第2話 女 in 砦
──かいつまんで、彼の人生を生きてください。
──そんなことを、かいつまんで出来るんかい。
──今から、転機になった女との出会いについて、エピソードを抜き取ります。
──お、女か。おお、女。それは、その苦しゅうない。
──殿様かい。
三方を、峻厳な崖に囲まれた砦にいた。
過去、生きていた頃なら、ぜったいに訪れたくないような場所だ。
危険、危険、危険と、真っ赤な警戒警報がグルグルまわり鳴りっぱなし。ここは、
そして、オレは、ずっと崖の上を見ている。
これは、
ずっと、崖の上を見ている。
それから、ず〜〜〜と崖の上を見ている。
さらに、さらに、ず〜〜〜〜〜〜〜〜と、ずっと崖の上を見ている。
──いったい、この男、なにをしてるんだ。
──照れてるんです。
──へ?
その時まで気づかなかった。
そうか、わかったぞ、若造。
見えたわ、オレにも。
こんな場所には不釣り合いに
巨乳だ。
いや、ここ、アメ神的には大丈夫なのか? このまま巨乳設定、許すんかい。規制なしかい。そこ、問題なしなのか!
ま、オレは大いに許しておこう。
そのな、着物の前が微妙にほどけた肉付きのいい女をチラっと見たんだ。
チラリと見えるその谷間。
ボン・キュッ・パアア、じゃないボン・キュッ・ボン!
もちもち肌の、ぞくっとする
スレンダー貧乳、可憐な妖精ナンバー1とは真逆タイプの肉食系色っぽい女。全身がフェロモン。すべての働きバチが招き寄せられるような、ねっとりしたハチミツみたいな女だ。
──ちょっと。仮にも神の御使いさま。
──なんすか。
──やーしい感情、ダダ漏れしてるんですけど。
──な、なんも、なんも言ってないがな。
──このエロジジイ!
──だから、なんも考えてもおらんし。
──ボン・キュッ・ボンって、今どき、ありえないほど歴史的な死語、昭和の匂いしかない。その言葉の選択、いっそ尊いです。
──あ、ありがと。
──ほめてはおりません。
オレの入っている体、
無理して視線を崖上に外している。
見たいだろう。見たいはずだ。なにせ26歳だ。
目を逸らすなよ。オレが見えん。いや、別に今さら見たくもないが、おまえの正直な下半身の反応を、こっちも感じてるんだ。
バリバリの現役感覚、なつかしいのう。
が、このアホ、視線をそらしてる。そこは山賊になれよ。きっちり、山賊しろよ。おい、こら、やせ我慢、すんじゃねぇ。
耳が、全身が耳になって、崖の上を見ながら
「あんた、誰? かわいいわね」と、ぽってりした唇から、なまめかしい声がする。
「関係ねえよ」
うっわ、精一杯の強がりだ。
こいつの評価をするんか。いいぞ、してやる。これ以上、視線を逸らしたら、減点だ。
減点だっちゅうに、欲望のかたまりが、むっちゃ我慢しているぞ。
「姉貴!」と、遠くから若い男の声がした。
これは邪魔しにきた別のゴロツキなんだろうか。
その声が聞こえなかったように、ひと呼吸おいた絶妙な感覚で、「なあに?」と、女の声がする。わざとだ。わざとじらしてゴロツキに返事をしながら、声の方向は
「頭領がお呼びですぜ」
「そう、ねぇ、この子、なんて名前」
「そいつですかい。最近、入った奴で、おい、お前、姉さんに挨拶せんか」
そこでカッコつけても、体の反応はちがうぞ。そしてな、老婆心から言うが、この手の女。おまえの状態なんて、鼻からわかって、からかってんだ。カッコつけずに返事をしろって。
「名前は」
うっわ、脂っこい汗にまじった濃厚な女の匂いが近づいている。
「ねぇ、名前を聞いてるの」
「
「そう、
ちらっと
おおっと、この女も男との距離間がまちがっているぞ。ほら、
こんなウブに、この至近距離って、姉さん、落とそうとしてるよね。落として捨てるパターンだよね?
「ま・た・ね♡、
そう言うと、女は軽く
──おい、妖精よ。
──何でしょうか。
──こういう男って、なんだな。女性から見て、どう思う?
──わたしにお聞きに?
──そうだ。
──わたし、一応、性別がありません。
──いや、どっからどこ見ても、女の子なんだが。
──気のせいです。
──で、
──ヒト科、雄、身長180センチ。推定体重70キロ、ブラウン系の髪色、B MI判定値痩せ気味、永続的な栄養不良、タンパク質の摂取量不足、その他……。
──もういい。悪かった、オレが悪かった。オレに評価させる意味がちとわかった気がする。
数日後、夜のようだ。
遠くから笛の音が聞こえる。その音はどこか物悲しく、夜のしじまを、たゆたうて流れてくる。
天を見上げると満月。白い月が大きく崖にかかっている。嫋々たる笛の音がかすかに届くのは、その崖上からだ。
頂上に、岩に腰を下ろした細い人影が見える。
満月が灯りが照らすのは、例の女だ。この世のものとは思えない幽玄の世界のよう。女は無心に笛を吹いている。妖艶な姿から、これほど清らかな音色が出せる不思議さ。おもわず
ぽってりとした唇をあて、いつまでも、あきもせず女は笛を吹く。
きらりと女の頬が光った。
すうーっと流れた涙が、月の光に反射したのだ。
「きれいだ……」
無意識に彼の口もとから声がもれた。
ピタッと笛の音がやんだ。
女と目が合う。
頬に涙の
「泣いているのか」
「ふふふ……、こういう満月の夜にはね。古傷が痛むのよ、ぼうや」
「どんな古傷だ」
「けっして癒されない、そんなものよ。ねぇ」
「なんだよ」
「わたしに中途半端に近づかないのよ。怪我するわ」
月明かりで、女が笑みが見える。
「オレは、近づけるのか?」
「ぼうや、あなたじゃ、無理よ」
「なぜだ」
「金も権力もない男に興味はないの」
──どういう女なんだ。妖精よ、知っているだろう。
──絶望した女よ。なにものにも心を動かさない。魔に魅入られた女。
──魔に魅入られた?
──確かに、近づいてはいけない女よ。やけどするだけ。でも、
満月の夜は魔物だ。普段なら言えないことも、つい言葉にしてしまう。
「おまえの名前は?」
「名乗る価値があるのかしら」
「オレは、おまえの王になる」
女は小首をかたむけ、手で漆黒の髪をかき上げる。胸もとがさらに広がり、白い乳房が半分、あらわになった。
「そう、ぼうや。わたしの名前は、
「待っていてくれ、
女はぷっくらした唇に笛を寄せると、静かな曲を奏でた。その目はなにも見ていなかった。
──
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