第六話 『死貴族たちは花嫁の祝歌に剣を捧げ』 その6


 北にいる我々が守るべき船団に向かう敵影を見る。この突撃が本気である可能性は見た。ソナーズ侯爵家の忠実な騎士が指揮しているようだ。それは理解したが、まだまだ調べることは多い。


「ゼファー、もう少し上空に。夜の暗闇に融けるぞ」


『らじゃー!』


 高く高く、舞い上がる。高さは安全さと、それ以上に求めている隠遁の力を与えてくれるのだ。敵も竜に警戒はしているだろうが、見えなければ問題はない。敵の視線をかわすように低く飛ぶのも手ではあるが、こちらの方がより多くを見渡せる。


 偵察は早さと確実さが重視されるものだからね。上空は涼しさもあって、過ごしやすいのもいいさ。ムダに疲れることは、好まないのはオレたちも同じ。ここ最近は戦いの連続だったからな。


 どんなに高く空を飛ぼうとも、偵察の技巧は追いついてくれる。魔眼に宿った『望遠』の能力を使えばいい。敵にはなくて、こちらにはある。そういう手段で圧倒してやるべきだ。小が大に勝つには、マトモにぶつかり合っていては効率が悪くてね。


 勇敢さは、使うべきときまで取っておくものだよ。


 ここならば時間も体力も気力も節約できる。敵も見えれば、『味方』についても見渡せるのだから。


 ……さてと、大小30の軍船がある。それぞれの間隔を狭めているな。突撃の陣。我々の船団は、小さなものが圧倒的に多いが70以上というところだ。


 数で勝っている?……とんでもない。戦力となるのは、ほとんどないさ。『モロー』で盗んだ商船と、漁船も多い。『コラード』から大急ぎで『モロー』まで移動して、激戦をこなした。そのあとで『大学半島』に向かう航路を進む。


 大忙しだな。


 カール・エッド少佐の船は食料も問題ないだろうが、他の船は果たしてどうなのか。ケガ人も多いはず。『モロー』の戦いで、アントニウスも戦死している。士気は維持できているはずだが、万全ではない。明らかに疲れているし、『逃げる』ことは心を削りもする。


 敵船団に迫られるというプレッシャーを浴びせられている今では、過度な反応に出ている漁船もあるな。


 このままでは逃げ切れないと怯えて、パニックになった船長がいる船かもしれない。西に向かって逃げるようだ。そちらに故郷があるのだろう。全てを統率することは、難しい。あれだけ速く動ける船ならば、独力で故郷まで逃げ切れる。無視するとしよう。


 多くの船を抱えすぎていることは、こちらにとってもリスクにもなるんだ。守らねばならない対象が増えるからな……逃げ延びられるのであれば、そうしてもらうのもこちらを助けることになる。


 大型船は、ちゃんと船団の形を今も保ってくれているから満足しよう。全員の足並みが一致していなかったとしても、大多数の主力が迷いなく作戦をこなしてくれているのなら十分ではないか。


「こちらは、優等生であります」


「まさに、その通り。カール・エッド少佐は、よく部下たちを訓練してくれたようだ」


 『ペイルカ』の軍人式の教育を受けて、『奪還派』の海賊たちは十分な戦力となっている。人種や出身の違う荒くれた男たちを、よくもまあここまで規律正しい戦力に育て上げた。勉強家とは、素晴らしいものだよ。


「敵が舐めてくれるのは、せいぜい今夜限りになる。優等生はマークされがちだ」


 可能な限り……欲張りたくはなるな。『大学半島』に引き込みたい。そして、この30隻の敵船団を全滅させたくなってしまうのだ。大したケガをすることもなく、楽な戦闘で勝利したい。そのために、工作を組み上げてもいるのだから。


 眼帯をずらしてね。


 左眼に魔力を注ぐ。魔眼が金色にうっすらと輝いているだろうさ。ゼファー同じように。海上の敵船から見れば星よりも小さな光に過ぎない。悟られることはないさ。普通の人間族しかいなければな。


「大型船から探ろう。ゼファーは東からだ」


『うん!『どーじぇ』は、にしからだねー!』


「ああ」


 敵への本格的な偵察を始める。羽ばたきを使いながら、高高度で迫る敵船団と相対するのだ。オレは西……向かって右側から調べていく。小さな船は無視していい。掲げているのは、第九師団か帝国軍の旗だけだろう。


 名誉を気にする者が乗る船は、大型船だけになるさ。小型の軍船に自分の家の紋章が入った旗を掲げられたら?古い価値観に連なる騎士や貴族は、激怒しちまう。気難しいものさ、名誉を重んじると、どこもそうなる。


 ファリス帝国ではなく―――ファリス王国系の貴族たちの中枢にいるのが、ソナーズ侯爵家なのだから。オレが知る限り、ファリス王国の騎士たちは古い価値観をちゃんと掲げていたよ。ライザ・ソナーズの手下どもも、同じはずだ。


 ああ。


 ……大型船には、旗がある。第九師団の旗だけではないな。ちゃんと名刺代わりに騎士の家に伝わる紋章が、その旗には縫い付けられている。


 中型の軍船どもには『馬に乗る騎士の紋章』、『大きな翼を広げた鳥の紋章』、そして……最も大きな軍船と、その周囲を固めている軍船のマストにあるのは、『赤い兜とその背後で十字に組んだ槍』だな。


「キュレネイ、覚えておけ。敵船団の旗艦を指揮している者は、ファリス王国の騎士の一人だ。『赤い兜と背後に十字の槍』……」


「イエス。記憶したであります」


「どんなヤツかなー?」


「『血塗られた兜』を、わざわざ家の旗に選ぶ程度には、勇敢なところがあるお家だろうよ」


「なるほどー!」


『なるほどー!』


「キュートとは真反対にいる連中のようであります」


「ああ。エレガントさには欠ける。槍が二本というのも物々しさがある。オレがあの旗を掲げる家の子に生まれたとすれば、戦場で怯むことを恥と教えられる母親と出会えそうだ」


 うちのおふくろそっくりの母親だな……。


「野蛮で武闘派の一族だろうよ。密集した船団の陣形も、突撃仕様。速度のある小型船を前衛にしてもいる。背後からの猛襲で、こちらの船団を食い破り、せん滅してやろうと考えているようだ」


「ちょっかいの出し甲斐がある相手でありますな」


「ククク!……そういうことさ!」

 



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る