上から遅れる。結果として、敵はストレッチを強いられる……船団が伸ばされるということだ。戦術の基礎は、集中。密度が薄まれば、その威力が減る。
「じゃあ。攻撃してみる?」
ワクワクしているな。ミアがお兄ちゃんの脚のあいだで体を前後に揺らしてリズムを刻んでいた。黒髪のあいだから伸びるケットシーの猫耳へ、そそぐように告げるよ。
「ああ。試しにまずは一隻だ」
「わーい!弾丸も補給してるから、撃ちまくれる!」
『しょーさがね、やもくれてるよ!』
「気が利いているな」
「厳ついおじさまの割りには、細かいところに気が付く御仁であります」
『ぼくも、おねだりしたし!』
「さすがだ。賢いぞ、オレのゼファーよ。ミア、撫でてやれ」
「うん。なでなでなでー!」
ミアの小さな手が、ゼファーの首の付け根を撫でてやるのさ。ゼファーのうろこに喜びの波が走っていく。
『えっへへ!』
「お手柄であります。矢の代金を儲けた。私も、参加するであります。狙撃で、削っていけるでありますから」
「夜目が利くことは有利だな」
ゼファーの背の上で、弓を用意し矢筒を引き寄せた。いい矢だったな。急ごしらえではあり、シャフトに使われている枝はまだ乾き切っちゃいないのが難点じゃあるが。海上の風では、多少の重さがある矢でも問題はなさそうだ。
そういう点も考慮して、生木から作ったのかもしれない。多少は癖が出て来そうな矢ではあるが、撃ちまくっているうちに慣れてくれるはずさ。風については、すっかりと慣れているんでね。
「さあて、狩りに行くぞ」
言葉に重なるように動きでも示す。コミュニケーションで楽しみたくもあるのさ。鉄靴の内側を使いゼファーのうろこを刺激した。
『らじゃー!!』
竜の体に力が走る。漆黒の翼が、深夜の空を撫で切るように踊り、巨大な旋回の軌道に乗った。
ゆっくりと左に回りながら下降していき。獲物へと迫ってやるのさ。我々が守るべき船団に近づこうとしている欲深な敵の群れを、小さい威力で戦略的な傷を刻み付けてやるために。
ああ。
まとわりつく潮風を肌と顔で感じながら。血がたぎるのを感じる。敵の旗をにらむのだ。小型船のそれではなく、『赤い兜と背後に十字の槍』の旗を。オレたちが本当に仕掛けている相手は、あの巨大な軍船どものどれかに乗っている。
怯えてくれるなよ。
ちゃんと、手加減しながら攻めてやるんだから。ライザ・ソナーズの雪辱を果たすために、深夜の戦いでも旗を掲げる騎士的な生真面目さを貫いてくれ。多少の傷で、怯んでくれるなよ。
……そんなことをね。
気にしなくちゃいけない繊細な戦いではあるのさ。逃げられると厄介じゃある。こちらも欲張りたいんだ。どうか先祖からの勇猛果敢な血を、ちゃんと引き継いでいてくれたまえ。今夜のオレの敵よ、楽しもうじゃないか。戦はお前も好きだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます