第六話 『死貴族たちは花嫁の祝歌に剣を捧げ』 その3
ゼファーのいる後部甲板に向かう。総舵手の後ろでカール・エッド少佐は腕を組んだまま状況を監督していたな。世の中には仕事の意味を理解できない者もいる。ああしてにらみつけながら、いくつか指示を出すべきだ。
恨みを抱いた敵兵が溺れかけていたら、銛で突き殺そうとする男だっていてもおかしくはない。そういう無秩序を、この『ペイルカ』軍人は好まないはずだ。良い指揮官であろうと勤勉であることは、立ち居振る舞いにも出る……蔵書のセンスにも。
「ストラウス卿か。わざわざ、起きてくれたのか」
「気の利いた顔のいいシェフに起こされる前に、自主的に来てやったぞ」
「そうか。料理は気に入ってくれたようだね」
「海で拾った男は、役に立つことがあるんだな」
「……この救助活動に、それほどの期待はしていない。敵の情報を、多少なりとも得られれば良いと考えているだけだ」
「あれほどの当たりはなかなかいないだろう。良い料理人を得られて、少佐は幸せ者だぞ」
「不運にも恵まれた来たからね。たまには幸運に好かれてもいい」
料理長の座を任せただけはあり、かなりの評価をしているようだ。ああいう経験があれば、海上遭難者の救助に積極的になるのかもしれないな。
威厳のある日焼けした顔が、オレを見る。心配事があるようだが……。
「どうかしたか、少佐?」
「この救助活動について、誤解はしないで欲しい」
「ん。ああ、『帝国人を助けること』に、怒りを感じたりはしない。オレはいつだって善行を推奨しているんだぜ。こう見えても、怒りの管理には慎重なんだよ」
「戦士らしくて、良い言葉だ」
「感情と仕事は、ときに別物になる。悪意は使うものでね。使われたくはないのさ」
「私の期待していた以上の人物であるようだ」
「多少、スケベかもしれんが。なかなかの大人物でね。ガルーナ王になる。そして、冬の終わりまでには、帝国も滅ぼすぞ」
「期待しているさ。では、情報を共有しようか」
「ああ。仕事をするために、ここに来た。今は、北に向かっているな」
「星の位置を読むのが上手だ。船乗りのように」
「竜騎士は夜空と対話するものだ。星見の道具もいらんよ」
夜に手のひらを伸ばす。指に風を掴んだよ。風の動きも変わっている。南南西からの風になっているな。
「この風に乗って、『大学半島』に向かうか。敵は、真南にいる」
「君が仲間で良かった」
「ああ。当たったか」
海戦の専門家ではないが、風の専門家ではある。昨日……いや、一昨日になるか。『コラード』に向かったとき、中海をより多く知れたことで理解も深まっている。船団の動きも読めた、カール・エッド少佐の目的も知っているしな。
「つかず離れずを保っている。『モロー』に向かわせたくはない。敵があきらめないように、わざと船足を落としもするし……こうして、海難救助もしているのだ。人道的な見地からの行いでもあるが、あくまでも軍略を優先している」
「少佐らしいぜ。なかなか我慢強さと度胸がいる戦術だ」
「私は、理論を信じたい男さ」
「勉強熱心な男は、皆そうなる。少佐は、この戦いに勝利するぞ」
「心強い予見だ。ああ、そうだった。『モロー』からも、悪くない報せが届いている」
「聞かせてくれるかい?」
「ラフォー・ドリューズの人質を使った交渉は、上手く行っているようだ。帝国軍に二の足を踏ませる程度には、有力な貴族が混じっていたようだね」
「ライザ・ソナーズの家に招かれた有力者たちの、『家族』だからな。当主たちは、レヴェータに暗殺されていたが……」
「……それについて、懸念すべきかもしれない情報も届いている」
「良い情報から先に聞かされるのは好みだ。で。どんなことが起きた?」
「いないことが、分かった」
「ライザ・ソナーズがか?」
「彼女もだが、君らが人質に取った帝国貴族どもの親……つまり、『名門貴族の当主たちの死体』が発見されていない。ラフォー・ドリューズが、人質たちの価値を吊り上げようと、当主たちの死体も探させたようだが、いなくなっていたらしい。血まみれの隠し部屋はもぬけの殻だと」
「……ほう。連中も、死者になって動いたか」
「驚かないのかね?」
「死体が消えたぐらいで、驚けるような戦いでもなかった。『エルトジャネハ/悪霊の古戦神』とまで、戦う羽目になったんだからな」
「思えば、とてつもないことだ……『神殺し』を成した男が目の前にいるわけだね」
「褒めるなよ。照れちまうからな」
「では、ほどほどにしておこう……それで。消えた彼らは、どこに行ったのだろうか?」
「『ライザ・ソナーズ』の動く死体に、ついて行ったのかもしれん。レヴェータの呪いに従って……何か、ろくでもないことをしたがっているのかもな」
『イージュ・マカエル』の見せてくれた『夢』は、報酬だったように感じる。あれはこの状況を予知しているのか……?
「彼女の足取りは、今のところ不明だ。確かなのは、中海には出ていないこと。そして、南下はしていないことだ。東に向かい本国に戻った可能性もあれば、北上して第九師団の本隊と合流しようとするかもしれない……よく動く死者だよ」
「夏の暑さでさっさと腐ってくれればいいんだがな」
「どちらに向かったと思う?」
「愚問だな。オレたちにとってより厄介な方に張ればいい。少佐は、そういう考えを好みもするだろう」
「正解だ。ならば、こう考えおこう。ライザ・ソナーズは―――」
「―――正確には『かつてライザ・ソナーズであったもの』だ」
彼女の意思では動いていない。動かされているだけだ。彼女を殺したレヴェータのろくでもない呪術によって。
「確かに。それでは、我々の予測はこうるなるな。『かつてライザ・ソナーズであったもの』は、北に向かった。『トルス』に入り、グラム・シェアと合流するために。我々への報復を組み上げようとしている。ふむ。『死者が復讐を企画する』わけかね。ろくでもないハナシだが……」
「ありえると考えた方がいい。ライザ・ソナーズの死体でも、動けば政治力を発揮する。兵士を呼ぶこともやるだろう。もっと、ろくでもないことをする気かもしれんが……想像力の及ぶ最悪のラインを想定しておくとしよう」
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