第六話 『死貴族たちは花嫁の祝歌に剣を捧げ』 その4
「『死貴族』たちが馬に乗って走っているのか……」
遠い北を見つめ、少佐は眉間のしわを深めてしまったな。
「演劇なら、よくありそうだが。現実となると悪夢より酷いもんだ」
首無し馬にでも乗った青白い顔の『死貴族』たちが、風に吹かれたしゃれこうべみたいにカラカラ笑っているのかもしれん。
「夏の夜の怪談のようであるな」
リエルの言葉にミアがうなずいた。
「うん。ちょっと気持ち悪いね」
「オペラ座で、見たことがあるような気がする物語であります」
「観客席から見るのであれば、感心すべき演技となるだろうだね。死者たちの騎行など」
「現実だと思うと、気持ち悪いっすよね……っ」
「う、うん。ちょっと怪談話過ぎる」
「ククリはそういうの嫌いよね」
「だ、だって。怖いじゃない……っ。幽霊とか錬金術的じゃないやつ」
「幽霊じゃなくて、呪いに縛られた死体なだけだから。軍事的な怖さの方が先に思いつくけれどね……」
「イエス。軍事的な厄介さを、十分に持っているであります。ソルジェ団長が撒いていた策が、役に立つ状況に転がるといいでありますが」
「策、かね?」
好奇心と、期待感。それを持った瞳を向けられたから、教えておいてやるべきか。
「グラム・シェアと、マイク・クーガーが仲違いするように、小細工を放っておいた」
「上手く行って欲しいものだね。『死貴族』どもが、グラム・シェアと組むのなら、せめてマイク・クーガーとの連携だけは弱めておきたい」
「イエス。狙うべきは、そこでありますな。グラム・シェアは『モロー』での敗因の責任も取らされる。誰かに責任を押し付けておきたいと、考えるかもしれない」
「マイク・クーガーは苦労人だな」
「……そうだね。敵ゆえに同情はしないが、彼は、貴族の出身ではない……」
「少佐は怒るかもしれんし、そもそもヤツが応えるとも考えちゃいなかったが、『自由同盟』がマイク・クーガーの『引き抜き』を試みている……という『嘘』も仕掛けているぜ」
「この短期間に、多くのことをしているものだね」
「少数精鋭の零細傭兵団だ。フットワークの軽さも売りにすべきさ」
「褒めているのだよ。マイク・クーガーと、グラム・シェアを切り離せれば……第九師団は死んだも同然」
「反乱でも起こしてくれればありがたいんだが」
「それは、しないだろうね。マイク・クーガーの書いた本は、読み漁った。ヤツを知り、倒すために。きっと、裏切らない。どんな疑問を抱いたとしても、マイク・クーガーからは裏切らない」
復讐すべき相手と定め、研究し続けた男がそう言うのだから信じるべきだろう。『貧乏少佐』はこれまでと同じように忠実な部下として、自分を引き上げてくれた将軍閣下に尽くすのか……。
「だが、グラム・シェアに見限らせることは、やれそうだ」
「グラム・シェア将軍は、残酷さがあるからね。合理的な人物だよ。そもそも、帝国になど忠誠を誓ってもいないだろうし……第九師団をいつまでも率いておきたいとも考えてはいないさ」
「もう五十だしな。引退するには、悪くない年齢に思える」
「こちらの思惑通りに、事が運べばありがたいが―――」
―――風の流れが、変わっていた。
より真南向きに近くなり、風の強さも増している。長いおしゃべりを楽しんでいると、風だって変わるものだ。良いとは言い難いことが多い風となるぞ。
「少佐!!南から、軍船が接近してきます!!」
「……間合いを詰めることを、望んでしまうには良い風だ。潮の流れも、海底の深さも、あちらに有利になる」
「迎撃に向かうか?ゼファーは、いつでも飛び立てるぞ!」
『マージェ』の言葉に、ゼファーは鼻息を噴き出すことでやる気を示す。
『ふふふふ!ぼく、いつでもいけるよ!るるーしろあばかりに、いいかっこうはさせたりしないんだから!!』
「いい気合いではあるが、あまり敵戦力の動きを削ぎすることは難しい」
「ぬ、ぬう。そうか、『囮』でもあったのだからな。『モロー』から敵戦力を引き離すための!」
『ぼく……たいき?』
「見られないように動けば、問題は無いさ。ゼファーは、闇によく融ける黒いウロコを持っているのだからな」
「ならば、偵察に向かうのもありですな。偵察であれば、ゼファーに乗るのが私とソルジェ団長だけでも十分であります」
「ずるい。私も乗りたいのに」
「ククリ、わがまま言わないの。私たち、やれることはまだ別にあるわよ」
「え?」
「錬金薬を作ることと、船に回収される負傷兵の治療もしてあげられます」
「なるほどね。医療チームが、がんばるのならー。私も、ゼファーに乗せて。秘薬も錬金術も、カミラみたいに治療も出来ないもんっ!」
ということで。やるべき仕事は固まったな。
「出るぞ。もちろん、カール・エッド少佐。あんたが指示をくれたら、だがな。この船団の長は少佐だ。オレたちは『パンジャール猟兵団』は、あんたの命令に今宵は動くぞ」
「ありがたいね。それならば、偵察を頼もう。敵の旗艦を探りたい……あるいは、指揮系統を。海から拾い上げた捕虜どもからの情報と照らし合わせて、私たちの敵についてどこの誰なのかを知り尽くしたいところだ」
「少佐は、『それ』を知れたら……この戦いが楽になると考えているんですね」
「そういうことさ、ククル・ストレガ殿」
「……心を読む。性格を読む。私たち、まだまだ学ぶ必要があるわね、ククリ」
「うん!ソルジェ兄さんのお役に立つためにもね!!」
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