ケース1001番、最初の仕事
第1話 閉じ込められた五感
意識がいったん消えた。
再び戻ると、妖精はいなかった。
残念。いや、男としての誠は守れたんだ。良かったのだ。これで良かった。良かったんだ……、な、なんだ、この一抹のさびしさは。
いや、今はそれどころじゃない。
まずい事になっている気がする。
ここは、どこだ。
どことも知れない世界だ。ともかく砂埃が多くて周囲が霞んで見える、めっぽう薄汚い場所だ。
壊れかけの小さな家がぽつんと、ひとつ建っている。見える範囲に生きた人間がいない。カラカラと音がして、錆びた風見鳥が回る。アバラ骨が浮いた痩せこけた犬が歩いていく。
砂を巻き込んで風が吹いていた。
そもそもオレは誰なんだ。この疑問は哲学的かもしれんな。そんな哲学など、まったく意味がなさそうだが。
五感はあった。
見る、聞く、嗅ぐ、触れる、舌からくる感触で味覚もありそうだ。
すべて揃っているんだが、しかし、なぜか自分で動かせない。自分では話せないし、手もかってに動き、オレの意志を無視している。
これは人という牢獄に、感覚のある精神だけ閉じ込められたかのようだ。
──おい! 妖精、妖精ナンバー1。いるのか? 聞こえるか? 答えよ! これ、どうなっているんだ。
──はい、神の
──不都合すぎだろ。なんなんだ、この状況は。オレはどうなっているんだ。
──まあ、おいおい慣れていただくとして。
──慣れんわ。かってに体が動いてるぞ。オレは何もできんのか。ただ、誰かの身体の中にいるみたいだ。
──そうです。さすが、年の甲。状況を飲み込むのが、お早い。前御使いは、この段階で狂って使いものには……。いえ、あっ、その通りです。今、あなた様が入った体は26歳になる
──
いきなり、男の映像が目の前に映った。
ゲームのCG画像のような姿で、男の映像が脳に直接アクセスしてきたのだ。これはVRゲームのヘッドセットを被っているようだが、なんも自分で動かせないところがちがう。
世の諸君よ。
95歳がVRゲームをしたことがないなんて、偏見を持たんように。
数年前にゲームセンターでプレイした。
独り身だ。ずっと郵便局勤めで、ま、死ぬ前は自由な年金生活者だった。贅沢しなきゃ、金に不自由はしない。ただ、時間に不自由しちまった。
人間、やることもなく、なんもせんと心が腐る。
それはそれで、時間貧乏だ。
この貧乏ってな、なかなかに厄介ものなんだ。
遺産を残す子孫もなく、見事に自由だからな。とりあえずノタレ死ぬ前に、あらゆることに挑戦しようと思ったんだ。
しばらく、ゲームセンターに入り浸った。
トレンドっちゅうのか?
膝のやぶれたスボンにTシャツって、ありゃ、戦後の闇市でしてた格好だが、いまは流行りらしい。
だから、そんな格好をして遊んでみた。
VRゲームさ。意気揚々として、真っ黒のでかいメガネとヘッドフォンを頭に装着したんだが。
目の前に画像があらわれ、ふらふらと微妙に動くから、耳の三半規管がそれでなくとも弱っているところに、見事に直撃された。
めまいがして吐き気もして、ヘッドフォンとメガネを秒で外した。あれに適応できる若い奴ら、たぶん人類ではないぞ。新人類でもないと思う。
今の時代。
若い奴らは、なんか得体の知れないものに体が適応してるに違いない、オレ調べ。
おっと、余計なことを。
話を戻そう。
妖精によって、男の歴史が映像として見えた。猿から人間になっていく人類進化図のような映像だ。
6歳、16歳、26歳、36歳、46歳、56歳、66歳と画像の下部に文字が浮かんでいる。
6歳の少年は、目鼻立ちがまあ整った、金のかかった格好をしたガキだ。ちょっとひ弱に見えもする、金持ちのおぼっちゃま風だ。
16歳の青年は、6歳の少年が凛々しく成長した姿だ。ひ弱に感じた少年時代とは変わり、がっしりとした肉体を持ち、浅黒い肌の凛々しい顔。金持ちらしい青年だ。
26歳の姿には、
若いころの品の良いお坊っちゃまが、どうして、ここまで落ちぶれた。
36歳では、頬に深い切り傷があり、全身、傷まみれだ。ランランと輝く目は狂気を帯び、いっそ恐ろしい。
──こりゃ、なんだ。
──
要するに、ある少年から大人までの姿ということか。
──現在、あなたさまが入っている体。場所は王朝制度がある封建社会で、彼が生まれた国はイルレン王朝と呼ばれていました。
──はあ?
──彼の生き方を見て、評価をお願いします。
──この男に閉じ込められたままでか。
──それでこそ、この男の評価ができるというものです。
──今、オレが入っている体は何歳のものだ。
──26歳です。
──評価ってわりには、前半部分はなしでいいのか。いい加減だな。おぼっちゃんが26歳でいきなり山賊みたいになった理由なんか、たった一行だったぞ。父親が借金を背負ってとは、オレみたいな父か。いやいやいや、しかし、21歳で
──え〜〜っと。ま、その成り行きから。最初にご説明したように、実家が没落したってことです。仕事、立て込んでますんで、ひとりに時間が取れません。以下略。
これが、神のお仕事って、いい加減すぎないか?
オレは生涯、郵便局の配達員として、まじめに仕事を全うしてきたつもりだ。ま、多少、賭け事が好きで、配達途中にパチンコしてサボったこともあるが、ほぼほぼ真面目に生きてきた。
そんなオレに、何を思って他人の評価をする仕事だって?
長生きだけが取り柄だぞ、他にないぞ。仕事が立て込んでいるって、人材不足か? ふざけてんのか?
──次は、彼の女性との関係です。
──お、ま、そうだな。仕事も立て込んでるし、次、行こうか!
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