『皇太子レヴェータと悪霊の古戦神』下 ~元・魔王軍の竜騎士が経営する猟兵団。第11章~

よしふみ

第六話 『死貴族たちは花嫁の祝歌に剣を捧げ』 その1

第六話    『死貴族は花嫁の祝歌に剣を捧げ』




 ―――命は髪に遺るのだ、蛆虫どもに肉をむさぼられ白骨と化した今も。


 死は醜さで尊厳に挑んでくるが、その全てを穢せるとは限らない。


 永遠なるものはこの世界に確かにあって、それを表する定義は真心が描く。


 我らは祈りを捧げよう、滅びて朽ち果てた海辺の都市の花嫁に……。




 ―――死にも食われぬ髪が揺れ、風の中で目を開く。


 石のように固まった指を動かし、命を探す。


 刺し貫かれた花嫁が、我らを呼ぶのだ。


 大儀のために剣を取れと、勇ましく土を踏み抜いて力を示せと……。




 ――戦いのための死霊となって、求めに応えるのだ。


 花嫁に剣を捧げよう、我らは死そのものである恐怖の遣い。


 貴族ゆえに迷いはしない、騎士であることの義務を背負うは喜びだ。


 迷うことなく戦える、我らは死の貴族であり冥府の騎士団である……。




 ―――偉大なる特別な血に連なる者を、讃えるために。


 この命を超えた死の脈々に、我らは指令を受けた。


 勇敢に進み、敵の首を落とすのみ。


 美しく風に揺れる長い髪に、愛の敬意を示すのだ……。





 ゴトリ!


 ……衝突の音と揺れを感じ取り、魔眼と生身の目玉を開く。天井から吊るされたランタンがわずかに揺れていた。海の香りは深まっていて……どうやら、ずいぶんと沖に来ていることを悟らせたな。


 眠れたようだ。十分な仮眠を取れたらしい。眠気が全て消え去ったというわけじゃないが、まどろみの要求に打ち勝って瞳を見開くことはやれる。


「……起きたか、ソルジェ」


 愛しい声にマクラに沈んだ頭を縦に揺らす。


「自分も、起きたっすよお……ふわあ」


 あくび混じりのあいさつさ。オレたちは起きるべきだからね。腕にしがみついていたなめらかな温もりが離れていく。ああ、どうにも貪るように求めたくなっちまう名残惜しさが生まれるが、仕事をせねばならなくてな。


 リエルとカミラが離れた体をベッドの上に起こす。愛で撫でられる腹筋はね、戦いの気配にも喜んで震えるんだよ。


「さてと、船底は何にぶつかったのかね……」


 ―――こわれたてきのふねにね、ぶつかったよー。


 心をつないだ仔竜の声が、『ドージェ』にそう教えてくれた。状況は悟れたよ。寝起きの頭はいつにも増してガルーナの野蛮人の知性を鈍くさせるが、それでも竜の行いには敏感な反応を示すのが竜騎士ってものだよ。


「くくく!……ルルーシロアがぶっ壊した敵の船の残骸か」


 そうつぶやくとほとんど同時に、となりの部屋に続くドアが勢いよく開き、ミアが飛び出して来たな。オレの声が聞こえていたのかもしれん。だから、そんな表情でお兄ちゃんに向かって飛びついて来るんだろうな。


 抱きしめる。


 飛んで来た勢いをやわらかく受け止めてやろうと必死になるのさ。


「えへへ!ルルー、私との約束を守ってくれたみたいだねー!」


 黒髪のあいだでピコピコと動く可愛い猫耳たちに、お兄ちゃんは鼻を近づける。


「ああ。そうらしい」


「ふむ。ルルーシロアが襲った敵の船に、この船が接触したのか」


「確認しに行くべきであります。『こちらの姿を見せるために』。サボってエッチなことばかりしていると評価されてはいけないでありますから」


 キュレネイの言葉は正しい。さすがはこのチームでの副官だよ。ミアがどいてくれた。お兄ちゃんを着替えさせるために。


「鎧を着るっすね?」


「頼むぜ」


「はーい。ソルジェさまのお手伝いするの、自分とっても大好きっすからあ!」


「私も手伝うぞ」


「わ、私たちも手伝う!」


「何でもしますよ、ソルジェ兄さんのためなら!」


 妹分たちはとっくの昔に臨戦態勢だ。マジメで有能。戦いに備えた姿のまま眠っていてくれたらしい。おかげで、『竜鱗の鎧』を着込む手伝いもしてくれるわけだ。自分だけでも着れるんだが、手伝ってもらった方が早くもあるし―――正直になれば嬉しいのさ。


 コミュニケーションになるからね、『家族』との時間は必要だよ。戦場なんていう悪意と狂気が飛び交っているような混沌に全身で突撃していくためには、正気を保つことが不可欠になる。


 悪に堕ちないためにも。


 幸せな日常が、オレたち猟兵を強くする。愛の力だけが、戦士を戦場の狂気からも救うんだよ。あと美少女とイチャイチャするのは最高に楽しいしな。


「よし、準備完了であるぞ!」


「四人がかりで着せちゃうと、早いっすね!」


「じゃあ、ソルジェ兄さん」


「お仕事の時間ですね!」


「おう。行くとしようぜ。カール・エッド少佐を安心させてやろう。彼も、もう甲板の上で海をにらんでいる」


 ゼファーの瞳がその背中を伝えてくれた。高く伸ばされた威厳を感じさせる背中。そのてっぺんに顔は、暗い海に視線を向けているんだよ。頭のなかは、これから始まる深夜の海戦についての計算でいっぱい。そんな表情になっているから、行かねばならん。


 『囮』を演じせることは、かなり高度な戦術なのさ。『パンジャール猟兵団』という素晴らしい選択肢を手元に置いてやれば、過度な緊張からも解放されるはずだ。そっちの方が、ヒトは良い仕事をする。


 計算が要る仕事では、とくにな。


 こいつは勝ちすぎても、負けすぎてもいけない作戦となる。おもてなしの料理のように、さじ加減を考えなくてはならん。指揮官にとっては、あんな表情を浮かべてもしょうがない難易度があるのさ。




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