第六話 『死貴族たちは花嫁の祝歌に剣を捧げ』 その5
「では、頼むぞ。ストラウス卿!」
「探って来るさ。夜でも家名の分かる旗を掲げていてくれれば楽になるんだがね」
「『交戦規程に従うような人物』であれば、それなりに目星がつけられるよ」
「なるほど。その逆も然りといったとろこか」
「だが、情報は多い方がいいことだけは確かだ」
「敵もレヴェータにかき混ぜられて、通常とは配置が違うかもしれんからな……とにかく、偵察に向かう」
『じゃあ。のってー!『どーじぇ』、みあ、きゅれねい!!』
船体を揺らしながら身をひねり、ゼファーは背中を見せてくれる。ミアが最初に乗って、オレとキュレネイが続いた。
「気を付けていくのだぞ。油断はするな!強者はいつも油断で負けるのだ!」
『らじゃー!『まーじぇ』たちも、おしごとがんばってね!!』
長く首を伸ばして、うなずかせるように動かした。船がまた揺れるが、その反動を受け取るタイミングを悟り……鉄靴の内側を使うのだ。
やさしい飛翔になったよ。
カール・エッド少佐の船にダメージを与える必要はないからな。すべり落ちるように船のへりから飛び降りて、なめらかな滑空へと至る。海面に衝突するギリギリまで低く飛び、風を翼に掴む。そのあとで、翼を力強く振り抜いたよ。
海を蹴るほどの低空飛行の軌道から、一気に帆船のマストよりも高く跳び上がる。夜風は上空の方が強かったな。スパイスの香りがする風を感じたよ。中海の風の香りさ。帝国軍の軍船のにおいも見つけちまう。錆びついた鋼と、錆び防止のためのオイルのにおい。
『あそこにいるよー』
「うん。敵は『群れ』を作ってるねー」
「大小合わせて、軍船が三十隻はいるでありますな。『囮』としては、我々のお尻は魅力的だったようであります」
『おしり……?』
ゼファーが夜空をしっぽで掃いてみる。愛らしいしぐさに、竜が大好きなガルーナの竜騎士たちは兄妹そろってにんまり笑顔さ。
「言い回しであります。疲れ果てたように見せかけた甲斐があった」
『んー。つかれた『えもの』は、らくにつかまえられるからー、よくおそう!』
「うんうん。そういうことだよ、ゼファー。『囮』として逃げるときはね、敵に襲わせたい背中を見せるようにするんだ」
『なるほどー。ぼく、そういうのはにがてかも……っ』
「竜は気高いからな。まあ、チームの全員でしなくてもいい。むしろ、お前は堂々と物怖じせずにいることで、『仲間』を鼓舞してやるべきだ」
『うん!そういうほうが、とくいだし!すきー!!』
役割分担に適材適所。人材というものは、有効に活用するべきだった。
船速をあえて鈍らせて、敵に喰らいつかせる。この中海で……いや、『ペイルカ』でマイク・クーガーに負けて故郷を奪われて以来、忍耐が要求される劣勢での戦いを長くこなしてきたタフな指揮官には、得意な仕事ではあるのさ。
「誰もが全てをこなせるわけではない。だからこそ、ときに頼る。そして、頼った分を補えるように応えるのだ。そうして、信頼は作り上げる。複雑な戦術もな」
『みんなをたよって、たよられるんだね!』
「イエス。『弱さ』さえもときに『、強さ』を組むための必要な要素となるのであります。カール・エッド少佐の思惑通りに、敵が近づいている。敵を操る演技でありますな。惜しむらくは、演技というよりも現実的な疲弊になりつつもありますが……上手く運べば、問題なし」
「そうなるように、敵情視察だよー!」
『がんばるー!……それで、『どーじぇ』、どういうふうにとべばいいの?』
「帝国軍の軍船どもが旗を掲げているかが、ポイントになる。素直に実家の紋章でも掲げてくれていれば、ハナシが早くなるぜ」
「旗の種類を確認していくんだね?」
「マストの上に掲げている。『帝国軍の軍船の交戦規定』とやらに則れば、野戦でもそれを示す必要があるらしい」
戦場というものは混沌としてはいるがね、それだからこそ一定のルールに軍勢を縛りたくもなるのさ。残酷で邪悪な略奪をすることを、表立って推奨している軍などいない。現実ではそういう輩もありふれてはいるが、あらゆる戦士が邪悪に堕ちたいわけではなくてね。
とくに。いわゆる貴族と呼ばれる階級に属している者たちや、その貴族に仕える騎士たちには『名誉』を重んじる伝統的な価値観があるものだよ。
帝国の名門貴族ではあるソナーズ侯爵家に仕える騎士たちならば、部下に交戦規定を守らせたがるかもしれない。守らない軍船ばかりであれば、ソナーズ侯爵家の騎士が指揮していない可能性さえも浮上するだろう。
弱った獲物に舐めてかかる軍人もいるからな。
……そいつは愚かしくもあるが、一種の合理的な判断でもある。弱った相手に、必要以上の戦力を投入することは、兵士の消耗を招くからだよ。理想ではあるじゃないか、死傷者を最小限に勝利を得る。そのために、過度な戦力を使わないのだ。
それを説明して末端の兵士全員に実戦させることは、とても困難だからな。だからこそ態度を使う。明確な命令の言葉ではないが、態度で『舐めるべき相手だと示す』ことで、兵士の過度な集中を避けるのさ。
『ていこくぐんのはたいがいにも、はたが、たくさんなびいているよ!』
「……マジメな侯爵家の騎士どもが、ちゃんと復讐のために来てくれたようだ」
「これで、この偵察で多少の威力を用いても、『囮』の魅力を失わないであります」
「ちょっとなら、攻撃しても良さそうってことだね!」
「ああ。あまりいじめてやると、戦略的な撤退をしてしまうかもしれないが。それでは『モロー』の負担にもなるし、第九師団との決戦を厄介にする」
バランスを重視する、繊細な任務なんだよ。ああ、休息を取っておいて良かったぜ。集中力という消耗しやすいものを回復させられているからな。
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