第六話 『死貴族たちは花嫁の祝歌に剣を捧げ』 その2
気楽なゲストルームの扉を押すと、緊張感を持った空気と出会える。船内を走る足音もあれば、屋根裏―――甲板を走り回る足音はその比ではなく多い。足運びは、心を伝えてくれるものだ。当然ながら、動きはもっと分かりやすく。
右舷に向かうべきらしい。
だから、歩き始める。船員たちにぶつかったりしないように気をつけながらね。細長くて狭い通路だが、威張り散らすように背筋を伸ばして歩く。『ペイルカ』軍人式の態度を選ぶのだ。
オレのためではなく。
船員たちがこの態度を見て落ち着けるように。
開け放たれたままの入り口を抜け、夜の潮風と喧騒が混じるところに出たよ。船員たちは、海上に注意を払っている。読み通り、右舷だな。作業の邪魔をするつもりはないが、背筋を伸ばしたままガルーナ人の大男は船のへりに向かう。
星を映す黒い海に、サメの姿があったよ。
帝国人の水死体に食らいついているようだな。哀れではある。オレと同じことを考えた船員が、そのサメに銛を放って突き殺していた。ボートで水死体に近づき、顔と生死を確認していたな。間違いなく死者だよ。だから、引き上げることまでは、選ばなかった。そんな作業をしている余裕は無い。
死に時間を費やすよりも、命に時間を捧げやった方が良いな。
「た、助けて……くれ!!」
潮風の果てに帝国人の生存者がいた。ルルーシロアの強襲によって、破壊された船は一つや二つではなかったようだな。まったく。働き者の良い仔だよ。
「ルルー、大暴れだね」
お兄ちゃんの右腕に抱き着いて引っぱりながら、ミアはそう語る。とても自慢げに。オレも嬉しくはあるよ。まだ、正式な『家族』として迎え入れたわけではないし、ミアとルルーシロアのあいだに契約はないが―――絆はとっくに生まれている。
『エルトジャネハ/悪霊の古戦神』との戦いが、それをより深く強いものにしてくれたのだ。
ルルーシロアは、5隻か6隻、帝国軍の軍船を沈めている。密集した船団の中枢ではなく、突出した前衛か遅れた端っこ。群れの中心から外れた船を、片っ端から襲って沈めたのだ。
闇に紛れての襲撃。
そして、ゼファーよりも海中戦を得意とすることから、軍船の底を食い破った。焦げた香りが漂っているところを見ると、破壊して沈みかけた船に猛火を吹き込んだのだろうよ。燃えながら沈む船、手負いのそいつは消火活動やら逃亡者の出現により、沈没しながらも離散したようだ。
「お、オレは、見捨てられたんですうう!!!も、もう、ソナーズ家には、仕えない!!頼む、た、助けてくれ!!水夫としていくらでも働きますからあ!!!さ、サメのエサになるのは、い、嫌だあああああ!!!」
運命は残酷なものでね。とくに敗北して戦場ではぐれた者には容赦がない。サメがまた戻って来て、また帝国人の水死者を喰い漁っていく。それを見ていれば、泣けてくるな。過度な残酷は、良くない。
「ミア。サメにエサをくれてやれ。あそこにいる大きなサメなら、仲間の腹を満たすだろう」
「ラジャー!」
『ピンポイント・シャープネス/一瞬の赤熱』を帯びた弾丸が夜を赤く貫き、巨大なサメの目玉を射貫いた。新しい死が生まれて、その巨大なサメに仲間のサメどもがくらいついて行く。帝国人の水死者と……生きている遭難者は、これで少しはサメに喰われにくくなった。
悪に堕ちる必要もない。これ以上の慈悲も、帝国人にくれてやる必要はないがな。上手く群れに吸収できれば、戦力とは言わずとも、労働力にはなる。『奪還派』の海賊だらけの狭い船の上で、反旗をひるがえして第九師団のために戦う気概もない。理由もないな。海に見捨てられたなら、ヒトは忠誠だって忘れられる。
広くて大きくてさみしくて、とても残酷な修羅の場所だ。
「よーし!!半分は、オレの船で預かるぞ!!分かるか、オレが、誰かなのか!!」
海から響く声の主が誰なのか理解している。
レイ・ロッドマン大尉だ。
「た、大尉!!ロッドマン大尉!!お願いです!!オレを、あなたの船に乗せてください!!ソナーズ家は、もう、オレの個人的な敵ですよお!!お、置き去りにされたんですから!!」
「ああ。さっさと泳いでこのボートに乗って来い。この救援の時間を、カール・エッド少佐は長くお許しになられていないぞ。さあ、急げ!!生きて、ソナーズ家に復讐してやるとしようじゃないか!!性悪の女の手先どもにな!!」
「は、はい!!」
暗い夜の海面を、全力で泳ぐ男を見た。
「沈む船から見捨てられた連中は、そろって外様かな。体格が良くて、品が悪そうだ。頭も悪い顔をしている」
「ん?ソルジェよ、自虐は良くないぞ」
体格が良いけど、品が悪いのかなオレって……?
「野蛮人が多く選ばれたってことさ。沈む船にボートもなしに残された。優先順位が低いのは、生粋の帝国人であるソナーズ家の腹心どもではなく、帝国市民権欲しさに徴兵に応じた連中……侵略されて、帝国に編入を強いられた国の若者たちか」
分からなくはない。
だが。露骨な選び方ではあったな。相当な恨みを買ったはずだぞ。だからこそ、カール・エッド少佐も助けているのか?……まあ、船乗りとして最低限に持っている慈悲ゆえになのかもしれない。
「海でなあ、独りぼっちでサメのエサになるってのは、何ともつまらねえ死に方だ。さあ、上がれ。温かいスープは用意してやらん。だが、尋問しながらコーヒーぐらいならくれてやるぞ。敵について、とにかく何でも素直に話すんだ。それが、オレの怒りをコツだぞ」
「は、はい……っ!?」
「顔の腫れは気にするな。最近、部下に裏切られて、手酷く痛い目に遭っちまっただけだ。安心してくれ。裏切り者は、ちゃーんと、この刺突剣で殺したから。オレの船は、クリーンだ。ようこそ、新たな船員よ!」
カール・エッド少佐よりも、よっぽど海賊らしい振る舞いに見えたな。レイ・ロッドマン大尉は、帝国兵の若者たちから情報収集を上手くしてくれるだろう。オレたちの仕事は、海上の捜索ではないな。ゼファーで近づいたら、救助すべき者が全力で海に潜るさ。ルルーシロアの恐怖が、心に刻み付けられているからだよ。
すべきことは。
士気向上と……選択肢を与えるために、背筋を伸ばした威張り散らした歩みで、カール・エッド少佐のもとに行くことだぜ。
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